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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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45 大事なのは心意気

 

 この家での生活の中心として機能している居間は、日当たりのいい南側に設置されている。縁側からは大賢者の大好きなバーベキューをしても良し、体力のあり余った子供たちがプチ運動会を開いても良しの広くとった庭へと直接出られる。


 突如として私の人生のパートナーを申し出てきたのは、優良かどうかはさておき、容姿端麗で健康そうな二人の日本男児、ゲンヨウとヒコイチ。


 特にヒコイチの変態性を気に入った大賢者が、我々を集めなおしたのは、その広い庭の真っただ中であった。


「お次は実技試験を行う。タルガチ恋勢を名乗るのであれば、ここにいるゼノ。コイツを倒してみせろ」

「ピィッ!!」


 この試験の提案をしたのは、他でもないピィちゃんだった。こういった混沌とした揉め事が起こった時は、大人しく傍観していることの多い彼だが、今回は私の色恋沙汰が絡んでいるために嫉妬してくれたのであろうか。そうであるとすれば、相思相愛が確定するわけで、今の状況が茶番であるという事実は否めなくなる。


 楽しむべきか、それとも黙殺すべきか。私は自分の気の持ちようについて、どちらに割り振るか、まだ悩んでいた。


「……妖魔の、子供?」


 ゲンヨウが戸惑いの色を見せた。一見、紳士的に見えるその態度が、私の目には少しだけ不自然に映った。それについては腹の中だけで探ることにして、この場では消極的なゲンヨウをけしかけることにした。


「できませんか? 子供相手じゃ」

「いや。どうしてもと言うのであれば、そうしますけど……」

「どうしても、やってください。私みたいな、か弱い魔女にとって、伴侶の実力は大切なことですから」

「……わかりました。荒事には慣れていないゆえ、手加減はできないかもしれませんがね」


 ゲンヨウをその気にさせることには成功したが、自分の感じた雑音のようなものの正体は掴めずじまいだった。仕方なしに私は今回の騒動を、催し事として楽しむ方向へと気分を転換させることにした。


「ピィちゃん、お願い。危ないから、一割くらいの力でね」

「ピィ!!」


 ほんの短い時間だけ眩い光に包まれたピィちゃんが、身長二メートルを超える、筋骨隆々の真っ白な人型軟体生物の姿を取り戻した。誰よりもある上背と胸板はもちろんのこと、私が一番好きなのは、ぶっとい首と盛り上がった僧帽筋、それと後ろから見て服の上からでもわかる重厚な広背筋。好きすぎて一番好きな部分を三つも紹介したのは、熱くなりすぎたか。いずれにせよ、大人ピィちゃんの全身から放たれる圧倒的な風格は、何度見ても惚れ惚れするものであった。


「こりゃあ……想定外だね。でも、今更、参りましたっていうわけにもいかないか」


 周囲はおろか、すべてを忘れさせるほど私を虜にしたピィちゃんの姿を見て、ゲンヨウが怯んだのは一瞬だけだった。彼はそれまで穏やかだった眼差しを真剣なものへと変えると、細部にわたった装飾と朱色が美しい袴の懐に手を忍ばせて、臨戦態勢に入った。


「気をつけてね」

「ピッ!!」


 私はそれだけ言って、ゲンヨウの何に気をつけるのか、一から十まで説明せずとも通じる完成された彼氏を送り出した。


 ――下・が・れ♡


「うっ……」


 審判を務める大賢者から、言われずともわかる意味合いのウインクを投げつけられた。もうじき、この男と出会ってから一年になるのか。感慨深くなった私は主君に会釈をしてから、本格的に縁側へと下がった。





「ムガと違って、赤ちゃんみたいな肌だなぁ。そんなんで大丈夫なのか? コーモンのまわりとかに、ちゃんと毛は生えてるのか? ちょっと見せてみろ」

「今、そんなことやってる場合かなぁ? 始まるよ? あと俺、たぶんケツ毛は生えないタイプだから。わかったら、もう……勘弁して?」


 よほど気に行ったのか、キラは戸袋の前に立つヒコイチの袴を引っ張りながら、お得意のウザ絡みをしていた。ヒコイチはどう対応していいのか困惑しきりで、袴がずり落ちないように黄色い帯を押さえながら、弱々しく否定的な言葉を口にするのが精一杯のようだった。


「やめなさい」


 守護神アシハラが力尽くで無邪気な大迷惑を止めた。拘束されたキラは動きだけは大人しくなったが、口は達者なままであった。


「私が他の男と仲良くしているから、シットしてるなぁ?」

「はいはい、してますよ」

「キッシッシ。もう、しょうがないなぁ、ムガは」


 締まりのない笑顔を見せるキラを小脇に抱えながら移動したアシハラは、いつの間にか縁側の端に着席していたソフィーさんの隣に彼女を座らせた。二人の間からひょっこりと顔を出してきたサラマンダー君の頭をひと撫でしてからアシハラはその場を離れ、キラは私に隣に来るようハンドサインを送ってきた。


 図らずも縁側のど真ん中という特等席を手に入れた私だったが、一方で家主のアシハラはヒコイチの隣での立ち見を選択していた。


「悪かったな」

「いや、自分は、全然……」


 まだあどけなさの残る顔を赤らめ、武骨なアシハラの顔面に見惚れるヒコイチ。なんとなく私は古き良き日本文化を感じた。


「珍しくゼノが怒ってるな」


 香ってきたのはスルメのスメル。見れば、キラがお正月用の食材である干しイカをかじっていた。


「男の嫉妬は、いつ見ても可愛いわね」

「え? でもあの人って、結構嫉妬するタイプじゃないんですか?」

「……ノーコメント」


 ソフィーさんのなんかズルい回答が試合開始の合図となった。





 最初に動いたのはゲンヨウだった。忍ばせていた手が懐から出終わらないうちに、鋭い破裂音が澄み切った冬の寒空に響き渡った。


 ゲンヨウは空いていた方の手で押さえた顔をうつむけ、両足で地面を抉りながら一気に後ろへと下がった。


「オッサン、耐えたぞ!?」


 キラが感嘆の声をあげた。普通であれば、勝負はそこで決まっているからであった。


 骨盤を前に出すようにして踏ん張り、下に向けていた顔を上げたゲンヨウ。その顔には額から鼻筋にかけてを刃物で切られたかのような傷が入っていた。ピィちゃんによる、パンチかキックかもわからない音速の攻撃がヒットした証だった。


 こちらにまではよく聞こえなかったが、ゲンヨウはおそらく悪態をついたのではないかと思われる口の動きを見せた。しかしまだ諦めていない様子の彼は苦痛に顔を歪めながら、懐に入れていた手を出した。その手に握られていたのは吹き矢だった。


「暗器だと?」


 表情険しくアシハラが言った。予測されるのは毒を用いた攻撃。優位な距離から放たれた吹き矢はピィちゃん目がけてまっすぐに飛んでいった。


「ダメ!!」


 正体不明の毒ほど厄介な存在はない。腕を伸ばしかけていたピィちゃんの身を案じ、私は叫んだ。


 もし私が叫ばなければ、その音は聞こえていたかもしれない。針のように細い矢が勢いを失い、ポトリと地面に転がった。


 音の魔法か、それとも広げられた手のひらによって生み出された風圧か。ピィちゃんは試合が開始された場所から一歩も動かず、相手に向かって片腕を伸ばしきった状態で立っていた。耳から出血したゲンヨウは、地に跪きながら大賢者に降参の合図を送っていた。


「はい、それまで!! 惜しかった!! 三万年修業を頑張れば、一発ぐらいは当たるようになるかもな!!」


 大賢者は試合終了の宣言と共に、一般的に見れば(けな)しとも受け取れる、しかし私から見れば労いの意味を込めたに違いない言葉をゲンヨウに送った。

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