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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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44/62

44 日本男児

 

 身長は私と同じくらいだろうか。いかにも日本人らしい細身の体をしたその若者は、猫のように滑らかに歩いて私たちのいる玄関先までやってきた。その動作から着ている羽織付きの真っ黒な袴の下には、しなやかな筋肉が隠れていることが予測できた。


「あの……大きな声を出したりして、すみませんでした。お初にお目にかかります、俺は」

「皆まで言うな」


 若い侍の顔の前に手のひらを突き出して、言葉を遮ったのは大賢者だった。誰よりも優れた洞察力を持ったこの男にだけは、若者の正体がわかったらしい。


「ストーカーだろう? 懐かしいなぁ。学生時代、そういう趣味嗜好を持った同級生の手伝いをしたことがある。お前さんからは、同じ匂いを感じるよ。タルが使ったペンとかあげようか?」

「違います。断じて、そういう者ではありません。でも、ペンは下さい」


 そういう者じゃないか。でも、長いまつ毛が印象的な整った顔立ちと、羽のように軽そうなショートのウルフヘアが醸し出す全体的な雰囲気は、凛としていてどこか危うげでもあるという、ゲンヨウとはまたタイプの違ったイケメンではある。ますますもって何者なのだろうか。私は興味を惹かれた。


「姓は日向(ひゅうが)、名は彦一(ひこいち)と申します。天下無双の葦原が故郷へ帰ってきたという噂を聞きつけ、九州は宮崎より参りました」

「ほう。ということは、道場破り的な?」

「いや、まあ、その……えっと……」


 ヒコイチと名乗った若者は、今度は私とアシハラを交互に見て、顔を赤らめながらもじもじとし始めた。はっきりとしないその態度に、イライラとさせられた私は語気を強めて問い詰めた。


「で、結局あなたは、何の目的があってここに?」

「ファ、ファンです。あなた様と、アシハラ殿の」


 英雄の血族であるアシハラのファンという理屈はわかるが、私に関してそういう感情を抱くというのは怪しすぎる。いくら国際魔法警備局という知名度の高い機関に所属していたとはいえ、末端の局員に過ぎなかった私のことを一般の人間が知っているわけがない。情報の漏洩でもあったのだろうか。私が真っ先に疑ったのは、身内であるレオナルド・セプティム・アレキサンダーだった。


「お前も求婚目的か。それは困ったなぁ。タルの結婚相手なんていうのは、飼い主の俺が決めないといけないことだから。とりあえず、面接から始めるとするか。二人のご職業は?」


 楽しんでいる。怪しい。やはり、すべてはこの男が原因か。疑いは深まるばかりであったが、物事は勝手に動き始めていた。


「はい。私は普段、祓魔師(ふつまし)の真似事をして生計を立てております」

「俺は……ええっと、その……薩摩師の、習い事をしております」

「ブハハハハハハーッハ!! サツマシって何だよ!? しかも習い事!? 職業じゃねぇから、ソレ!! 面白い!! タル、こいつにしとけ!!」


 ヒコイチの回答は大賢者には大うけだったが、それどころではない私は冷ややかに見ていた。ゲンヨウの言葉につられたかのように捻り出したヒコイチの言葉は、明らかに素性を隠そうとしている人物のそれであった。


 なぜそんなバレバレの演技をしたのか。

 ヒコイチにとって、この場に姿をあらわすことは計算外だったからだ。

 なぜ姿をあらわすのが計算外だったのか。

 新手の暗殺者。

 記憶に新しい存在だが

 刀を携えているところを見ると

 ヒコイチは近接戦闘のプロだ。

 それはない。

 実は本当に私のストーカーで、単にうっかり屋さんなのでは。

 一番バカバカしい考えだ。

 手がかりの少ない現時点では、私の推理は迷走を極めた。


「お気に召さないか。それじゃあ、次はお笑い審査」


 この状況になんの警戒心も持っていないのか、しかしそんなはずはないバカを演じる我が君は、上機嫌にお見合い面接を進めた。


「我が家はいつでも笑いに溢れる、素敵な家庭だからな。この審査はリアクションにうるさい、うちの娘に任せることにしよう。キラ、頼んだ」

「なにしてもいいのか?」

「ああ。殺さない程度にやってやれぃ」

「うん、わかった!!」


 キラは新しいおもちゃを買ってもらった子供のように、嬉しそうに弾みながら玄関の戸をくぐっていった。やがて縁側の方から回り込んで戻ってきた彼女は、愛用の杖を手にしながら人差し指を口に当てて、こっそりとヒコイチの背後でしゃがみ込んだ。


「ヒコイチッ!!」

「んのぅっ!?」


 ずぶりとヒコイチのお尻に食い込んだのは、キラの持った杖の先、十センチほどだった。この時点ですでに笑っていたキラだったが、突き刺した杖を素早く引っこ抜いて、すぐに相手の反応を見る態勢に入った。


「う、嘘でしょ? い、今、完全に入ってたと思うんだけど!?」


 何度も自分のお尻に手を当てては、その手を顔の前に持っていき、血が付いていないかを確認するヒコイチのコミカルな動きを見て、キラは涙を流して大笑いした。決して笑ったりしてはいけない危険な行為だったが、個人的に突然の汚れ芸に弱いのと、美青年がそういうことをやっているというギャップもあって、私も少しだけ笑ってしまった。


「んのぅっ、だって。こいつ、めちゃくちゃおもしろいぞ。私、好きかもしんない」

「はぁ~、面白れぇ」


 限度を知らない外道な親子は、呼吸困難になるほど笑い続けた。アシハラはヒコイチの肩に手を当てて、優しい言葉をかけながら本気で心配していた。ゲンヨウだけは額に汗を浮かべていたが、幸いなことに彼が心配していたであろうことは杞憂に終わった。


「え~、思っていたより、レベルが高かった為、結果はまさかの不戦勝です。これ以上は面白くなりそうもないので、ヒコイチ選手の勝利。次の審査は」

「ピィッ!!」

「おう、そうだな。そうしよう。ここだと狭いから、全員ついて来い」


 縁側のある奥の開けた場所へと歩み始めた大賢者の後を、ぞろぞろと全員が追いかけた。その道中、キラがヒコイチに声をかけた。


「お尻は大丈夫か?」

「これでも日本男児だからね。いっぱい笑ってくれたし、痛みなんて、なんのその」

「すごいな。ヒコイチは何歳なんだ?」

「二十一」

「若いなぁ!?」

「そうかな?」


 若い。私のちょうどxx個下だ。対してゲンヨウはxx歳も年上。もっと年齢の近い、ピィちゃんのように勇ましい提案をするような、私に都合の良い日本男児は出てこないものか。などと贅沢なことを考えながらも、自らの肛門がそうしたように、前触れのない理不尽によって身に降りかかった不幸を飲み込んだヒコイチに、私は少しだけ共感を覚え始めていた。

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