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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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43 二人の来訪者

 

 幻獣、神獣、妖獣。呼び方は多々あれど、魔法界にはそういった不死なるものたちが存在する。それらは人間でいう死の場面を迎えた時に、命と共に消えゆくはずの魂を結晶化させることによって不死を維持する。その結晶は私たち魔法族に魂石(ソウルジェム)と呼ばれ、並の宝石を寄せ付けない神秘的な美しさを持ち、希少価値が高いために富裕層の間で高値で取引されている。


 あやかし大国として知られる日本は、魂石の産出量が世界トップクラスであり、加工技術においても世界一である。しかし日本の場合、魂石は商品としてではなく神具として取り扱われる。日本では魂石を神の一柱として扱って大切に敬うという、独特の文化があるためだ。


「……そういうわけで、(ここの)()の魂石ってどんなものかなと思って見に行ってきました。残念なことに、魂石は割れちゃってましたけど」


 なんでも二、三年前にそうなってしまったらしく、これといった修繕もされず、荒涼とした岩石地帯に二つに分かれた岩石がしめ縄で巻かれた状態で祀ってあった。ココノツオの魂石はイメージしていたものとは違って、美しい宝石とはかけ離れたごつごつとした巨大な岩石ではあったが、現地に書かれていた討伐の逸話は面白かった。百万の兵を喰い殺したとされる恐ろしい妖獣を神様として祀っている日本文化の特異性にも興味を惹かれた。


「野ざらしのままだし、自然の摂理というか、しょうがないんだよね、アレ。オジサンが小学生の頃には、もうヒビ入ってたから」

「そうだったんですか!?」


 本当は地元出身のアシハラに一緒に来てほしかったのだが、この人は今、年末年始の準備に追われていてそれどころではない。ゆえに私はどこへ行くにしても一人を貫いているわけである。


「それで……何か、妖獣の復活とか、そういうことってあったんですか?」


 全員で囲める、大きなちゃぶ台に身を乗り出して私は尋ねた。


「それが、わかんないんだよね。しばらく新聞も読んでなかったし……まぁでも、もし何かあったとしたら……少なくとも、俺はこの場所にはいられなかったかもね?」


 この人がそういう言い回しをするということは、ココノツオの力がいかに恐ろしいものかをよく表していると思えた。それにしては、道ですれ違った日本の皆さんの雰囲気が柔らかすぎる気もした。一体何なんだ、この国は。私はすっかり、このあやかし大国の魅惑の迷宮に入り込んでいた。


「ココノッツォって、なんの妖怪なんだ?」


 バターの効いたロール型のクッキーを頬張りながら、ココナッツの発音で話に入ってきたのはキラだった。


「キツネ……ですよね?」


 自分の与える情報が正しいかどうか、不安だった私はチラリとアシハラを見た。


「うーん、正しくは狐狸(こり)って言って、タヌキでもありキツネでもある、人に害をなす、そういう存在です」

「どういう存在だ!? わからん!!」


 理解力が低いくせに、わからないことがあれば遠慮なしに食らいつく。それがキラである。ここで解説を兼ねて会話に加わってきたのが大賢者だった。


「古代獣なんてのは、特殊も特殊。ココノツオの場合、分類は魔力と霊力を両方持ち合わせた天災クラスの被害をもたらせる妖獣ってところか。フィールドで変わったところとか、そういうのはなかったか?」

「そうですね……ココノツオの力ではないんですけど、討伐の時に同行していた術師が使ったとされる禁呪の影響で、今でもまだ魔力の毒が出ているらしいです。運が悪ければ魔力を持たない鳥獣たちが死んでしまうぐらいの、微弱なものですけど」

「いいっ!? そんな怖い所、よく行けるなぁ?」


 驚いたキラは、なぜかピィちゃんに同意を求めた。ピィちゃんは首をかしげて、どこが怖いのか理解できないようだった。


「毒か。ニオイはどうだった?」

「タンパク質が腐ったような、ちょうどあなたやキラがするオナラを薄くしたようなニオイでした」


 我ながら、これ以上にない例えが出せた。そう思った時だった。


「もし!?」


 聞き馴染みのない男の声が、玄関ではなく、庭先から聞こえてきた。


「はぁい!!」


 アシハラが急いで来客の応対をしに行った。やがて聞こえてきたのは、大の男たちが盛り上がる声で、やはりそれは外から聞こえた。居間に残ったソフィーさん以外の全員が、縁側から外の様子を覗いた。


「……誰だ?」

「全然見えないから、わからない」


 建物の構造上、来客がいると思われる軒先はまったくもっての死角にあった。しかしあのアシハラがはしゃぐような声をあげる客のことが、私にはどうしても気になってしまった。


「しょうがねぇなぁ、ちょっと行ってくる」


 大賢者は迷いなく縁側に置いてあったサンダルを履き、外から玄関側へと回り込んでいった。


「私も行く!!」

「あ、ちょっと!!」


 続いてキラが、私はピィちゃんにサンダルを履かせてからその後を追うことにした。孤独に弱いソフィーさんのために、サラマンダー君だけはその場にとどまった。





 私たちが合流すると、アシハラが集まったメンバーを、来客に向けて一人ずつ紹介しようとしているところだった。玄関の軒先にいたのは、アシハラとはまた毛色の違う装飾の多い和装に身を包んだ、日本人らしき男性だった。


元陽(げんよう)、この御方が俺の主、レオナルド・セプティム・アレキサンダー殿だ」

「おお、まさしく西洋最強の……お噂はかねがね伺っております。万夫不当の豪の者というのは、噂に違わぬようですな」


 ゲンヨウと呼ばれたその男は、突然出くわしたにもかかわらず、怯むことなく胸を張って大賢者を見上げながら初対面の挨拶をした。


「レオナルド殿、この男はゲンヨウ。山ひとつ向こうに住んでいて、俺とは同じ年の昔馴染みでございます」


 ……なんだと? ということは、四十四歳だ。アシハラもそうだが、日本人というのは男女問わず肌つやがいい。その為に、実年齢よりもグッと若く見える。


「そういうお前も、ただ者ではないようだな。どうぞよろしく」


 大賢者にしては下手に出た挨拶をすると、両者は握手を交わした。


「オッサン、強いのか?」


 私と同じ疑問を抱えていたキラが、不躾にも正直に心の内を打ち明けた。


「こちらはレオナルド殿の娘。言うなれば、姫君にあらされる方だ」

「おお……この年にして、この魔力とは素晴らしいな。オジサンは驚くほど弱いぞ? 試してみるか?」

「テッシッシ!! じゃあ、いい!!」


 相当やる人だ。なんとなくではあるが、ゲンヨウのこれまでの言動から私はそう判断した。


「それで、こちらは俺の上司とそのボディーガードを務める、イシュタル殿とピィちゃん殿だ」

「これは……なんと美しい……」


 それまでと違い一歩前に詰めてきた、私よりも少し大きいくらいのちょうどいい背丈からは、爽やかなスズランのような香りがした。ゲンヨウは私に対して、はっきりとした好意を込めた熱い視線を送ってきていた。


「いかかでしょう?」

「な、なにがですか?」


 フェイスラインに沿って整えられた髭が知的な印象を与えてきた。これまでに出会ってきた者どもとは少し違う、ミステリアスな雰囲気を持った中年男性の積極的なアピールに私は動揺していた。


「アシハラ同様、いい歳をして私も未婚でして。ここはひとつ、人助けだと思って、私と結婚を……」

「ちょっと待ったぁ!!」


 ゲンヨウの低く落ち着いた声とは違う、高めのトーンの声が響き渡った。声の発信源である屋敷の入り口の方を見ると、そこには刀を携えた若い侍が立っていた。


「その婚姻は認められん!! その御方をどなたと心得る!? 国際魔法警備局特別防御課所属、イシュタル・ラヒミ殿であらされるぞ!!」


 ……いや、そうだけど。正しくはそうだったけど、あなたは誰?


 私の昔の肩書とフルネームを高らかに宣言したその若武者は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

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