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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
3章 あやかし大国の章

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42 バカンス in 休暇

 

 庭を通れば美しくも温かみのある緑たちが、茅葺(かやぶ)き屋根の日本家屋へと導く。低くなった垣根から見える広大な田畑はまだ荒れ果てているが、少し視線を伸ばせば重畳(ちょうじょう)たる山々が連なり、人と自然との対比と共存、ひいては同化を感じさせられる。何度帰ってきても、この場所の空気と風景は、なぜか私の心を癒やしてくれた。


「ただいま戻りました」


 単独での観光を終えた私は家屋へ入って帰宅の挨拶をしてから、玄関より一段高くなった奥行のある台に腰掛けて脱いだ靴を揃えた。


「はい、ストップ」

「え?」


 振り返ると大賢者が腕組みをしながら私を見下ろしていた。


「おめぇ、自分んち帰ってきたら、ほんなこと言うんけ?」


 日本の伝統家屋と原風景を誰よりも気に入っている大賢者は、非常にナチュラルにキタカントーの訛りを取り入れながら、私をからかってきた。


「いや、ここ、アシハラさんの生家ですよね?」


 何言ってるんだか。まだ昼にもならないうちから、いちいちこんな寸劇に付き合っていたら体力が持たない。立ち上がった私は大賢者の横を素通りしようとした。ところが我が家の喜劇王は甘くなかった。私の肘のあたりを掴んできた大賢者は、親指と人差し指だけを使って手首が上に来るように腕を折り曲げ、鈍い光沢を放つブレスレットの姿をあらわにさせた。


「色気づいて、コレ。男でも出来たんか?」

「あなたが買ってくれたものでしょう、これは」


 外出時、私が必ず身につけることにしているブレスレットは、飛行用魔道具を圧縮変形させたものだ。飛行に関しては、特に先進国では厳しい法令があるため、ほとんどその機能を果たしたことはなく、超高級アクセサリーと化しているのが現状ではあった。


「はて、そうじゃったかのう……?」


 大賢者が今度はおじいさんになって、すっとぼけてきた。


「わしは早く、孫の顔が見たいだけでのう……」


 と思ったら、父親だったらしい。


「おふざけがしたいんだったら、設定ぐらいはきちんとしてください」

「そんなプリプリすんなって」

「……プリプリ?」


 擬音に反応して登場したのはキラだった。


「なんだ、うんちの音じゃないのか」

「こんな所でするわけねぇだろ、お前じゃないんだから」

「なにおう!?」


 父と娘はたった二人で、わいのわいのと騒ぎ出す。この隙に、私は家の中へと歩を進めることにした。


「ピィ!!」

「あら、おかえりなさい」

「キューン!!」

「お疲れ様でした。今、お茶を入れますから、楽にしていてください」

「いえ、じきにお昼になりますから、お茶は大丈夫です」


 立派な日本庭園を一望できる畳張りの居間には全員が揃っていて、私の帰りを迎えてくれた。


 私たちがなぜ日本にいるのか。なぜアシハラの生家を拠点としているのか。理由らしき理由は特にない。エジプトでの一件を終えた次の日には、拠点は空を飛び、足元にはインド洋の海が広がっていたという、どうしようもない事実だけがそこにはあった。





 次の目的地であるギリシャは、確かにすぐそこにあった。そのはずだったのに、何が起こっているというのか。窓の外に映る雲が流れるスピードに違和感を覚え、慌てふためいた私はデッキへと飛び出して、そこにいた大賢者に尋ねた。


「な、なんで……どうして……一体、どこに向かってるんですか?」

「いや、なぁに。もう年の瀬になるわけだし、今のお前には休暇も必要だと考えてな。バカンス in 休暇 in ジャパンだ!!」


 休暇中の私に休暇を与えるという、謎の理論を振りかざしてきた大賢者に、何も言い返すことはできなかった。しかもこの男、日本に移動するのにたっぷり十日もかけやがって、到着する頃には十二月の中旬が終わろうとしていた。


「日本の、どこへ?」

「キタカントーだ。今年はアシハラの実家で年を越すぞ」


 あとは示し合わせたかのように事が進んだ。キタカントーの山奥へと一直線に進み、周囲に人の気配すらしなかったその場所にあったのは崩れた廃屋。三十年以上放置されていたというその廃屋こそが、第六魔王トワイを討伐した侍の末裔であるアシハラの生家であった。


「なかなか趣があっていいな。アシハラ、家の間取りはどうなってたんだ?」

「えーっとですねぇ……ちょっとだけ、お待ちください。ええっと……」


 住んでいた当時の記憶を頼りに、廃屋と庭は発見したその日のうちに復元された。武道を鍛錬するための建物や納屋、田畑などはそのままにして、とりあえずの日本での拠点が出来上がった。


「よし!! あとはこの家でゆっくり過ごすことにしよう!! 来年まで、宝石探しはお休み!!」

「いえぇぇぇぇい!!」


 拠点が完成して次の日はアシハラの案内の元、キラとピィちゃんと一緒に山の散策を楽しんだ。


「まるい!! かわいい!! なんだ、アレは!?」

「あれは魔獣じゃない方の、普通のタヌキだね。大きな音が苦手だから、どうかお静かに」

「ピィ……ピィ?」

「あれはユキザル。魔獣だね。信州の方だと、この時期になると温泉に入って暖まるらしいよ?」

「それは……なんてかわいい……」


 日本の野生動物たちは、とにかく可愛らしいものが多かった。タヌキもユキザルも、顔と身体に丸みがあって、出来るものならば抱きしめたくなるような大きさと造形をしていた。しかしながら自然というものは厳しく、そういうものたちばかりで成り立っているわけではなかった。


「グゴゴゴゴ……」


 あなぐらの入り口で、寝息に合わせてゴムのように膨らんだり縮んだりする大きな黒い毛皮。その毛皮はどの部分なのか判別がつかないほど、洞穴にみっちりとつまっていた。


「でっっっかぁ……ムガ、あれは何なんだ?」

辰喰(たつぐ)らい。本州最強のクマですね。冬眠中なので起こしたら死にます。静かに逃げましょう」


 ドラゴン以外の魔獣で背筋が凍ったのは初めてのことだった。家を出て二秒でクマに会えるという、アシハラの証言は大げさなものでもないことがよく分かった。


「ピィィィ!!??」


 珍しくピィちゃんが声をあげて喜んだのは、澄んだ青色の水が流れる川の存在だった。


「入っても大丈夫だよ。俺も子供の頃は、ここで遊んだりしたから」

「ピィ!!」

「なんでこんな色をしているんですか?」

「汚れが少ないから、日の光を通しやすいわけですね。そうすると……」

「見ろ!! ここにいる動物たちは、鳥までフワフワしてる!!」


 それからというもの、この自然環境を気に入ったキラとピィちゃんは、毎日飽きずに外遊びに興じることになった。私だけは性格上そうもいかず、大賢者の結婚指輪に使う宝石の情報がないかを調べ、見つけ次第、それらしき場所へと赴く日々を過ごしていた。





 断ったにもかかわらず、結局はお茶とお茶菓子が用意されて机の上に並べられることになった。私のあとからやってきた大賢者が、それらを欲したからであった。


「今日はどこ行ってきたんだ?」


 後ろからじゃれつきながらキラが質問してきた。


「ココノツオっていう、古代の霊獣が討伐された跡地」

「あんな所まで行ってきたの? 人がいっぱい居たでしょう?」


 アシハラがお茶のお代わりをいれながら、労いの言葉をかけてきた。


「すごかったです。それより、天神皇にお供した葦の武者って、もしかしてアシハラさんの祖先ですか?」

「わからない。前も言ったかもしれないけど、葦原の家系図は六代くらい前で途切れちゃってるから」


 現地でひとり、悠久の時に思いを馳せながら、熱いものを感じていたが真相はわからずじまい。残念は重なるものだと、私はため息をついた。


「なぁ~にため息なんかついてんだ。休暇だっつってんだろう? 宝石探しなんてするな」


 宝石探しはこの男のためでしかないのに、大賢者が素っ頓狂な説教を挟んできた。


「いや、でも……今回なんかは、結構面白かったんですよ」

「どう面白かったってんだ? 旅先で不意に出会ったジャパニーズボーイに恋しちゃったとか?」

「…………」

「なんか怪しいな。イブちゃん出してみろ」

「プライバシーの侵害です。お断りします」


 線の細い男には興味がないと自覚していたが、今日出会った日本人男性にだけは少しだけ特別な、何か引っかかるものを感じさせられたのは事実ではあった。とはいえ、旅は一期一会を楽しむもの。綺麗なものをわざわざこの男に穢される必要はない。旅先での偶然の出会いの場面を、私は大切に胸の中にしまっておくのであった。

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