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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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39 終着点へ

 

 すべてに決着がつけられた後、大賢者とアシハラの合同作業によって瓦礫の数々は砂へと還された。その場に残った現代文明は、新品のようにピカピカの四輪駆動車とサンドモービルだけとなった。


 大股開きでモービルに跨り、ハンドルを握ったのは亡国の王女ラミアだった。


「これ、どうやって動かすの?」


 その疑問には、彼女の後ろに腰掛けたヤスヒロが答えた。


「まず、そうね……ブレーキは、そんなに握っちゃダメ。それで右手を手前にひねると発進できるんだけど、まだこの方たちとお話したいことがあるから、やらないでね? でないと俺たち、一生吸血鬼のままになっちゃうから」


 不安そうに指導するヤスヒロを見ていると、こっちまで不安になってきた。突然の出会いから始まった不思議なカップルとの別れが迫っていた。ヤスヒロの腕の中には、丸まって気持ちよさそうに眠るマウの姿があった。





 遡る事数刻、ピラミッドのふもとに出来たクレーターの中心に女性陣が集まり、マウを愛でることによって楽しく明るい時間が流れていた。そのはずだったのだが、空気は一変し、ギスギスとしたものへと変貌しかけていた。端的に説明すれば、可愛らしいブサ猫のマウを誰が飼うかで私たちは揉めていた。


「ここはやっぱり私が。御覧の通り、医療面でも不安のない環境ですし」


 歯周病と診断されたマウは、その診断を下した大賢者によって、たちどころに持病を癒やされた。マウの飼育権を巡った争いは、そのことを利用した私が一歩リードしていた。


「でも……この子、古代種だし……」


 控えめに待ったをかけたのはラミアだった。地面に寝そべったマウが自分のお腹のあたりを一生懸命グルーミングする中、私に湧いたのは怒りにも似た感情だった。


 何なんだ、その古代種というのは。

 そんなふわふわしたカテゴリーを作ってまで、自分との共通点を主張して

 一体何が言いたいんだ、この女は。

 私が飼って、何か不都合でもあるというのか。


 この考えは私の腹の内の中でも非常にマイルドなものであり、本当はもっともっと邪悪で濁った考えで溢れていた。しかしながら、こういった時は感情的になった方が負けるというのが世の理。かつて務めていた職場では鉄仮面とあだ名され、人口1千万を超えるメガシティに居を構えていたにもかかわらず、必要最小限の人間関係だけで日々を過ごしていた私にとって、本心を隠すことなど何の造作もないことであった。


「ピピピ……」

「あらら、お腹すいちゃったの? すぐに帰れると思うから、もう少しだけ我慢してね」

「参ったな。ああなると、うちのタルは厄介でねぇ。大賢者の俺でも言う事を聞かせられなくなっちまうんだ」

「こわぁい……でも、さすがっすね。そもそも俺には、そういう権限すらないですから」


 私の仮面を剥がすことが出来るとすれば大賢者だけだ。実際にこの時も、身に覚えのない習慣をあたかも実践したことがあるかのような虚偽をヤスヒロに伝え、イライラさせられた私は男性陣がいる方へと怒りの眼差しを向けた。


「そういう顔するなっつうの。おっかねぇんだから、まったく……おう、お前ら!! そんなことで喧嘩するぐらいだったら、猫に決めてもらえば!?」


 強制的ではあったが、大賢者のそのひと言で冷戦は終結することになった。まるで言葉を理解したかのように、マウが動き始めたからでもあった。トコトコと歩き始めたマウは私たちから離れていくと、ひとりの男の前で前足を揃えて座り込んでからひと鳴きした。


「マウ」

「え? 俺? なんで?」


 選ばれたのはヤスヒロだった。


「気持ちは嬉しいけど……その……本当に、俺でいいの?」

「マウ」


 その決意は固いらしく、マウはヤスヒロに抱き上げられるまで動こうともしなかった。


「はい、決まり。帰るぞ」


 異様に古代種にモテる男に完敗した私は心の底から残念に思ったが、幸いだったのは争いが泥沼化しないうちに決着がつけられたことだろうか。





 時は戻って、現在。ラミアが運転手を務め、後部座席にはヤスヒロとマウが乗ったサンドモービルを取り巻くように全員が集まっていた。私が未練たらしくマウとの別れを惜しむ中、大賢者はヤスヒロと最後のやり取りを交わした。


「レグナス・レグロスだ。まずはその場所で、生活の基盤となる住処を構えるといい」

「聞いたこともない土地だ。それは何処にあるんですか?」

「知らなくても簡単に行けるさ。お前らみたいのは、特にな」


 口ぶりから察するに、男女の逃避行の地か、それとも愛の終着点か。私も知らない名前の土地だったが、魔法界にはそんな場所が無数にある。


「無事に辿り着けたら手紙をよこせ。タルのところに届くようになってるから、妙なことは書かないように」

「……き、気をつけます」


 ヤスヒロは緊張したように、ごくりと唾を飲み込んだ。感情を見せて敗北した直後だったこともあり、私は無視することにした。


「それで肝心の……俺たちの解呪についてなんですけど」

「それについては、ちょうど今は時期的に繁忙期というか、なんにせよタイミングが悪い。だが、心配はするな。古代の呪いに詳しい男が知り合いにいる。手紙が届いたら、そいつを紹介してやる」


 ヤスヒロは何かを確認するようにラミアの顔を見た。ラミアは柔らかい笑みを浮かべてヤスヒロに頷いてみせただけだった。


「……頑張ります。まずは、そのルミナス?」

「レグナス・レグロス」

「そう、レグナス・レグロス。絶対に、そこに辿り着いてみせます」

「頑張れよ」


 高らかな唸り声を上げてサンドモービルが発進した。


「ラミー!? ちょっと、ふかしすぎかも!! 危ないって!! マウがかわいそ……寝てる!! この状況で!? ワオ、ラミー!? 前よく見て!? ぶっとい骨みてぇなの、あるから!! 乗り上げちゃう!! ああぁぁぁぁぁぁ……」


 フロント部分が大きく浮き上がるウィリー走行を決めながら、二人と一匹を乗せたサンドモービルは喧しくも月の砂漠に消えていった。きっと、彼らの旅路は充実したものになることだろう。





 思い返せば、大賢者が朝食としてよく食べる分厚いベーコンを乗せた醤油ぶっかけご飯ぐらいに濃厚な一日だった。マウについて、まだちょっと引きずる部分があった私は、夕食後も軽い憂鬱のような気持ちを抱えたまま、リビングのソファに座ってぼーっと過ごしていた。


「キューン……」


 犬の姿に戻ったサラマンダー君が、隣でずっと一緒に悲しんでくれた。


「どうしたぁ、タルぅ?」


 元気な赤いふんどしもやってきた。温泉に入る準備をしていたはずのキラだった。


「何でもないよ。お風呂、入ってきちゃいなさい」


 大賢者とソフィーさんはタバコを吸いにデッキへ。ピィちゃんとアシハラは、すでに仲良く男湯へと向かっていた。今頃は髪にまつ毛に、体中の至る所の毛に絡んだ砂埃を洗い流していることだろう。


「……どうしたの?」


 不意にキラが抱きついてきた。それはいつもとは違う、久しぶりの優しい抱擁で、私は戸惑いの声をあげてしまった。


「まう、まう」


 キラはマウの鳴き真似をしながら、グリグリと頭を動かして甘えてきた。そういうことか、と納得した私は砂漠で少々ダメージを負ってしまった彼女の長く美しい金色の髪を心を込めて愛でた。


「今日は一緒に温泉入ってくれるか?」

「いいけど……ちょっとだけ、待っててくれる?」

「おう!」


 ほぼ裸に近かったキラに、もう一度ルームウェアを着させた私は残された謎の答え合わせのために、我が君のもとへと向かった。

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