38 マウ
全員が頭上の星空を見上げた。それは一直線に切れ目の入ったピラミッドの上部が、爆発音と共に吹っ飛んでいった方向だった。
「……ちと、張り切りすぎたかもな」
大賢者が開錠魔法の失敗をほのめかしても、私たちは天を仰ぎ続けた。充実と枯渇が絡み合ったような複雑な心境で上空を見続けていると、人工的に切り取られたような、満天の星空には似つかわしくない黒い影がくっきりと浮かび上がった。
「あぁ!! ヤバい!!」
身に迫る脅威に叫び声をあげたのはヤスヒロだった。黒い影の正体は、星の海に消えたはずのピラミッドの頂点だった。尖った部分が下になって、ものすごい速さでこちらに落下してきていた。
「逃げろぉ!!」
指示を出した大賢者の声色は、なぜか嬉しそうに弾んでいた。私は膝元にいたピイちゃんを抱えあげ、見えている範囲で出来るだけ遠い場所への転移を何度か行った。
ズシンという鈍く低い音が響いたあと、私は振り返って自分が出発した地点を確認した。上部の三分の一ほどが綺麗さっぱり切り取られ、神秘性が半減したピラミッドのふもとには、大きなクレーターが出来上がっていた。
「ピィちゃん、大丈夫だった?」
「ピィ。ピピ、ピィ」
「……そうみたいだね」
ピィちゃんの言う通り、他の皆も無事のようだった。二つずつ離散した場所にいた人影は、出来上がったクレーターの近くへ再結集し、私たちは一番最後にそこへ合流することになった。
直径は十メートルほどだろうか。深さのほどは二メートル以上は間違いなくあろうそのクレーターに、キラがギリギリまで近づくと、足元の砂がサラサラと崩れて下の方へと流れ込んでいった。
「おぉっ!?」
「危ないから、やめなさい」
キラのその行動を予期していた私は注意しながら彼女の袖を引っ張った。
「全員無事のようだな。一瞬焦ったが、どうやら呪文は大成功だったらしい」
大賢者が最終的な判断を下した。呪文の効果を飛び越え、秘宝そのものにまで一気にたどり着いたあたりが、合同詠唱で消費した総合魔力の高さを証明しているともいえた。
「というわけで、あれが『マウ』ということになるわけだ」
全員の視線は、クレーターの中心部にある物体に釘付けとなった。空中で分解したのか、変形魔法でもかけられていたのかはわからないが、そこには降ってきたはずのピラミッドの頂点の形は一切見当たらなかった。代わりに、直径一メートルあるかないかぐらいの、大きいとも小さいともいえない球体が転がっていた。
「私が一番乗りだ!!」
暴走しようとしたキラを止めたのは、彼女の襟首を掴んで身体ごと持ち上げた大賢者だった。
「いや、ダメだ。一番乗りは……行ってみるか?」
ヤスヒロかラミアか、あるいは両名に対してその言葉はかけられた。お互いの顔を見つめ合った二人は、どちらも不安そうな表情を浮かべた。
「大丈夫だ。再生の預言のことだろう? 姫様に見初められたお前が、勇者様ってことで間違いない。触ってみればわかる」
大賢者が何を言っているのか、私にはまったくわからなかった。しかしヤスヒロとラミアには通じたらしく、二人は頷き合ってから先頭に立ち、クレーターの中へと滑り降りていった。二人のあとからキラとピィちゃんが、その次に大賢者とソフィーさんが、私は全体がよく見えるよう、アシハラと共に殿を務めた。
球体は古代のイメージとはかけ離れた、金属のような銀色の素材で出来ていた。表面はくすんでいて反射こそしていなかったが、どうやって作られたのか、非常に高精度な球からはマウマウ族の技術力の高さを感じさせられた。
未だに不安が拭いきれないのか、ヤスヒロは振り返って困ったように大賢者の顔色を伺った。頼られた大賢者だったが特に何も言わず、球体に触れるように動きだけでヤスヒロを促しただけだった。意を決したのか、ヤスヒロは柔らかい砂に足をとられぬよう、しっかりとした足取りで球体に近づいていった。ここでもまた振り返ったヤスヒロは、今度はラミアの顔を見た。背中しか見えていなかったので、ラミアがどんな表情を返したのかは確認できなかったが、ヤスヒロは微かに笑ってから前に向き直し、丸めていた拳を広げて球体へと伸ばしていった。
全員がヤスヒロの動きに注目する中、大賢者の小指をこっそりとソフィーさんが握ったのを私は見逃さなかった。
ヤスヒロの手が球体に触れた瞬間だった。球体に黄金の風がグルグルと纏わりつき、ヤスヒロの胸元あたりにまで浮上した。
「おおっ!? おうおうおう……」
言葉にならない声で驚きを表現したヤスヒロは、ふんわりと飛び込んできた球体を腕の中に抱え込んだ。封印が解けたのはその時だった。気付けば纏っていた風がなくなっていた球体の上半分がパカっと開いて、ポトリと地面に落ちた。
「えっと……かわいい」
困惑するヤスヒロの腕に残った球体は下半分だけだった。その中には鼻の潰れた、ボールのように丸い体をした大きな猫がいた。いわゆるブサカワと呼ばれる、愛嬌たっぷりの顔をしたその猫は、ヤスヒロの顔をじっと見つめながら遠慮がちにその口を開いた。
「マウ」
「身体のわりに、声ちっちゃ! かわいい! え!? 何コイツ!? かわいいんですけど!?」
「フハハハハ!! 見ろよ、あの顔!! 絶妙に腹の立つ顔をしてやがる!!」
大賢者は大爆笑。頭の中でスタートの合図が聞こえたような気がした私は、ソフィーさんとキラとラミア、三人をぶっちぎる猛ダッシュを決め、誰よりも最初にまん丸なマウの体を愛でることに成功した。光沢のある上等な毛並みは、とてつもない癒やしの効果があり、触っただけでここまでに溜まった心労が吹き飛んでいった。人慣れしているのか、あとからゴールしたキラが失礼な部分を触っても、マウは全然嫌がらず、大きく伸びをしながら欠伸をする余裕までみせてきた。
「かわいいけど、口くせぇなぁ!!」
「そういうこと言わないの。かわいそうでしょう」
「大人しくって、とってもかわいいわねぇ」
「どうしよう……ヤスぐらい可愛いかも……」
共通のアイドルが出来たことによって、さっきまで張りつめていたはずの空気が一気に軽くなった。マウマウのマウは、世にもおそろしい秘宝だった。
その秘宝は永遠に輝きを保ち、そこから生み出されるオーラは永久なる和平を生み出し、触れればありとあらゆる苦痛を癒やす。
世の中というのはバカな人間ばかりが集まって出来ている。それは古の時代から、あまり変わっていないことなのかもしれない。




