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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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37 吸って吸われて、詠唱の儀

 

 数刻前までは確かに存在していたはずの五つの野営地は、高台やコンテナといったものも含めて全壊。マウマウ族が遺したピラミッドだけが、神秘的な存在感をそのままに保っていた。


 ピラミッドのふもとで、哀れな死霊術師が吹っ飛ばされていった方角の空を眺めていると、ラミアの手を引いたヤスヒロが私たちのもとへとやってきた。


「どうして指示を守らなかったんですか?」


 勝手なことをされれば、慎重に慎重を重ねた意味がなくなる。到着早々で終戦も早々ではあったが、私はヤスヒロを強く非難した。しかし、答えたのはラミアの方であった。


「ごめんなさい。私がヤスに頼んだの。なんだか嫌な……向こうに、死神の姿が見えたような気がして」


 ラミアは最後まで言葉を紡げなかった。かすかに聞こえたのは乾いた音だった。


「ラミー!?」


 なにが起きたのか、わからなかった。左手を自分の胸元に動かして何かを掴むような大賢者の動きが、誰よりも早くその場を動いたアシハラが、驚きに変わってゆくキラの表情が、胸元が鮮血で染まってゆくラミアの姿が、最愛の人物の身体が地につかぬよう全力で支えるヤスヒロの姿が、私の目にはそれらすべてがスローモーションに見えた。





 薄暗い月夜の砂漠から戻ってきたアシハラは、首を横に振りながら大賢者に報告をした。


「逃げられました。転移魔法です」


 結果を聞いた大賢者は、鼻で笑いながら握りしめていた鉛玉を親指で弾いた。


「部外者か。気の毒にな」


 正体不明の狙撃犯よりも、もっと気の毒なことになっているのはラミアだった。胸から血を流した彼女は、恋人の腕の中で苦しそうに肩で息をしていた。


 吸血鬼は不死身であり、夜であれば傷ついた肉体の再生ができるはず。私は現状の不可思議を訴えて、大賢者の顔を見た。すると彼はラミアとヤスヒロをぼんやりと眺めたまま、口を動かし始めた。


「高品質であっても豚の血だけじゃあ、本来の力は出せないみたいだな」


 吸血鬼には回復魔法も効かないのだろうか。私はずっと大賢者の顔を見続けたが、彼は絶対に私の方を見てくれようとはしなかった。


「わかってるだろう? ジャパニーズシーフ。これはチャンスだ。ハッピーエンドはすぐそこにある。お前が、本当に覚悟を持っていればの話だがな」


 ラミアと同じか、それ以上に額に汗を浮かべていたヤスヒロが袖をまくり上げた。ただ黙って、あらわになった自らの腕を吸血鬼の口元へと近づける様は、大賢者の言う覚悟の表れに他なかった。


「本当に……最初から、こうしていればよかったんだ。ごめんよ、ラミー。もう苦しませないって、約束しただろう? 未来永劫、キミに……俺は、勇者ヤスヒロは生涯キミだけに忠誠を誓うよ。遠慮なく、吸ってくれ」

「……嬉しい」


 ラミアは弱々しく微笑むと、全体重をかけるかのようにヤスヒロに覆い被さった。ガブリという噛む音と、チューっと血をすする音、そしてごくごくと喉を鳴らす音までがはっきりと聞こえた。ただし


「首ィィィィィィ!!!???」


 差し出された腕を無視して、ラミアはヤスヒロの首筋にかぶりついていた。





「……ふぅ。ごちそうさま、ヤス」

「あの……うん。まぁ……うん」


 見事に再生を果たして元よりも艶めく肌を手に入れた女と、寝違えたかのように首元に手を当てながら顔をしょんぼりとさせた男。赤く光る(まなこ)は四つに増えていた。


「なんか、えっちだったな」


 素晴らしい純愛物語の締めくくりを見届けることが出来たのは良かったのだが、内容が刺激的だった為か、キラが新たな歪みの芽生えを匂わせたのには不安を感じた。


「はいはい、それじゃあそろそろ、お宝とご対面といこうか。シケボーイ、このピラミッドの入り口を開けてくれ」

「先生! 入り口が見当たりません!」


 キラが挙手をしながら、ピシッと背筋を正して発言した。彼女の言う通り、どこまでも滑らかな面が続くピラミッドにはまったくと言っていいほど、それらしいものは見当たらなかった。


「あと、俺……お腹が空いて力が出ない……感じかも」


 ヤスヒロが押さえていたお腹からは、彼の弱々しい言葉をかき消すほどの音が鳴っていた。


「ひとつずつ解決しよう。まずは王女殿下、空腹の勇者殿にそなたの血を分け与えたもうれ」


 古風な言葉遣いで仰々しく命じられたラミアはヤスヒロの前に立つと、小首を傾げながらイタズラな笑顔をみせた。


「ははっ! それでオレはキミのケンゾクというわけか! その手には乗らないぞ、吸血鬼め!」

「あの……偏見でした。その節は、誠に申し訳ございませんでした……」

「冗談。いいよ。ずっとずっと、私の前でご飯食べるの、我慢してくれてたんだよね……」

「バレてたのか……愛してるよ、ラミー」

「私もよ、ヤス……」


 なんだかよくわからない二人だけの世界を見せつけられてから、今度はヤスヒロがラミアの首筋にかぶつく恰好をとった。


「はぁ……あっ……」


 血を吸われている間、ラミアは見ているこちらの情欲を煽るようなセクシーな吐息を漏らしていた。


「やっぱり、えっちだな」


 同じ感想を再び呟いたキラに対して、何も注意することは出来なかった。


「うわっ!! 急に元気が出た!! 何だ、これ!? スーパーパワーって感じ!!」

「解決したようだな。それじゃあ、開錠呪文を頼む」

「先生! 私が! 私のやつがまだです!」

「我が最愛の娘っ子よ。よく聞け。吸血鬼となってパワーアップしたヤスヒロが呪文を唱えると、どうなると思う?」

「ど、どうなるんだ?」


 この状況を誰よりも楽しんでいる大賢者はニヤリと笑うと、期待して答えを待っているキラではなく、ヤスヒロへとその顔を向けた。


「……どうなるの?」

「わかりません。もともとは合同詠唱というか、入り口に限っては皆さんの協力がないと、成功自体が難しいって感じの呪文です」

「ほらな? 俺たち全員の魔力を加えれば、入り口なんて探す必要もなく、どこかにある扉が勝手に開くっていう寸法よ」

「なにが『ほらな?』ですか。勢いだけで正解を導いただけでしょう?」


 私はいつもの調子で肩を軽く小突いて、大賢者から笑顔を引き出した。


「うっそだろ……この人、伝説の賞金稼ぎを引っ叩いた」


 過剰に恐れるヤスヒロを鬱陶しく感じた私は、二度目となる睨みをきかせてその態度を改めさせた。





 色々とあったが気分は一新。ヤスヒロに呪文を教えてもらった私たちは大いなる自信を持って、悠久の時を渡り歩いてきた古代のピラミッドの開錠に挑戦することとなった。開始の音頭をとったのはもちろん、この魔法の要となるヤスヒロだった。


「手前事情ではございますが、これにて泥棒人生を終わりにさせていただきます!! 最後の詠唱、心を込めて、参ります!! それでは皆さん、ご唱和ください!! イフタフ!!」


 先頭に立ったヤスヒロは右手で作った握り拳を掲げ上げた。私たちも負けじと同じポーズをとった。


「ィヤァァァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!!!」


 私は叫んだ。喉がはちきれんばかりに。隣に立つ大賢者は私の鼓膜を破裂させんばかりに。キラは地獄から悪魔を召喚せんとするばかりに。アシハラはかつて雪山でみせたような熊を吹き飛ばしそうな勢いのままに。ソフィーさんとラミアは優雅に。ピィちゃんだけはピィと。全員が全力で呪文の詠唱をした。それだけで大地が揺れ動き、足元からは無限の魔力が伝わってきたようにも感じられた。


「シムシム!!」


 結びの詠唱で、ヤスヒロはピラミッドに向かって両手を大きく広げた。変化はすぐさま訪れた。ピラミッドに入った横一直線の切れ目。火山が噴火したかのような爆発音。求めていた古代ロマンへの入り口が、とうとう開かれた。

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