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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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36/62

36 制圧完了

――宣戦布告――


こちらレオナルド・セプティム・アレキサンダー


包囲されている君たちに告ぐ


邪魔だ 退け


もし逃げるのであれば


転移魔法だけは絶対に使わないように


魔力が尽きるまで発動し続けたあと


監獄で目覚めることになるでしょう


それ以外の方法で、好きにお逃げなさい


その者たちには危害を加えないことを約束する


抵抗するのであれば


代表者だった場合、無期限の魔封状態で


コンゴへと吹っ飛ばして差し上げよう


コンゴなだけに今後の人生が懸かった


ジャングルフィーバーが始まることでしょう


末端は知らない


運の悪いやつだったら


性格が悪くて


ろくに手加減もできないクソガキに捕まって


立ち直れないぐらいに蹂躙されちゃうかもね


返事はいらない


十五分後に勝手に攻める


交通事故に遭わないように気をつけてください

 

 大賢者が急ごしらえで用意した宣戦布告の手紙の内容は、一体どんなものだったのだろうか。きっと酷いものだったに違いないその書状は、敵陣の人間がきちんと拾って本部らしきテントへと送り届けたようだった。


 ひと仕事を終えた私は『届きました』のサインを地上に向けて手で送った。大賢者によって宙高く打ち上げられていた使い魔イブが、私の肩へと降り立った。私とアシハラとソフィーさんの三人を乗せた、高くせり上がった砂岩の足場が、低い音を立ててゆっくりと砂漠に沈み込んでいった。地上に降り立った私たちを拍手で迎え入れたのは大賢者だった。


「見事なチームワークだったな。素晴らしい仕事には、ふさわしい報酬を与えねばならん。ボーナスとして、お前たちにはそれぞれ一万エジプトポンドを進呈しよう」


 時折、冗談のように告げられるボーナスだが、この男は本当にくれる。大賢者のその言葉を聞いた私は、エジプトに来てから一番の笑顔が出せたと思う。チームワークについて褒められたのが嬉しかったのはもちろん、ありていに言えばお金が大好きだからだ。


 キラから借りた杖を二メートル以上の大きな和弓に変え、手紙付きの矢を天高く撃ち放ったのはアシハラだった。本隊の置かれている場所をイブによって観測し、雑多な計算をしたのは私であるが、今回はほとんどソフィーさんの力によるところが大きかった。おおよそ三十キロにも及ぶ超長距離狙撃を可能にした彼女の支配的な風魔法と視覚共有魔法抜きでは、今回の成功は考えられなかった。


「二人とも、ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ」

「楽しかったわ」


 ひとつの仕事をこなしただけで、好きだった二人のことがますます好きになれた。貰ったボーナスは、この二人の為にまずは使いたいと思った。


「急ぐぞ。開戦まで十五分しかないからな」

「えぇ!?」


 突然のスケジューリングに面食らった私だったが、すぐさまヤスヒロたちに作戦を伝えに行った。


「現場に到着したら、モービルは乗り捨てて、全力で走ってすぐに車に乗ってください。あの車だったら、抜かれることはないと思うので」

「ぬ、抜かれる?」

「どんな攻撃も貫通しないってことです。万が一を考えてのことですから、緊張なさらずに。近場の、見えている脅威は、出来る限りこっちで排除させますので、安心してください」

「かっけぇ……」


 その時点で返事かどうかよくわからなかったヤスヒロの言葉が、私に向けられてのものだったと気が付いたのは、帰ってから温泉でキラに同じ言葉をかけられた時だった。





 戦場の目印となったのはピラミッドだった。それは石のブロックが積み上げられて出来た一般的なものではなく、ひとつの巨大な岩石を研磨したかのような、綺麗な斜面だけで構成されているものだった。観光地で見てきたものとは、材質も雰囲気もまるっきり違っているそのピラミッドの周辺には、敵対勢力である一個大隊が展開されていた。設置されている高台は全部で五つ。大雑把に見てピラミッドの四隅から少し離れた場所にそれぞれ一つずつと、中央の大きく開けた場所に一つ。その高さと設置されている野営の規模から、中央が本隊で、四隅に中隊が配置されていると私は判断した。


 私たちを乗せた車は、前方に配置された左右の高台から挟み撃ちされるのに最も適した位置へ、大きく振りかぶってからの横付けをした。降り注ぐ銃撃の雨の音の中に、聞き慣れた重く乾いた殺人パンチの音をはっきりと私が捉えた時には、すでに車内に大賢者とアシハラの姿はなかった。


「ピィッ!!」


 愛らしい五歳児ほどの大きさだったはずのピィちゃんが、全身に筋肉の鎧をまとった真っ白なイカ人間へと変身した。神々しく大型であるが、物言わず、最も私を愛し、最優先で私を守り、言うことまで聞いてくれる理想の彼氏である。前半については真実であるのだが、後半部分については冗談じゃなければ、どんなにいいことだろうか。


「ピィちゃん! 私の見えた限りだけど、ここを撃っている人たちのマーキングをしておいたから、とにかく思いっきり暴れてきて! 頭に気をつけてね!」

「ピッ!!」


 最愛の彼氏の姿が消えると、車を狙い撃つ音はほとんどしなくなった。次に動き出したのはキラだった。


「よっしゃあ!! 私も行ってくる!!」

「耳だけはしっかり守って!! 切断と脳の損傷以外だったら、あの人が全部治してくれると思うけど、無理に前には出ないって約束して!!」

「……わかった!!」


 いつもと違い、キラはきちんと私の目を見て返事をしてから、戦場へと赴いた。


「さてと、私はあの子を守りに行かなくちゃ」

「お願いします」


 ファミリー最強はこの人なのではないかと私が個人的に疑っているソフィーさんと、彼女の皮膚の一部となったサラマンダー君が出発すると、一瞬だけ外がオレンジ色に光った。それが決め手となり、この安全地帯への攻撃の手は完全に消え去った。全員を見送った後は、すぐそこまで来ている一般の方たちを迎え入れる為に車のドアを開けた。


「こわぁ!! 人数多くないですか!? 戦争!?」

「無駄口を叩かないで、速やかに乗ってください」


 ヤスヒロとラミアの合流が成功した。ピィちゃんとソフィーさんたちのおかげで、二人とも怪我はないようだった。


「それで……俺たちはどうすれば?」

「ずっとここにいてください。まもなく、戦闘が終わると思います」

「うっそぉ!? はやぁい!!」


 残った者たちが起こしていた銃撃の光や音の数々は、みるみる少なくなっていき、やがて静寂が訪れた。


「……お、終わった?」


 窓の外には三日月とピラミッドを背景に、中央で旋回する巨大クジラの化石の姿があった。その頸椎と思われる部分に跨って、キラが楽しそうに笑っていた。彼女の足元には下手をすれば百を超える数の、多国籍の者どもが気を失って倒れていた。


「砂クジラの骨!? すげぇ……あんなに大きいのを見たのは、初めてだ」

「私がいた時代のクジラかも。あの頃の動物たちは、なんでも大きかったから」

「そうなんだ……それだったら、俺も見てみたかったな……」

「ヤス……」


 車窓が映し出す殺伐とした風景とは裏腹に、車内にはロマンチックな雰囲気が流れ始めていた。


「……ちょっと、行ってきます。絶対にここから出ないでください」


 決して疎外感を感じたわけではなく、せめて交戦した人物が何者だったのかぐらいは記録しておきたいと思っての行動だった。私は無駄なく、キラの元へと転移した。


「キラ、その子はどうしたの!?」

「なんか、友達になってくれた!! うちで飼えるかなぁ!?」

「無理だと思う!!」


 トン、と軽い着地音を立てて、空から舞い降りたのはソフィーさんだった。敵から砂クジラの支配権を奪ったのは、どうやら彼女のようだった。


「キラ、行くわよ」

「わかったけど、どうやって降りよう!?」


 ソフィーさんは人差し指だけをクイッと上に持ち上げて、キラを呼び寄せた。ちょうどいいタイミングで合流してきたピィちゃんが、砂クジラに向かって合掌すると、化石はその場でガッチリと固まって動かなくなった。ポンと弾けるような音が鳴ると、ピィちゃんは幼児の姿へと戻った。それから私たちは、大賢者とアシハラがいることが遠くからでもよくわかる、ピラミッドの真ん前へと向かった。





 大賢者たちがピラミッドの前で対峙していたのは、丸い眼鏡をかけた、面長でおかっぱ頭の若い男だった。私が引っかかった部分は男の年齢くらいで、その顔にはまったく見覚えがなかった。


「くそ……まさか、本物だったとは。世界征服の野望も、これでおしまいか……しかし、よく聞け。レオナルド・セプティ」

「そうか、頑張れよ!! 応援してる!! 約束通り、お前はジャングルフィーバーだ!!」


 捨て台詞を最後まで言わせることなく、大賢者は一個大隊を率いていたとみられる死霊術師の男を、文字通り、夜空の向こうへと殴り飛ばした。ジャングルフィーバーとは何なのか。私が知る由もない、殺されるよりもえげつないに違いない刑が執行され、制圧は完了した。

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