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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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35 宣戦布告

 

 大型四輪駆動車は私たちを乗せて、砂漠をぶっ飛ばしていた。フロントガラスのサイズに見合った横幅の広いバックミラーは、後を着いてきているサンドモービルの姿をしっかりと映し、エジプトの旅もいよいよクライマックスを迎えようとしていた。


 ヤスヒロを連れさり、古代の秘宝『マウ』を手に入れようと企んでいるのは、どこのどいつで、どんな組織なのか。過去を振り返り、思い当たる組織について考えを巡らせているうちに、神経質になりかけていたが……


「ヤスヒロの拉致を指示した人間は、どんな組織に属しているんですかね?」

「知らねぇよぉ、そんなこと」


 うちの大賢者はわかんないまま行っちゃうらしい。


 私から説明できるのはそれだけだ。これに関しては本当に知らないと思うし、調べる必要もないと思っているからそうしているのだと思う。よしんば、知っていたとしても『今更お前なんかがそれを知ったところでどうするんだ』と言われること間違いなし。要するに、考えるだけ無駄。我が君が『行くぞ』といったら、秘書官としてはそれに従うしかないのである。


「オシッコ!!」


 ここでレオナルドファミリー名物、キラの宣言によるトイレ休憩に入った。アシハラは最初に車を降りると、周囲の安全確認を手早く済ませ、用を足すには十分な物陰へとキラを誘った。私たちも車を降りて、トイレや軽い屈伸運動など、それぞれが好きに休憩時間を過ごすことにした。


「タルちゃん、ほら」


 砂漠といえば、なぜかソフィーさんによる屍紹介が行われる。今回彼女が指差したのは、フナムシのような足がたくさん生えた虫の集合体の化石だった。


「あれだけ集まると、気持ちが悪いわね?」

「そ、そうですね……」


 だったらなんでいちいちそんなことをするのか。気分転換に、私は周囲に目を走らせて、夜の砂漠の生態系を観察することにした。


 イメージとは違って、エジプトの夜の砂漠は生命に溢れていた。サソリや蛇、フェネックやスナネコといった生物たちはもちろん、大型のトカゲやマングースのような動物まで多種にわたる生き物たちが活発に活動をしている。オアシスもところどころに点在していて、草木はおろか、鳥や蝶などの羽を持った生物も決して珍しい存在ではなかった。


「どうだ、タル。世界は美しいだろう?」


 いつの間にか私の隣に立っていた大賢者が、タバコの煙をふかしながら話しかけてきた。


「はい。なんかこう……タンザニアの砂漠とはまた違っていて、とっても勉強になります」

「象はいるかな?」

「……いないと思いますけど」


 どうやらまだ夢を諦めていなかったらしい大賢者に、私は乾燥地帯にふさわしい対応をした。


「象だったら、私見たことあるかも」


 意外でもあり、余計ともいえる情報を入れてきたのはラミアだった。彼女のすぐ隣にはヤスヒロもいた。


「マジ!?」

「えぇ……子供の頃だったから、よく覚えていないけれど、本家の式典に出席した時に大きな牙を持った象がいたような……」


 ザバンと大きな音を立てて砂埃が上がった。あらわれたのは躍動する大きな骨格。柱のように太い足の骨が四つ、そして長い鼻を連想させる二本の牙が、私にそれを象の骨格だと認識させた。


「象の……化石?」

「なるほど。砂漠は化石の宝庫でもあるのか。ということは、相手は死霊術が使えるみたいだな」


 視覚的な重量感にたじろいだ私とは対照的に、大賢者は冷静に分析をかましていた。


「うわぁ!? 何だコイツ!? 怖ぇぇぇ!!」


 一番取り乱していたのは用を足したばかりのキラだった。象とは程遠い、単眼のモンスターのような頭蓋骨を見れば、それも仕方ないことだった。思わぬ緊急事態を迎えて、最初に動いたのはソフィーさんだった。彼女は右腕を伸ばして、袖口からチラリと見える赤い紋様を輝かせた。


「待て、ソフィー。アシハラぁ!! 浄化できるかぁ!?」


 大賢者はその場から動かずにソフィーさんを制止させると、キラと一緒に少し離れた場所にいたアシハラへと指示を飛ばした。


「御意!!」


 アシハラは対象の背中を取った状態で手指を動かして印を組んだ。すると、今にも暴れ出しそうだった巨大な象の骨格が、真っ白な浄化の光に包まれた。そこから一秒と経たず、象の骨格は砂粒となってサラサラと崩れ落ち、大地へと還っていった。


「さすが。専業でもいけそうな腕前だ」


 アシハラのみせた浄化魔法は一切の無駄がなく、大賢者からは賞賛の言葉が送られ、キラからはお尻を撫でられて功績を称えられた。


「すっげぇ。どれくらい修行したんだろ……」


 私が思っていた事と同じようなことをぽつりと漏らしたヤスヒロ。それに答えたのは大賢者だった。


「浄化魔法はセンスだ。それをもってしても十年とか、習得にはそれぐらいかかる。祓うだけだったら簡単なんだけどな」

「はぇ~……十年」


 対象の魂を扱うことになる浄化魔法は、魔法界広しといえども限られた人間にしか使うことが出来ない。国際魔法警備局の入局テスト対策の時に読んだ書物によると、浄化魔法を修得するには生まれも大切であるという内容が書かれていたことをうっすらと覚えている。仕組みがあまりにも複雑すぎて、専業の人間でも魂を完全に浄化させるには百日以上かかるとも書かれていたはずだ。何にせよ、アシハラが常識を超越した能力を持っていることは周知の事実であるということが私は言いたかった。


「俺たちのこと、術者にバレたかなぁ? 今更だけど、宣戦布告とかした方がいいと思うか?」


 このタイミングでの指揮官直々の相談に、私は頭を悩ませた。まだ敵の規模すらわかっていないが、そんなことは関係なく、こちらの戦力は世界最強。幕僚としては宣戦布告して正面突破するのが一番有効であると確信しているが、私個人の能力を考えると正反対の隠密特化で行きたい。


「敵の規模は?」

「結構大隊。五、六百人くらい」

「部外者の安全確保は誰が?」

「お前だろうなぁ」


 胃がキリキリと痛んだ。どうやら、滅私奉公の精神を久しぶりに持ち出す時が来たようだ。


「……宣戦布告を、お願いします」

「そんな顔するなって。大丈夫。お前にはソフィーもゼノも付いてるんだから」


 ほとんど同時に、私の肩と裾に触れる者たちがいた。頼もしい仲間たちは無言で私を支えてくれると誓ってくれていた。


「よし、それじゃあご挨拶だ。ソフィー、手伝ってくれ」


 大賢者は二本目のタバコに火を点けると、南に向かって煙を吐き出した。ソフィーさんがくるくると指を回して大きな、それなのに穏やかな、不思議な風を起こして煙を運んでいった。


「包囲よし。転移魔法で逃げ出そうものなら、監獄直通の無限地獄が待っていることだろう。さて、お次は……」


 謎のトラップ魔法を仕掛け終えたらしい大賢者は言葉を遮って、チラリとアシハラの方を見た。


「古代ロマンらしく、矢文で行こう。アシハラ、頼んでいいか?」

「もちろんと言いたいですが、目標地点もわからなければ、弓もございません」

「そうね。キラ、杖を貸してやれ。タルとソフィーはあっちに行って、観測とサポートを頼む」


 出来るんだから自分でやれよ、めんどくさい。殺しきれていなかった私の心は毒を吐いていたが、身体はきびきびと指示通りに動いていた。

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