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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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34 hadha sakhif

 

 終末を感じさせる美しい夜の砂漠に浮かび上がっていたのはふたつの人影。一方は微動だにせず立ち、もう一方は力なくその場に座り込んでいた。なかなか動こうとしない二人のもとへ私が到着すると、新たな人影がひとつ、またひとつと集まってきた。


「れ、れ、れれれ……」


 救出されたヤスヒロは尻もちをついて驚いていたが、リプレイを見ているわけではない。昼間と違って、その視線は大賢者に釘付けだったからだ。


「レオナルド・セプティム・アレキサンダーだ……なに、これ。アシハラの親分って……アンタだったのか。いや、待ってくれ……どういうこと? そういう人たちって普通、対立して、戦って、ハッピーエンドを迎えるんじゃないの? それとも、あれか? あんたらが手を組んだってことは、世界をひっくり返すつもり……ってこと?」

「フハハハハ!! よくわかったな!! その通り!! 俺たちは、現代の魔法界に活を入れるために集まった最強集団!! ちなみに黒幕はストラデウスだ!!」


 思っていることを全部喋ってしまうヤスヒロを面白がって、大賢者は調子を合わせた。下らない悪ノリを気持ちよく切り捨てたのは、ヤスヒロに駆け寄り、隙間もないほどに体を密着させたラミアだった。


「ヤス!!」

「おお、ラミー……無事だったのか、良かった」


 お前が言うのか。というか、そもそもお前がさらわれるのか、という話ではあるのだが、何はともあれ無事でよかった。


「ちょ……おぉ」


 抱きついたラミアを引きはがせないほどの非力さを発揮したヤスヒロは、なんとか立ち上がると、それまで丸くさせていた目を今度は輝かせて大賢者に話しかけた。


「あの……実は俺、アレキサンダー家の大ファンなんです!! 特に弟さんが書いた本の『よくわかる古代魔術の章』のおかげで『イフタフ・ヤー・シムシム』を覚えられたといってもいいぐらいで、その……こうして出会えたのはとても嬉しくて、助けてくれたことも感謝してます!!」


 これに機嫌を良くしたブラコンの大賢者は、だらしなく顔を緩ませてヤスヒロと固い握手を交わしながら軽口をたたいた。


「そうだったのか!! シケ顔なんて言って悪かったな!! 俺ので良ければ、その本にサインを書いてやろうか!?」

「本当ですか!? やった!! 一生モノの宝、いや家宝にします!!」

「よかったね、ヤス!!」

「うん、そうなんだけど……首は、ちょっとヤバいかも、ラミー」


 なんだかよくわからない人のもとには、なんだかよくわからない人たちが集まる。言ってなかったはずの悪口をわざわざ口にしたり、著者のサインではないのに天を仰ぐほど喜んだり、抱きしめていた手を対象の首元に持っていったまま離そうともしなかったりで、本当に何が何だかよくわからなかった。





 救出現場には全員が集まった。静寂の中で響く車のアイドリング音が心地よく聞こえる中、私たちが待っていたのはリーダーの声だった。


「さて、俺たちはこのまま『マウ』を発掘しに行くが、お前たちはどうする?」


 大賢者が話しかけたのは二人に対してだった。救出がよほど嬉しかったのか、ラミアは体をくっつけたままヤスヒロから離れようともしなかった。


「マウマウのマウを!? え!? 場所はもう、わかってる感じですか!?」


 ヤスヒロは驚きの言葉を口した。内心で私も驚いたが、この男ならばそれも容易いことを思い出し、無表情を決め込んだ。


「まぁ、なんか怪しい程度に思ってた場所だったんだがな。ここまでの走行ルートを考えても、どうやらその場所で間違いなさそうだ。そこには、お前の拉致を指示した人間がすでにいるはずだ」

「さっすが世界一の賞金稼ぎだぁ。俺なんか、半年かけても全然、何にもわかんなかったんだから」


 その場で大きく息を吐き出すと、ヤスヒロはラミアの顔を頑張って見ようとした。が、力負けをして彼女に頬ずりをされただけだった。


「俺たちも行く」

「いいけど、危ないと思うぞ? 王女様も含めて、身の安全は保障できない。ちょっと面倒だが解呪方法だったら、俺があとで教えてやる。それでも行くのか?」

「行きたい。いや、行かせてください」

「どうしてだ?」


 集まった全員が縛り付けられたように黙って、二人の会話に集中している。なにげなく俯瞰的(ふかんてき)に見ることによって、ようやく不可視の自白魔法を疑うまでに至ったが、私が真実を知ることはなかった。


「なんか……もう、辞めたくなっちゃって」


 ラミアがヤスヒロから一向に離れないためか、どこかおかしな光景のままだったが、ヤスヒロの声のトーンは真剣なものだった。


「今まで盗掘というか、実際は一人で遺跡に取り残されてハイエナみたいな事ばっかやってきて……勝手かもしれないけどさ、これで最後にしたい。今日だけで天下無双のアシハラと、そのアシハラが頭を下げるほどの凄ぇ姐さん、おまけにレオナルド・セプティム・アレキサンダーにまで会えた。こんなすげぇメンバーと出会えたこと自体が、なんかもう……死んだオヤジからのメッセージなのかなって。そんなこと、思っちゃったりしたりして……」


 ヤスヒロは視線を私とアシハラ、そしてキラに向けた。それからもう一度大賢者の顔を見ると、心の内の続きを語り始めた。


「今日、初めてラミーと真剣に、腹を括って将来を話し合ったんだ。めちゃくちゃ怖かったけどね。それはいいとして、それで……いつか、自分の子供に自慢が出来るような親になりたいって、そう思ったんだ。もちろん今のままじゃ、そうすることは出来ないことはわかってる。だから、これで最後だ。俺たちは行く。そしたら俺は、俺たちは、すげぇ奴らと冒険したことがあるんだぞって、将来子供に自慢できるようにもなるだろう?」


 雄弁とは程遠い、不器用な語り口だった。しかしそのありふれた、ごく普通の思いは、確実に私の胸を打った。もし次の世代に語られる存在となるのなら、自分も背筋を伸ばして生きなければならないという思いも生まれた。


「そうか、わかった。たまには勉強させてもらうかねぇ、純愛っていうのを。それじゃあ俺たちはあの車で行くから、お前たちはお前たちで勝手について来い」

「あれぇ? 乗せてくれないんだぁ?」

「狭いの嫌いだから、俺」

「そ、そんなぁ……」


 ヤスヒロの夢は遠い道のりになりそうだった。ここで助け舟を出したのは、彼の人生の共同経営者としての覚悟を持った、ただひとりの人物だった。


「ちょっと待って。私、出来るじゃん」

「そうか! お願いしてもいいかな?」

「もちろん!」


 くるりと身体を一回転させて、ようやくヤスヒロから離れたラミアが見たことのない動作に入った。右の手の甲に左の手のひらを重ね、砂の大海へと向けるように両手を前に突き出した。


「何をするんだ?」


 全員を代表して、キラが疑問を口にした。


「ラミーは砂漠の砂を自在に操る、すごい呪文が使えるんだ。おかげでリビアからエジプトまで移動するのに、ひと晩とかからなかった」


 確かにそれはすごい。唐突に、古代人による魔法を間近で拝めるチャンスがやってきた。私はワクワクしながらラミアを見守った。


「母なる大地よ、燦然(さんぜん)たる神々よ、幾千の時を超えて、目覚めし我は砂漠の子なり、はじまりの木より分け与えられし力をもつ兄弟よ、今こそ奇跡を起こし給え!!」

「うおおおお!! かっけぇぇぇ!!」


 ざわついたのはキラだけだった。静かな月夜の砂漠には、相も変わらず、車のエンジン音だけが虚しく響き渡っていた。


「……地元の砂じゃないから、言うこと聞かないみたい」

「なんか……うちのラミーがすいません」


 バカバカしい。古代遺産のサルベージは時間の無駄から再開することになった。

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