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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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33/63

33 あの人だけは特別です

 

「みりあにゃまむ、もぐごりげっか」


 何を言ってるのかはさっぱりわからないが、おにぎりか何かを口いっぱいに放り込んだまま助手席から降りてきたキラは、杖にポーチにフル装備の状態で大賢者に近づいていった。補給も行って、戦闘態勢はバッチリということがよくわかった。


「ピィッ!!」


 後部座席から降りてきたのは、てちてちと走り寄って私に抱きついてきたピィちゃんだった。砂漠の環境は決して得意とはいえない彼がこうして来てくれただけでも嬉しかった私は、腰をかがめて彼を抱きしめた。


「なぁ~にやってんだ、お前ら。行くっつってんだろう? 降りてきてどうすんだ。その前に、ちょっと貸せ」

「もぉい!?」


 大賢者はキラから杖をひったくると、杖先で軽く地面をひと突きした。すると、砂漠の果てまで続く明るい緑色の線が浮かび上がった。


「アシハラ、運転を頼む。これを追うだけでいい。あとは全員、大人しく乗れぇい!!」


 怒号を合図に全員が車に乗り込んだ。もちろんラミアも一緒だった。





 月の砂漠をひた走る車の中で、ハンドルを握るアシハラが嬉しい用意をしてくれていた。


「お二人とも、お腹減ってるでしょう? おにぎり握ってきたんで、良かったら食べてください」


 おにぎり! アシハラのそれは最強の補給メシとなる。私はもっぱら昆布とおかかチーズを、大賢者は焼肉など、私が食べたら動いた時に絶対に気持ち悪くなる具材を好んで食べる。私はピィちゃんに渡された包みの紐をほどいて、ふたつの三角形と対面した。


「おい、キラ!? お前、俺のおにぎり、ちょっと食ったろ!?」

「だから最初に言ったじゃないか」

「『もぐごりげっか』でわかるか、バカタレぇい!! まぁ、いいけど。美味かったか?」

「味が濃すぎたのと、食べ過ぎて、気持ち悪くなってきた!!」

「よ~し、やっぱり許さん!! お前は帰ったら、アレキサンダー体操の刑だ!!」


 最前列でやかましく、無意味な言い争いを繰り広げている親子を尻目に、私は後部座席で粛々とエネルギーを蓄える作業に勤しんだ。いつもよりもよく噛んで、ゆっくりと体に吸収させる事によって、意識を戦闘へと集中させていく大事な時間である。


「タルちゃん、はい」


 こういう時、決まってソフィーさんは私に飲み物を渡してくれる。渡された飲み物が人肌に温められているのもまた、決まったことだった。


「あ……ありがとうございます」


 サラマンダー君はソフィーさんの体のどこかに隠れているのか、車内に姿はなかった。その様子もまた、準備万端ということをあらわしていた。


「あれ? 俺のはないの?」

「無いわよ。キラがあんたの分まで飲んじゃったから」


 妻だからこそか、振り返って訴えてきた大賢者に対して、ソフィーさんは冷たくあしらった。


「てめぇ、マジでふざけるなよ!? どう考えても飲み過ぎだろう!? ションベン漏らしの癖によぉ!!」

「きっしっし。私のションベン飲むか?」

「おう、飲んでやるよ!! 出せよ、オラァ!!」

「おい!! 人のふんどしを勝手にほどくな!! 直で飲もうとしてるのか!?」

「二人ともやめてぇ。お茶でいいなら、あるからぁ。オジサン、頭おかしくなっちゃいそう」


 バカ過ぎる、品性のかけらもないやり取りをどう思われているのだろうか。私の視線に気付いたラミアはうっすらとではあるが、笑ってくれたような気がした。


「とても賑やかな家族。なんだか羨ましいわ」

「……自慢の、ファミリーですから」


 ラミアの言葉を、私は気を遣ってもらったのだと受け止めた。





 補給を済ませてから、三十分ほど経過した頃。風景の変化に誰よりも早く気付いたのは大賢者だった。


「見っけ。王女殿下、愛しの恋人はあちらですよ」

「ヤス!?」


 ラミアが運転席へと身を乗り出して、ヤスヒロの安全を確認しようとした。フロントガラス越しにじっと前方を見つめても、収穫らしいものは特に得られなかったようだった。


「よく……見えますわね。その……夜の吸血鬼の目をもってしても、なかなか判断に困ります」

「見えた!!」


 声を荒げて二度目の発見を知らせたのはキラだった。私の目にもその姿が確認できるようになったのは、そこから十秒二十秒と経ってからだった。


「どうします?」

「防御は任せろ。安心して、やつらの真後ろにつけてくれ」


 アシハラと大賢者がくぐもった声でやり取りを交わすと、車はぐんとスピードを上げた。小さな粒程度の大きさだった三つの影が、みるみる大きくなってその形をはっきりとさせた。


 大賢者の言っていた通りだった。サンドモービルは全部で三台。後方に続く二台にはそれぞれ二人ずつ人が乗っていて、一番前を走っているモービルには運転をしている人物と、その後ろでヤスヒロとみられる人物が顔に袋を被せられて座席に縛り付けられていた。


「まだ気づかねぇでやんの。パッシングでもしてやれ」


 指示通りにアシハラはレバーを動かして、ヘッドライトをちらつかせた。それが開戦の合図となった。後ろを走っていた二台のモービルが、何のためらいもなしにこちらに攻撃を仕掛けてきた。もちろんそれは攻撃用の魔道具を使った、殺傷性の高いものだった。


「うわぁ、撃たれたぁ。こわい、こわい。やり返さなくちゃ、やられちゃう」


 攻撃をシールド魔法で弾き返しているくせに、大賢者は渾身の棒読みで反撃の正当性を主張した。


「さぁて、どうしようかな。キラ、なんかやってみて欲しいこととかあるか?」

「うーん……砂漠といえば、ワニだな!」

「ワニか。いいな、それ。砂漠でワニに襲われちゃあ、仕方ないもんな。ナイスアイディアだ。採用、おめでとう」

「よっしゃあ!!」


 三十分前の醜い争いはどこへやら。意味不明なやり取りをしたバカ親子は、仲良くハイタッチを交わした。瞬間、砂の海から音を立てて出現したのはビルのような大きさのワニだった。遥か前方に現れたそのワニは逃げ場のないほどに大きな口を開いた。その口は前方を走る三台のモービルはおろか、私たちさえも飲み込んだ。


「……ふぅ。さすがにビビったかも」


 今回のケースで一番すごかったのは、そんなことを口走りつつ、スピードを緩めずハンドリングもぶれることのなかったアシハラかもしれない。正直言って私も漏らしかけたし、まだ心臓がドキドキしている。


 五つの人影と二台のサンドモービルは、巨大ワニと共に砂の海へと消えていた。残ったモービルに乗っていたのはヤスヒロとみられる人物だけ。大賢者は助手席から転移してサンドモービルへと乗りうつり、ゆっくりとブレーキをかけて停車させると、ヤスヒロの拘束を解いて被せられていた顔の袋を乱暴に脱がせた。


「……すごい。もしかして、今ってあんな魔術を使える人ばかりなの?」

「いいえ」


 動きを止めた車の中で呟いたラミアの言葉を、私はすぐさま否定した。あれを基準にされたら、たまったものじゃない。しかし、なぜだろうか。私の心臓はまだ高揚をやめようとしてくれなかった。


「あの人だけは特別です」


 それだけ言って、私は誰よりも早く車から降りた。

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