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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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31 求む、ひみつ道具

 

 昇ったばかりの月は赤みを帯びていた。十代のうちから魔法界のトップを走り続ける洗練されたその男は、デッキに設置されたテーブルに腰掛けて、私のことを待っていると思っていた。が、理想と現実は異なっていた。


「おう、タル。早かったなぁ。急ぐなっつったろうがよ?」


 何でそんなことをしているのか、大賢者はタバコを吸いながら、同時進行で部屋着に着替えている真っ最中だった。おかげさまで私が入れてきた気合は、この時点で抜けてしまった。


「どっちかにしてくださいよ。怖くて見てられないんですけど、それ」


 私たちにも支給されているその部屋着は、着ていてもまったく重さを感じさせず、防寒防臭といった機能面においても優れた性能を持っている冬用のものだ。空気をたっぷりと含んだ希少性の高いウールで出来ていて毛触りが良く、当然火に弱い。常識的に考えればタバコの火なんていうものは、一番近づけてはならないものだった。


「そうだろう? 正直言って、やってる俺も怖い」


 あまりにも荒唐無稽で意味不明な告白だったが、悔しいことに私は笑ってしまっていた。先に大賢者が笑っていたからかもしれない。私が改めて質問をしなおしたのは、大賢者がタバコを持つ手を右に左に忙しく変えて、無事に着替えを済ませた後のことだった。


「どうして、そんな危ないことをしていたんですか?」

「死んだじいさんがよくやってたんだよ、こういうタバコ芸を。それを急に思い出して、自分でもちょっとやってみたくなって、そのタイミングでお前が来たってわけ」

「もし失敗したら、どうするつもりだったんですか?」

「そしたらもう……しばらく家では裸だな。俺は別に着なくてもいいと思ってるから。こんなモコモコしたやつは」


 そう言って、暑がりの大賢者は着たばかりの部屋着を脱いで、また外出用のローブに着直した。本当に意味の分からない人なのだが、ここで新しいものを買うという結論を安易に出さないのが、私が好感を覚えている部分だ。お金があるからといって、物を大切にしないわけではない。細かいことかもしれないが、この人は物持ちがいい。得意の空間魔法を駆使して、何でもかんでも異空間に収納しているくらいだ。それがどれくらい複雑な技術なのかという講釈はさておき、彼のそういう部分も人間性がぶっ壊れているのも、すべては母親の厳しい教育の結果なのだろう。


「そんなことより、なにか報告があるって話だったろ? 何なんだ?」

「えーっと……」


 ヤスヒロたちの身の安全を考えると、出来るだけ早く問題を処理したい。しかし前もって大賢者の方から調査報告があると言われている手前、私から先に報告をしてもいいものかどうかを今更ながらに考えてしまい、言葉に詰まった。


「おいおい。遠慮は無用だぞ、タル。命令だ、言え。今日、お前は町で何を見て、何を感じてきたんだ?」


 命令とあらば仕方がない。私は主君の仰せの通りに振舞うことにした。





 私が報告したのは亡国の王女ラミアの解呪依頼のこと、そして私たちと同じお宝を狙う第三勢力の気配についてだった。


「ふむ。冴えわたっているみたいだな。こいつは良くねぇなぁ……」

「何が良くないんですか?」

「こっちの話だ。気にするな。さてさて、まずは吸血の呪いか。直接診てみないとなんとも言えんが、お前の言う通り、俺にはたぶん解呪は無理だ。無理というか、思っている通りの手法が使われていたら、治し方がちょっとめんどくせぇんだよなぁ……」


 よくわからない前置きが入ったが、さすがの知識量だった。煩わしそうな表情こそ出ていたが、大賢者は私が聞いたこともない古代の呪いの治し方まで知っていた。


「治療は可能ということですか?」

「うーん……今は断定はしない。とりあえず、会いに行ってみようぜ」

「お疲れではないんですか?」

「疲れるわけねぇだろ、これぐらいで」


 昨日からまともに寝ていないはずなのに、このフットワークの軽さは驚嘆としかいえなかった。普通の人間とは一線を画す、エネルギッシュな生き方が少し羨ましくも思えた。


「……こういう、急を要するときに、手早く連絡がとれる手段を用意してみませんか?」


 これは断じて急な提案ではない。今回の一件ともきちんと関連付いた話題でもある。


 大賢者は誰にも何も告げず、タイに十日間行ってしまうような人間だ。よくよく考えてみると、その生態はヤバいんじゃないかと、緊急時に困るのは私たちで、このまま放っておくわけにもいかないんじゃないかと、大賢者以外の全員が集まって会議を開いたことがある。


 大賢者にひも付きの首輪をつけて、用事ができた時はそれを引っ張るという仕組みを考えたソフィーさんと私は、その会議で大盛り上がりした。キラは私の使い魔であるイブをリビングへと転送する、魔法陣方式がいいのではないかと主張した。その他にも色々と話し合ったのだが、最終的には、人道上どの案もよろしくないと唱えたアシハラの妥協案が採択された。それは『本人に考えてもらって何とかしてもらおう』という案だった。


 束縛は大賢者が激しく嫌っているもののひとつだ。この提案は賭けである。しかし、緊急時の連絡手段は絶対に必要なものだと、大賢者以外の全員が思っている。それがあれば少なくとも今回のラミアの件については、すぐに解決したはずなのだから。


「それについては……出来るんだけど、そうするとなぜか人間ていうのは、神より授かりし高い知能を放り捨ててまで、監視に夢中になる。わかるか? 監視を管理だと思い込んだ、哀れな存在となってしまうんだ。俺はお前にだけは、そうなってほしくなくてだなぁ……」


 思った通り、大賢者はそれっぽい理屈をつらつらと並べ立てて難色を示した。


「まぁ、それについては後々ということで。さぁさぁ、吸血姫が待っているというホテルに急ぐとしようじゃないか。こうしている間にも第三勢力が鍵開けの勇者君の拉致に成功し、俺が合法的に弱者を甚振(いたぶ)れるチャンスが来てしまうかもしれない」


 よく回る口は自爆を生んだ。私は逃げ出そうとする獣の尻尾を掴むように、大賢者のローブの端を掴んで彼が動き出そうとするの阻止した。


「じゃあ、ゆっくりしても問題ないじゃないですか。お願いしますよ。簡単なものでいいんです。もう少し折り合いをつけてもらって、どうにか出来ないですか?」

「冴えわたってるねぇ……まったく。しょうがないなぁ、タルちゃんは」


 大賢者は困り顔で両手を動かし始めた。それは何もない空間から何かを取り出す、いつもの仕草だった。

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