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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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29 昼下がりの和睦

 

 邂逅こそ上手くはいかなかったものの、亡国の姫ラミアとの会話を少しずつ重ねているうちに、キラは朗らかさを取り戻していった。


「吸血鬼っていうのは、やっぱり太陽の光を浴びると死ぬのか?」

「ううん。ただ、すごく暑く感じるから汗が止まらなくなっちゃうの。昼間の間中、ずっとそんな状態でいるのも、恥ずかしいじゃない?」


 ふざけるな。それぐらいで済むのなら、ヤスヒロの身に迫る危険を考えれば絶対に我慢した方がいい。私はそう思ったが、あえて黙っていた。なぜならば、今回の件の手綱役はアシハラだったからだ。


「バカこの。それぐらいだったら我慢させろ。この部屋にだって日の当たらない場所なんか、いくらでもあるだろう」


 ヤスヒロを静かに叱責したアシハラは、シャっと音を立ててカーテンを全開にした。


「あっつぅ~」

「やめてぇ~。そんなことしたら、ラミーに日の光が直でかかっちゃう」


 ヤスヒロは顔を歪めたラミアの前に立ちはだかり、自らの体を使って太陽光を遮った。


「移動させんだよ、家具を。全員動かないように」


 前触れなしにベッドや机の低空飛行が始まった。アシハラは室内の家具をパズルのように器用に動かして配置を変えた。これでラミアに光が当たることはなくなった。


「詠唱もなしにこんな……すごい術師なのね、おじ様」


 ベッドに腰掛けたままのラミアが褒めても、アシハラは喜ぶ素振りすら見せなかった。


「すごいだろう? 私の嫁だ」


 二人の関係性を近くで見ている私からすれば納得はできるため、訂正する気にもなれないが、他人に紹介するときにキラはアシハラのことをよく『嫁』という。非常に細かいニュアンスだが、笑いもせずにキラの発言を受け入れたということは、ヤスヒロにもラミアにも、その部分についてはなんとなく伝わったのかもしれない。


「あら、そうだったの? 実はね、私にも許嫁がいたの」


 古代の王族ならば、当然のことではある。その話を聞いて、驚きの声を出したのはキラとヤスヒロだけだった。


「相手はどんなやつだったんだ?」

「うーん……私の場合はもっと年の離れた人だった。神官でね、政治の話ばっかで面白い話なんてひとつもしてくれなかったし、優しくもなかったし、まわりの人間をいつも見下してたし、その癖性欲だけは強くて、めちゃくちゃ嫌なやつだった……でも、もう会うこともなくなっちゃった」

「そんな嫌なやつと、なんで結婚しなきゃいけなかったんだ?」

「あの時は選べなかった。それが普通だったの」

「それで、今はヤスヒロを選んだのか?」


 ラミアはキラの問いかけにすぐには答えず、笑みを浮かべながら窓の方へと視線を移した。


「そう。私の勇者様は彼だけ。ね、ヤス?」

「そ……そうです、ね」


 未だに両手を広げ一身に太陽の光を浴び続けていたヤスヒロは、笑いかけてきたラミアにぎこちなく答えた。


「二人はもう、ぶっ挿したりしてるのか?」


 酷い表現だった。キラは最悪の手の動きをさせて再現性の高い音を奏でながら聞いた。


「うん。面倒なことしなくても、雰囲気さえ出せば、ヤスは絶対に乗ってくれるから……」

「ラミー? それについては、別にくわしく答えなくてもいいんじゃなぁい?」

「それで、子供は? 男の子と女の子、どっちがいいんだ?」


 一線を越えて無敵となったキラは、それまで隠れていたアシハラの背後から出てきてまで無遠慮な質問を続けた。


「う~ん……ヤスはどう思ってる?」

「え?」


 しばらく考え込むと、ヤスヒロはキラを遠い目で見ながら口だけを動かした。


「……男でも女でも、どっちでもいいかな。キラちゃんみたいに怒ったり笑ったり、元気で、幸せそうに生きてくれれば、それだけで十分」


 その言葉を聞いたラミアは息を呑み、今にもヤスヒロに抱きつきに行きそうなほどに顔を輝かせていた。その傍らで、褒められて気分の良くなったキラはまだまだ喋るのをやめなかった。


「吸血の呪いって、いつかかったんだ?」

「それがわからないの。ある日突然、目が覚めてたらこうなっていて……」


 魔術によるものか、それとも服毒か。その証言だけでは私に判断することは難しかった。


「ふーん。よくわかんないけど、呪いだったらレオが解いてくれるんじゃないか?」


 キラが確かめるように私の顔を見てきたが、そう上手くいくとは限らないのが現実である。回復魔法と解呪は似通っている部分が多い。どちらも必要なのはとにかく知識と技術。当てずっぽうや適当なことをすれば悪化の一途をたどることは間違いない。その点でいえば、確かに大賢者はこの世で最も頼れる人物ではある。しかし、完璧な回復魔法や解呪魔法を実現させるには立ちはだかる数々の制約を乗り越えなければならない。安易にこの場での回答が出来ないのが、今の私の実力というものだった。


「レオっていうのは解呪師か、何かですか?」


 今度はヤスヒロが私の顔を見てきた。その声には期待がこもっていた。真実を告げることにためらいが生じてしまった私は一瞬だけ出遅れた。その遅れが、キラの軽率な発言に繋がってしまった。


「何でも出来る変態だ。きっとラミアの呪いだって解いてくれる」

「キラ!!」


 ここまで数々の傍若無人を許してきた私だったが、つい大声を張り上げていた。室内はしんと静まり返り、窓から差していた光は雲によって阻まれた。現実を告げなくてはならない。私は相手が期待しすぎないように、感情を込めずに淡々と語ることにした。


「……すみません。それについては、非常にデリケートな問題でして。私の口からは、なんとも言えないのが現状です」

「あぁ……そんな……そんなこと言わずに頼む!! いや、どうかお願いします!! その人に会わせて下さい!! 何でもしますから!!」


 ヤスヒロが床に膝をついてすがってきた。懇願されても困るだけだった。大賢者がラミアを絶対に治せるという保証は、現時点ではどこにもないのだから。


「もちろん、話だけはしておきますよ」

「本当ですか!? あああぁぁぁ……良かった……本当に、良かった……」


 軽薄な態度の目立ったヤスヒロが涙まで流して喜んだ。悪党とは程遠いその姿を見て、私は聞かずにはいられなかった。


「あなたはなぜ、彼女にかけられた呪いを解きたいと思っているんですか?」


 たとえ男女の仲であったとしても、人付き合いなんてうわべだけ。他人は他人と考え、自らに利がなければ平気で切り捨てる。もちろん、苦境をともにした兄弟や、それに相当する関係性であれば、当てはまらないこともある。そういったケースの場合はその関係性を利用して、まるっと検挙できるマニュアルが用意されていたり……話は逸れたが、多少のイレギュラーはあれど、私の見てきた悪党たちというのは、悪い意味で他人に無関心な人間が多かった。ところが、このヤスヒロとかいう日本人はまるで違う。接しているこちらの気が抜けてしまうほどにお人好しで、私はこの男の分類にすっかり困ってしまっていた。


「吸血鬼になれば不死身になれる。夜になれば魔力もすごい上がって、傷ついた肉体の再生とかも出来るようになるみたいだし。本当、超すごいよ。だけど、その先に待ってるのは、永遠の孤独だ。俺は……ほんのちょっとだけだけど、その辛さを知っている。だから、彼女には俺と同じ目に遭ってもらいたくない……んです」


 迷いなく口にした思いを、ヤスヒロは取って付けた敬語で締めくくった。


 思えば、この男はここまでに自らの生い立ちだけは語らなかった。今日まで盗みで食いつないできたのも、止むに止まれぬ事情があったのかもしれない。熱い思いを受け取った私は、その願いが叶うように、何度か頷いてこの場を収めようとした。しかし私に怒鳴りつけられただけでは、今のキラは止まらなかった。


「じゃあさぁ、お前がラミアに血を吸われて、吸血鬼になって、永遠に付き合ってやればいいんじゃないか? そうすれば、寂しくないじゃん」

「キラちゃん、それはねぇ……俺は違うと思ってる。うまく言えないんだけど、俺たちは定命だからこそ、こうして毎日を生きていられるんだよ。俺みたいな弱っちい人間は、特にそう」


 その考えは私には賛同できるものだったが、キラが理解するにはまだ早かったのか、彼女はぽかんと口を開けて首をかしげるばかりであった。


「まだ若いのに、よくわかってるじゃないか」


 感心したように同調したのはアシハラだった。最初に比べれば、その口調もどこか穏やかになっていた。


「よし、ヤスヒロ。ちょっと付き合え。一緒に飲み物でも買いに行こう」

「え? あ、ああ……」


 何か伝えるべきことでもあるのか、ほぼだんまりを決め込んでいたアシハラは、突如としてヤスヒロを連れ部屋を出て行った。彼らが帰ってくるまでの間、私たち三人はとりとめのない話に興じることになった。

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