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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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28 冴えわたる幹部

 

 そんな次第で、気付けば場末の宿泊施設へと逆戻り。私たちが思っていた通りのただひとつの部屋へとたどり着くと、いくつもの思いもよらないことが待ち受けていた。


「ラミー?」


 案内された部屋には誰もいなかった。昼間からカーテンの閉め切られた室内は薄暗く、ほのかに生臭さとクミンのような匂いが漂っていた。


「誰もいないじゃないか。シケ坊じゃなくて嘘麻呂か?」


 鼻息を荒くしてこの場所に乗り込んでいたキラは、ヤスヒロに新たなニックネームをつけることによって苛立ちをぶつけた。


「うそまろ!? いや、その、こういう事はよくあるの。帰るたびに、どこかに隠れてて脅かしてくるっていう……そういうの、家族とかでもやらない?」

「そんなことはせん」

「私はわかる気がしますけどね。ちょっとだけ」


 アシハラと正反対の意見を口にした私に他意はなかった。ただ幼い頃、自分もそうやって母親を驚かせてみたりした記憶がうっすらと蘇ってきただけだった。


「それは……失礼しました」

「やめてください」


 これ以上ヤスヒロに余計な誤解を与えたくなかった私は、わざわざ頭を下げて詫びてきたアシハラを遠回しに咎めた。しかし


「すげぇ……あのアシハラが頭下げてる……」


 時すでに遅し。ヤスヒロは私のことを完全に裏社会の組織の幹部として見ていた。不本意ではあったが開き直るきっかけを手に入れた私は、プライベートと同じ口調でヤスヒロに催促した。


「時間は限られています。出来るだけ早くお願いしてもいいですか?」

「へ、へい。わかりました」


 ヤスヒロは部屋をぐるりと見まわしてから奥へと進んで出た。誰かが隠れられそうな場所として、私が目をつけたのはクローゼットとバスルーム、それからベッドの下だった。今回の場合は一番最後が正解に最も近かった。ヤスヒロは二つ並んだベッドの内のひとつに近づくと、その横側に立った。


「ラミー?」


 ベッドの中から這い出てきたのは巨大な黒い蛇だった。大蛇はヤスヒロの足元にゆっくりと近づいていくと、グルグルと回りながら自らの体をヤスヒロに絡みつけた。大蛇に顔を近づけられ、割れた舌先でチロチロと顔を舐められても、ヤスヒロは一切の抵抗を見せなかった。


「変身を解いても大丈夫だよ。この人たちはお友達だから」

「……おかえり、ヤス。本当に早く帰ってきてくれたのね」


 大蛇は全裸の美女へと姿を変えた。古代の変身魔法に、私とアシハラは呆気にとられていたが、ヘビが大嫌いなキラだけは口から泡を吹きながら失神していた。





 人の姿に戻ったラミアは確かに美人だった。艶のある黒髪とすっきりとした小鼻を持った顔立ちは清潔感と気品を感じさせ、身につけた衣服は質素なものだったが、独特の雰囲気が漂う彼女のたたずまいは、どこかの国の王族といわれても確かに納得できるものがあった。一方で、少しだけ丸みを帯びたアーモンド型の瞳は赤く染まっていた。それだけで彼女が吸血鬼であるということは一目瞭然。彼女との対話はお互いに距離を取ってのものとなった。


「かわいい。こんなかわいい子、見てるだけでお腹が空いてきちゃう。こんにちは、お嬢ちゃん」

「グルルルル……」


 ラミアに話しかけられたキラはアシハラの影に隠れながら、威嚇する犬のように顔をしわくちゃにさせ、低く唸るばかりだった。女性相手にキラがここまで拒絶の意志を示したのは初めてのことだった。仕方なく、私は両者の間を取り持つ役割を買って出た。


「すみません。この子、蛇が苦手なものでして」

「そうだったの? それは失敗しちゃったなぁ……ところで、あなたは?」

「イシュタルと申します。隣にいるアシハラもそうですが、とある高名な人物に仕え、各地を旅している者です」

「旅かぁ。いいなぁ……その子の名前は? 私は嫌われちゃったみたいだから、代わりに教えてくださる?」

「この子はキラ。私たちがお仕えしている御方の娘です」

「話が違うじゃないか、湿気顔嘘麻呂(しけがおのうそまろ)!!」

「し、しけがおのうそまろ!? な、なにが? 何が違った?」

「コレェ!!」


 話の途中で今さらになって騒ぎ出したキラが怒りながらラミアの胸を指した。


「いや……十分すごいでしょ。え? 何を言ってるの?」


 ヤスヒロのリアクション通り、その点に関しては一般的には十分というか、平均以上の標高は備えていた。それでも数々の名峰を踏破してきたキラには物足りなかったらしく、なおかつ、気絶してしまった恥ずかしさもあったのだろう、とにかく彼女はヤスヒロに食ってかかった。


「騙したな!? ムガと同じ日本人だから、もっとこう、クールビューティーな女が趣味だと思ってたのに!! 何だ、これは!? カレーっぽい匂いがするヘビ女じゃないか!!」

「ヘビ女ではないよ!? 魔法でヘビに変身してただけ!! あと別に日本人だからって、俺がこういう……スパイシーな女性を好きになったっていいじゃないか!! カレー好きだもん!! 毎日カレーでいい!! 大好きな匂いだったら、ずっと嗅いでいたいだろう!?」


 どうしたって耳に入ってしまうバカバカしい会話で、どうでもいい閃きが発生してしまった。最初に私が感じたクミンの匂いは、どうやらラミアの体臭だったらしい。まったくもって、だから何だという話ではあるのだが。


「よかったね、ヤス。かわいいお友達が出来たみたいで」


 控えめな笑い声を漏らしたのはラミアだった。愛する者の言葉で正気に戻ったのか、ヤスヒロは深呼吸してから彼女に答えた。


「違う違う、違うよ。俺はキミのために、この人たちに来てもらったの。俺は関係ないんだって。この半年間、キミは俺ぐらいしかまともに話す相手もいなかったわけだし、気分転換にどうだろうと思って」

「ヤス……」


 ラミアは目を大きくさせると、並んでベッドに腰掛けていたヤスヒロの首筋に何度もキスをして感謝の気持ちを伝えた。大賢者やキラたちと違って、まっすぐにイチャイチャするタイプ。正直言って私は苦手なタイプだった。


「ということで、俺は飲み物でも買ってくる。ラミー、この人たちはお忙しいみたいだから、あんまり長い間っていうわけにはいかないけど、心の交流を楽しんで、どうぞ」

「どこへ行く気だ?」


 ベッドから立ち上がったヤスヒロを引き留めたのはアシハラだった。


「今言ったでしょう? 飲み物でも……あ、そっか。じゃあ、邪魔にならない所にでも、座っていようかな……」


 そう言ってヤスヒロは部屋の入り口に近いところに置かれていた机の方へと移動していった。薄暗さに目が慣れてきた私の視界に飛び込んできたのは、その机の上に広げられていた写し書きや写真の数々だった。そこには見覚えのある猫の絵やピラミッド、そして円形の模様が描かれていた。


「あなたが探しているのって、もしかして『マウ』のことですか?」

「わかります? さすがだなぁ……そうです、はい」


 そのお宝は永遠に輝きを保ち、そこから生み出されるオーラは永久なる和平を生み出し、触れればありとあらゆる苦痛を癒やす。


 話がなんとなく読めてきた。マウマウ族の遺産を狙っていたのは私たちだけでなく、ヤスヒロも、そして……。


「おい、姉ちゃん。年はいくつなんだ?」

「あら、もう機嫌直してくれたの? 来年25になるわ。キラちゃんは?」

「ふっふっふ。38だ」


 マウントをとるためだけに自分が選択しなかった方の年齢を告げたキラは、ラミアとヤスヒロから爆笑を勝ち取った。ラミアがx歳も年下であることを知った私は、人のことを軽く見てくれたヤスヒロを睨み一発で黙らせてやった。

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