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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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26 ヤスヒロ

 

「私も行く!!」


 現場に向かったアシハラを追おうとして、キラが走り出そうとした。私は彼女の着ていたローブの腰当たりを、その下に履いているふんどしごと掴んでそれを阻止した。


「なんで!?」

「ちょっとだけ我慢してて」


 丸腰のキラは普通の人間の子供も同然。この騒ぎのどさくさに紛れて、もし彼女の身に何かがあったら大賢者に合わす顔がない。私は全力で防壁を張ったあと、他に仲間が潜んでいないか周囲の確認作業を行おうとした。


「うわあぁぁぁ!!!!」


 叫び声が耳に入った。それはアシハラのものでも、テラス席にいた怪しい男のものでもなさそうだった。


「お願い、キラ。どうなってるのか、教えて」


 こういう場合、人間は音がした方に注意が向いてしまう。私は自分の役割をまっとうするため、叫び声のした方を見ずに、今いる場所から町全体を見るようにして状況報告を仰いだ。


「もう勝ったみたいだ。尻もちをついたハゲの胸ぐらを、こうやってムガが掴んでる」


 見ていないため『こうやって』の部分はよくわからなかったが、一応ひと段落はしたらしい。ここで私の視界は不審な動きを見せた何人かの人物を捉えた。路地裏に隠れていたらしき何人かの男たちが一斉に逃げ去り、同じくらいのタイミングで近くの建物の屋上にいた人影も消えた。


「ハゲが逃げた。ムガがもう来ていいって言ってる」


 警戒を緩めて現場に視線を戻すと、キラの言っている通りアシハラがこちらに向かって手招きをしている姿があった。防壁魔法を解いて、その身を自由にすると、キラはすぐに走っていったが私はその場にとどまって、もう一度現場の様子を確かめた。助けた男は尻もちをつき、青ざめた顔でアシハラを見て固まっていた。私は音のないため息をついてからキラの背中を追った。





 到着したテラス席は酷い有様だった。男が貪っていたパンや、それに詰める具材などが地面に散乱し、テーブルや脚が折れた椅子が倒れていた。アシハラが助けた男は恐怖と緊張のあまり、ずっと動けないでいた。男はアシハラを見てというよりも、アシハラしか見えていないかのように、視線だけはずっと彼を見続けていた。


「う……」

「う?」


 ようやく出した男の声を面白がってキラが反復した。邪魔になると思った私はキラの手首を掴んで、彼女がこれ以上ふざけないように制した。


「う、嘘だろ? そんな馬鹿なことが……アンタがこんなところにいるはずない。だって……だって、ここはエジプトだぞ!? ほ、本当に、本物なのか? わざわざ……何年もかけて、俺を殺しに来たっていうのか?」

「……ちっとも要領を得ねぇなぁ。お前さん、何を言っているんだ?」


 さすがのアシハラも当惑し、その表情と口調は荒いものになっていた。


「だって俺は、その……龍頭(りゅうず)の金に手をつけて……その報復でアンタを雇ったって聞いて、それで俺は、日本にいられなくなって……」

「なるほど。ってことはお前さん、反対勢力のチンピラか何かか? そもそも龍頭は大陸のマフィアだろう? 俺は向こうの連中と……手を組んだことはない」


 聞き覚えがない『龍頭』とは、察するに日本に存在する裏社会の組織のことなのだろう。ということは、この男も日本人でろくでもない人間であるということ、そしてアシハラはその組織と手を組んだこと『は』ないが対立したことはあるのだろう、と私の脳は勝手に判断し予測を立てていた。


「ちょっとアンタたち、大丈夫かい?」

「あ、ごめんなさい。これ、あの~……全部掃除して、椅子とかも直して、綺麗にしておきます」


 奥から出てきた店主らしき女性に、アシハラは人が変わったかのように物腰柔らかく応対した。


「それはいいんだけど……大丈夫なのかい? その人、ずいぶんとお腹が空いていたみたいだし」

「それでしたら、代わりにおすすめの食べ物を五、六人前用意してもらえますか? 我々も何か食べたくなったところで、ここを通りがかったもので」

「いいけど……本当に大丈夫なのかい? お嬢ちゃんは? ケガはしていないだろうね?」

「うん、大丈夫!! うまいもん食わしてくれ!! あとあの缶のやつも飲んでみたい!!」


 キラが指で差したのは見たこともない、おそらく地元でしか飲まれていないコーラの缶だった。





 掃除に修理に服の染み抜きに、ついでに椅子と机の防腐処理と耐久性向上まで。魔王技術が使える者は、質を落とさずにたくさんの魔法が同時に扱える。私たちがまったく手を貸す必要もなく、アシハラは一瞬でテラス席全体を散らかる前よりも綺麗な状態に仕上げた。これに大喜びした店主は注文したたくさんの料理を机に並べると、サービスとしてビールまで出してくれた。


「これは一体……何なんだ? 今、どういう状況なんだ? もう、頭が全然追いつかない」


 なぜか当然のように私たちと同席していた日本人の男が心の内をすべてさらけ出した。私も同じ気持ちではあった。


「アンタ……アシハラなんだろう? 俺を殺しに来たんじゃないのか?」


 キラがひと口だけ飲んで、押し付けられた残りのコーラを飲み、ひょうきん顔を見せていたアシハラは眉間のしわを深くさせて男の質問に答えた。


「だから違うって言ってるだろう? 俺はお前なんか知らないし、龍頭とは手を組まない。それより、お前は何なんだ?」

「俺は……ヤスヒロ。どこの組織にも入っていない。鍵開けだけでやってる、ケチな泥棒」


 盗人。現役であれば見過ごすことは出来なかっただろうが、すでに私は一般人だ。それに個人的に気になる部分もあった私は事の成り行きを黙って見守ることにした。


「お嬢ちゃん、よく食べるね。それ、美味しいの?」

「気安く喋りかけるな。この方は俺がお仕えしている人の娘だ。許しもなく次に同じことやったら、その首をねじ切るぞ?」


 アシハラはキラの教育上よろしくない相手を、教育上よろしくない言葉遣いで威嚇。これに怯えたヤスヒロは、背筋を伸ばして椅子に座り直した。


「そ、そ、それは失礼をば、いたしました。それじゃあ、あの、そちらの、お方は?」


 自らの安全を確保する為か、ヤスヒロは果敢にも今度は私の正体について切り込んできた。


「うちのファミリーのナンバーツーだ。礼儀と言葉には、くれぐれも気をつけろよ?」


 言い過ぎだ。そんな実力は備えていないし、役割を背負った覚えもない。しかも、この流れだとファミリーの意味合いが変わってきてしまう。


「それは、あの、その、ごめ……ごめんなさ、いや、失礼しましたぁ」

「きっしっし。なかなか面白いな、シケた顔も」


 確かにヤスヒロの挙動はどこか喜劇的であり、甘さが抜けきらないというか、一見して犯罪者とは思えないような顔つきをしていた。キラはそれを愛嬌と捉えたようだった。


「しかし……お美しい。その、失礼ですが年齢は?」


 私が殺意を覚えるより早く、ギラリと光る刀の切っ先がヤスヒロの目に向けられた。アシハラはこれ以上にないほどの無の表情で怒りを表現していた。


「ちが、ちが、違う!! あの……もう、殺せよ!! 殺してくれ!! もういいや!! でも、最後に聞いてほしい!! 絶対聞いてくれ!! 聞け!! 一世一代のお願いだ!! 頼む!!」


 追いつめられたヤスヒロは、逆ギレ気味に地を出してきた。横目でちらりとこちらを見てきたアシハラに対し、私はお好きにどうぞの意味を込めて軽く首を振った。


「もとはといえば、全部俺が悪いんだけどさ!! でも、関係ねぇや!! 天下無双のアシハラに殺されたとあらば、天国のオヤジも喜んで……いや、さすがに怒るか!! でも、俺が死んだら、ひとりぼっちになっちゃう人がいるんだ!! 俺は良いよ!! どこで死のうが、誰も困らない!! でもその人だけはダメなんだ!! アンタらなら金も持ってそうだし、可愛い子供もいて、年の近そうな若い女もいて、俺みたいなクズの世話になるより、ずっといいはずだ!!」

「落ち着け、ヤスヒロ」


 アシハラは刀を収めてゆっくりとした口調で話を続けた。


「自虐も正当化も、やりすぎれば必ず歪みが生まれる。その先に待っているのは破滅だけだ。その話、まずは聞いてやる。聞いてやるから、もっとわかるように、最初から淡々と、ありのままを話せ」


 話しやすくなるようにアシハラはビールを勧めたが、ヤスヒロはそれを断った。代わりにコーラを追加で注文して喉を潤すと、このわけのわからない男はようやく落ち着いて話を始めた。


「……今から、半年前のことだ」

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