25 バナート・サフロン
キラとアシハラ、そして私を入れた三人組はエジプトの首都カイロから百キロほど離れた場所にあるバナート・サフロンと呼ばれる町へと到着した。
町は規模こそ小さいものの、とても活気のある所だった。私たちが道を歩いているだけで子供たちはおろか、大人までが笑顔でよそ者である私たちにわざわざ近づいてまで挨拶をしてくれた。
「チンチャンチョンだ!」
「よう、チンチャンチョン!」
「あ、どもども。チンチャンチョンチャンチン」
「あはははは! 変なの!」
……超絶差別用語を知らないのか、アシハラは出会いがしらに酷い言葉を浴びせてきた子供たちを平然と受け入れた。たったひと言返しただけで、面白いオジサンであることがバレた彼は、袴姿だったということも手伝って、あっという間に子供たちの人気者になった。
「やあ、お嬢ちゃん。アイスは好きかい?」
「おう、大好きだ!! 優しいじいちゃんもな!!」
「それは嬉しいね。これをひとつ、持っていくといい。あげるよ」
「うおおおお!? 本当か!? ありがとう!!」
通り沿いにあったアイス屋のおじいさんなんかはキラを見るなり、無料で商品を提供してくれた。それでは悪いと言ってアシハラが大人用のアイスを二つ買い、一つを私に渡してきた。
「どうぞ。砂漠のジェラートでございます」
「ありがとうございます」
アシハラは田舎慣れしていた。彼の出身地であるキタカントーのスピリッツを感じながら、私は砂色のアイスをいただいた。見た目はあまり美味しそうには見えなかったそのアイスは、濃厚なキャラメルと柿を合わせたようなフレーバーで、とてつもなく甘かった。砂漠と同系の配色がなされた建物や道、野良猫や野良犬がそこかしこにいる環境は観光地と変わらなかったが、私にはこの町の風景の方が魅力的に見えた。
見知らぬ人からの純粋な親切を久しぶりに肌で感じたことで気が緩みかけたところだが、私たちがこの町に来た目的はあくまでも実践訓練。町に潜む危険を察知して警戒心を持ったり、危険が避けられるのならばもちろん避けて、問題を起こさないようにしましょうという趣旨で行うものであり、それは人間の世界をあまり知らないキラの為でもあった。
それまで先導して道を歩いていたアシハラが、町の規模にしては大きめな宿泊施設の前で足を止め、こちらに振り向いた。
「はい、このホテル。一見何の変哲もないように見えますが、実はもうおかしい所があります。吉良殿、どこかわかる?」
「う~ん……建物が、よく乾いてる」
「違います。それは気候の問題で、なにもおかしくはありません。イシュタル殿はわかるよね?」
「ええ。あの部屋のことですよね」
私はホテルの一室を指差した。
「大正解です。真昼間なのにカーテンが閉め切ってある部屋。夏場だったらかなり暑くなるだろうから、そうすることもわかりますが、今は冬です。昼間は暖かくなりますが、朝晩の冷え込みは厳しい。そう考えると、ちょっとおかしいですよね? 何か隠したいことでもあるんじゃないかな、なんて考えることが出来ます。最悪の場合を想定すると、あの部屋が誘拐や違法な魔法薬の取引といった犯罪行為に使われている可能性もございます」
「イホーなマホーヤクだと? くそぅ、人間め……」
不正解を導き出した気まずさを誤魔化すためか、キラはわざとらしくエルフらしさを全開にしたセリフを口走った。
「まぁ、そうは言っても、単純に宿泊されている方の防犯意識が高いだけの可能性もあります。だけど、最悪の場合の想定はしておくといいですよ、っていうお話。もしかしたら危ないことが起こるかもな、という警戒をしておくことによって、集中のレベルを上げる。お家の外の世界っていうのは、そういったことが大事になってきます。わかりましたか、吉良殿?」
「うん、わかった!!」
「いい返事ですねぇ。それじゃあまた移動して、今度はもっとわかりやすい事例がないか、探してみることにしましょう。道中、何か気付いたことやものがあったっていう人は、遠慮せずどんどん声をかけてください」
「はいっ」
「まかせろ!!」
私もキラも元気よく返事をして、バナート・サフロンの散策を続けた。それからというもの
「見ろ、ムガ!! この町のオジサンたちは大体ハゲてる!!」
「それは異変じゃないです。大体の場合、人はオジサンになれば頭が禿げ上がります」
「アレは怪しい!! 歩きながらキンタマがブルンブルンしてる!!」
「四足歩行動物の雄は、歩けば大概揺れます」
「じいちゃんたちのタバコの吸い方がムガたちと違う!! なんか、かっけぇ!!」
「きっと根元まで吸えるように、中指と薬指の間に挟んでるんだと思うよ?」
「道の真ん中にきったねぇタオルが落ちてる!!」
「汚いのがわかってるなら触らないよ? 綺麗だった場合だけ、邪魔にならない所に寄せようね」
「うわぁ!! あの人!! じいちゃんか、ばあちゃんか、よくわかんない!!」
「長いこと生きてきて、超越していらっしゃるんだろうね。あの~、吉良殿。もうそろそろ指差すのと、大声をやめようか?」
危険とはまったく関係のない場面で、キラの騒ぐこと。元気な子供が好きなのか、キラが騒げば騒ぐほど、町の大人たちは喜んでしまい、彼女に話しかけたり物をくれようとしたりするので、余計に悪循環になってしまった。
「腹減った」
「そうね。じゃあ、どこかのお店に入って休憩しようか。お店選びも重要なんだけど、まぁ、今回は適当に入ってみましょう。イシュタル殿、それでいいですか?」
「はい、大丈夫です」
まだお昼には遠い時間だったが、家にいる間は果物やナッツが好きにつまめる環境にいる私たちは空腹に弱かった。
少し歩くと、イスとテーブルと簡易パラソルだけが設置された質素なオープンテラスが隣接されている飲食店を発見した。そこで事件は起きた。
「クソッ!! 俺って……俺ってやつは!! 俺ってやつは!! クソッ!! 俺は最低だ!! いつから俺は、こんな性欲野郎になっちまったんだ!!」
テラス席には自らを責め立てる言葉を口にし、泣きながら食事を貪るアジア人男性客の姿があった。見たところ、二十代後半ぐらいのその男は一人で来ているようだった。独り言が大きすぎる。泣いている。三日ぶりに食事をとったかのような食べ方をしている。誰がどう見てもおかしい状況に遭遇してしまった私たちは、遠巻きに男の様子をうかがっていた。
「あれは……さすがに、近寄りすぎないでおきましょうね。さて、吉良殿。今度はあの人について、どこがおかしいか、わかるかな?」
「舐めるなって。さすがにわかるぞ」
キラは鼻で笑ってから自信満々に答えた。
「シケた顔をしてる。あと髪はあるのに、ヒゲと腕毛が薄い。たぶん、イホーなマホーヤクだろう?」
「はい、全然違います。顔と体毛は個性の問題です。それと違法な魔法薬は、今回関係ないです。あれのヤバさがわからないのは、ちょっと問題だなぁ……」
ここまで頑張ってツッコミ倒してきたアシハラだったが、とうとう限界を迎えてしまったのか、助言を求めたそうに私を見てきた。教育の壁を感じた私は何も言わず、ただ首を横に振って彼の顔を見返した。
「髭もじゃマッチョ野郎の腕毛が濃い!! あと、めちゃくちゃハゲてる!!」
今度は何を言い出したのかと思えば、見ればテラス席の男が、キラの言った通りの外見の男に首根っこを掴まれていた。
「あぁ……致し方なし、か。イシュタル殿、ちょっと行ってきます」
「はい。あ、アシハラさん。ちょっと待って」
私はキラが肩にかけていた魔法のポーチから刀を取り出して、アシハラに渡した。
「大丈夫だとは思いますけど、念のために」
「かたじけない」
これで私に残された役目は杖を持っていないキラと周囲の安全を確保するだけ。あとは我がファミリーのナンバーツーである男が活躍してくれることだろう。




