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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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24 ご機嫌な朝食が一転

 

「まぁ、お疲れ様」


 キッチンカウンターにて、出迎えてくれたソフィーさんの言葉に、私はすぐに答えることはできなかった。目についたのは縦に力強く書かれた『人妻』の文字。彼女の着ていた白いTシャツは、あまりにもなデザインだった。


「そ、そのシャツ……」

「着ろ着ろうるさいやつがいるから」


 言いながらソフィーさんは、奥のコタツでミカンやバナナといった果物の皮を山のように積み上げている大賢者を顎で指した。一旦その方向から視線を戻すと、ソフィーさんのすぐ近くで新品と思われる黒いパーカーを着たピィちゃんが座っていることに気付いた。パーカーの胸には『烏賊』の文字が、これまた力強い書体で真っ白に書かれていた。


「新しいシャツ、私のもあるか!?」

「おう、もちろんだ」


 大賢者はソファの端に折りたたまれていたTシャツをキラに手渡した。私にとってはあまりありがたくない、独特なデザインの服の贈与。この儀式を、なぜかキラだけはいつも嬉しがっていた。


「何やってんだ? お前らも、こっち来い」


 拒否権のない私たちは、仕方なく新しいシャツに着替えることになってしまった。


 今回配られたのもピィちゃんだけがパーカーで、あとは全員Tシャツだった。生地の色は男性は黒、女性は白で分けられていて、それぞれ胸に書かれた文字が違っていた。キラは『童子』、アシハラは『家臣』、私は『番犬』……番犬? これは一体どういう意図があってのことなのだろうか。


「これはどういう意味で、この文字を?」

「家族を愛し、常に周囲への警戒を怠らないタルにピッタリじゃないか。なんか文句でもあるのか?」

「……いいえ」


 本当は文句しかなかった。この前の文字は『狂犬』だった。支配欲の強いこの男は、どうしても私に犬の文字をつけたくてたまらないらしい。それぐらい力の差があるということは事実ではあるのだが、屈辱的なことに変わりはない。大賢者の秘書官というのは、時にはこうした辱めにも耐えなくてはならないのだ。


「それで? あなたのシャツには、何が?」

「俺? 俺はもう……コレよ」


 大賢者は余所行き用の超高級襟付きローブのボタンを外して前を開いた。そこには特大サイズの『財布』の二文字が書かれていた。





 本日のお品書きはツナとひじきの炊き込みご飯、小松菜の味噌汁、卵焼き、ミニトマトと茹でたブロッコリー。恐ろしくバランスの整った完璧な朝ごはんだが、こういう時、何が何でも肉が食べたい大賢者だけは別メニューが用意される。彼に酷い病気になって苦しんで欲しい私としては、何も言わずに放っておくことこそが最善の策であるのだが、そこは最強料理番のアシハラ。そっちのメニューも栄養面において練られたものをきっちりと用意している。細かく刻まれた野菜がたっぷりと混ぜ込まれていることも知らず、大賢者は大好きなハンバーグをバクバクと食べていた。一方で


「海苔をくれ!! あと、納豆かけてもいいか!?」

「良いけどタレは少しだけにしなさい? あなた、腎臓強くないんだから」

「おう!! まかせろ!!」

「残念だけど、信じられないね。貸して。俺がやるから」

「なにすんだよ、おい!! もっとタレをかけろよ!!」

「ダメ」

「ドケチ侍!!」

「ケチで結構」


 キラとアシハラの年季の入った夫婦のようなやり取りは本日も絶好調。全員が変な服を着ての朝食の席は、今日も落ち着きと静けさを知らないものとなった。


「おかわり」


 黙々と食べ続けるだけの大賢者は、この言葉を何回も発する。鉄鍋ごと食卓に持ってきているアシハラは、大賢者の開いた皿に素早くハンバーグを追加した。


「へい、お待ち」

「サンキュー。お前のメシに変えてから、どうも体の調子がいいわ。まず、屁が臭くなくなった」


 食事中にふさわしくないワードを聞いたソフィーさんが顔をしかめ、舌打ちをしてから大賢者を睨みつけた。それと同じようなことをしていた私は、ソフィーさんと視線を合わせてお互いの気持ちを高め合った。何度だって言ってやるが、家庭内においてこの男は最悪も最悪。外面(そとづら)はいいから余計に始末が悪く感じる。


「ピィッ!!」

「ピィちゃん殿は大盛り?」

「ピィッ!!」

「あいよ。タレかけちゃダメだって。これは没収です」

「あ~!? なんでバレた!?」

「ちょっと味に飽きてきたな。アシハラ、ついでに醤油とってきて」

「御意」

「なんでレオはいいんだよぉ!?」

「レオナルド殿は内臓が強いからいいの」

「ズルい!! もっと私の内臓を鍛えろ!!」

「いいけど……結構きついよ? もしかしたら、泣いちゃうかも」

「じゃあヤダよ!! もう行け!! さっさとショーユを取りに行っちまえ!!」

「言われなくても、そうしますよ」

「待てよ!! 私も行く!!」

「どうして?」

「ムガがかわいそうだから!!」

「そうですか。ありがとうね」

「くっくっく。うるせぇなぁ、まったく」


 大賢者が呆れたように笑って二人を見送った後も、食卓の場面は休む暇もなく動き続けた。





 騒がしい食事がひと段落すると、少し時間をおいてから緑茶が出される。この時間は特に何をするわけでもなく、どうでもいい話なんかをよくする。次第に話題は変化していき、やがて今日の実践訓練の為の町探しについてになった。


「それだったら、カイロから南西に百キロぐらい離れたところにちょうどいい町があるぞ? 俺はまたちょっと出かけないといけないから、付き合えんけど」

「よかったですね、アシハラさん。手間が省けて」

「うん、本当に。助かりました」


 食事中の活躍を傍観していたばかりの私も、さすがにアシハラの負担が気になった。


「あ、それとタルだけは一応、夜の予定空けといて。結果報告するから」

「わかりました」


 大賢者が何をやってるのかはさっぱりわからないままだったが、今日の夜にそれがわかるというのなら深くは追求する気も起きなかった。


「レオは何をしているんだ?」


 しかし、ここでキラが突っ込んだ質問をした。すると昨晩まったく喋らなかった大賢者が、なぜかここではあっさりとその口を割った。


「お前に説明しても何言ってるのかわかんねぇだろうが、特別に教えてやろう。俺たちがこれから探すお宝のヒントを見つけている。マウマウ族とそれに関係する支族とかが遺した遺跡のリストを手に入れて、方々を回っている最中だ」

「……そのリストって、どういうルートで手に入れたんですか?」


 気になったなんてもんじゃなかった。おそらく関係者に賄賂でも渡したのだろう。そうでもしなきゃ、ひと晩でそんな物が手に入るわけない。簡単に白状したのは事後だからだ。止めたって今更どうしようもない。これは黒といっても過言ではなかった。


「……さてと。あ~、忙しい忙しい。もう行かなきゃ」

「あ、ちょっと!!」


 私と全く目を合わせようともせず、大賢者はその場で転移魔法を決め込んだ。影も形もなくなったその場所には、私が追求しなければ食後の一服をしに行こうとしたであろう形跡でもある、紙巻きタバコが一本だけ転がっていた。

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