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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章

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22/62

22 悩み相談から始まるオフの日の朝

 

 ふた月くらい前までは、精神と肉体のバランスが人生で最も充実していた。頭も冴えわたり、戦闘になっても予測した位置に自分が動くだけで良い結果が生まれた。しかし、今はどうか。アレキサンダー領の豚フェスに参加したのが、おおよそひと月前。そこで振舞われたハム、ソーセージ、ベーコンはもちろんのこと、秋の味覚が取り込まれた日々の食事も美味しくてたまらなかった。食欲が止まらないまま突き進んだ現在は冬。容積を増やした私の肉体は精神に悪影響を及ぼしていた。この状態をなんとかするべく、私は今朝も真実のみを告げる計測器に両足をかけていた。


「減ってない……というか、またちょっと増えてるし」


 衝撃の増量結果を知ってしまって以来、シャワールームに隣接された脱衣所での自傷行為は習慣となっていた。私は鏡に映る自分を嘲り、嫌な汗をシャワーで流してからリビングへと向かった。


「おはようございます」

「キュオーン」

「おはようございます。今、ちょうど卵が茹であがったところ」


 すでにキッチンにはサラマンダー君とアシハラがいた。私の顔を見るなり、サラマンダー君は尻尾を振りながら近寄ってきて、アシハラは白湯とゆで卵とバナナを素早く提供してくれる。ちなみにこれは軽食で、朝食はトレーニング後に全員で一緒に摂ることになっている。悩みの原因はひょっとしてこれか? などと心の中でほざきながら今日も私はサラマンダー君を可愛がり、椅子に座ってまずは白湯へと手を伸ばした。


「いつもありがとうございます」


 優しいオジサンはゆで卵は綺麗に剥いた状態で、バナナは食べやすいサイズにカットして出してくれる。この小さな心遣いは諸刃の剣。ストレスを緩和させてくれる効果もあれば、負い目を感じさせるものでもある。気付けば私は、大きく息を吐き出していた。


「ど、どうしたの?」

「……実は、置いてけぼりをくらっちゃいまして」


 私は昨晩の大賢者との顛末(てんまつ)を要約して話した。


「実力不足っていうのは認めますけど、さすがに傷ついたというか……」

「なるほどね。オジサンの印象だと、レオナルド殿はイシュタル殿のことになると、慎重になるところがあるように見えるけどねぇ」

「どういう意味ですか?」

「なんて言ったらいいんだろう……鍛錬を例に挙げると、俺が教えるよりも、本人が直接教えた方が絶対に良いように思ってしまう時が結構あるんだよね」


 ここでもやんわりと煙たがられたか? と、一瞬思った私はアシハラの目をじっと見ることによって自らの気持ちを訴えた。するとアシハラは困ったように笑いながら両手を振って否定してきた。


「違う違う、そういう意味じゃなくて。教えるのが嫌とか、そういうことじゃないよ? 合理的に考えての話。吉良殿は同じ武器使いだからまだわかるんだけど、イシュタル殿はそういうジャンルの人でもないじゃない?」


 言われてみれば、その通りだ。アシハラとキラの共通点は戦いにおいて刀や杖といった道具を使うし、そもそも私は戦闘員として育ってきてない。国際魔法警備局にいた頃は追跡や情報収集に重きを置いて活動していたし、その経験を買われて戦場では狙撃手のサポートを任されていた。今までになかったことはないが、実戦経験はとても少ないし、戦闘に対しては基本的には後ろ向きの考えを持っている。


「だから、もう……本人に直接言っちゃえば? もっと力をつけてください、みたいなことを」

「あ……それってもう、失敗済みかも、ですね」

「それって、この前のこと言ってる?」

「はい。一時間もしないうちに、初日で潰されたアレです。しかも、肉体負荷のみで」


 あっという間に戦地に送られた為、ほんの短い間ではあるが私は軍隊の訓練を受けたことがある。そこでは汚い言葉で罵られたり、頭を踏みつけられたりもした。それらはストレス耐性をつけるための訓練の一環であって、嫌なことではあるけれど、慣れてしまえばどうにかなるものであった。ところがレオナルド・セプティム・アレキサンダーとかいう男はそういうことを一切せず、純粋な運動のみで私の意識を刈り取ってきた。彼のあの時の笑顔といったら……おそらく、一生忘れることはできないだろう。


「あの時は体がちぎれるかと思いましたよ」

「あらららら……でも、レオナルド殿は褒めてたよ?」

「本当ですか? なんて言ってたんですか?」

「走りに行って帰ってきたら、意識がないはずなのに這って追って来ようとした形跡があったって。それはもう、大層お喜びになられていたね」

「え……」


 自分がそんな行動をとっていたことも、大賢者が裏で喜んでいたことも全く知らなかった。一矢報いることは出来たかと思うと、少しは気分が上がってきた。


「まぁまぁ、そこらへんのことは追々考えるとして、とりあえず卵が冷めないうちに食べちゃってください」

「そうですね。いただきます」


 アシハラの調理した食べ物は、ゆで卵ひとつとっても美味しい。一般的に作られるものとは全然違って、白身はむちむち、黄身はねっちりと仕上がっていて極上の口当たりになっている。こんな環境にいたら、ボディーウエイトが増えてしまうのも当然だ。つまり私の重量に関しては、このオジサンが悪い。いつものように他責思考に切り替え、今日という一日が始まった。


「ららららぁ~い」


 提供された飲食物をきっちりと摂取して、お腹が落ち着いてきた頃になるとキラが合流してきた。寝起きの悪い彼女は、今日も意味不明な言語で朝をスタートさせようとした。


「おはよう、キラ。挨拶ぐらいはちゃんとしないと、オーマに怒られるんじゃない?」

「むぅ……それもそうだな。おはよう、タル、ムガ……サラマンダーくん!!」


 キラはサラマンダー君が嫌がるくらいの濃厚なスキンシップを済ませてから私の隣に座った。彼女にオーマという揺るぎない存在ができたのは、私にとっても嬉しいことだった。すべてにおいてというわけにはいかないが、以前よりも言い聞かせることが容易になったからだ。


「おはようございます。バナナと卵はいくつ食べる?」


 アシハラの問いかけに、キラは指を三本立てて答えた。注文通りの卵とバナナがすぐに出てくる。彼女の場合、飲み物は白湯ではなくホットミルクだ。カップは昨日お土産に買ってきたマグをさっそく使ってくれていた。


「かぁっ!!」


 熱さにうめきながらホットミルクを飲み干すと、キラは卵とバナナをあっという間に平らげてしまった。その後、彼女は決まってトイレへと駆け込む。


「う、うわあああぁぁぁ!!!!」


 暴飲暴食気味のキラは大賢者と同じで、大きい方をする時に奇声をあげながらする。もちろん私はそれを無視して立ち上がり、片付け中のアシハラに声をかけた。


「先に行っていますね」

「はい。それじゃあ、いつものところで」


 サラマンダー君をひと撫でしてから地下へと続く階段に近づくと、トイレからキラの元気な声が聞こえてきた。


「大変だぁ、ムガ!!」

「どうしたのぉ!?」

「まずはちょっとこっち来て、お尻を拭いてくれるかぁ!?」

「嫌ですけどぉ!? というかそれ、吉良殿が嫌じゃないの!?」


 まったく本当に、嫌な所ばかり似てしまった。私は頭を抱えつつも、アシハラの見事な返しに笑いながら階段を降りた。

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