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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章
20/20

20 情報整理

 

 玄関では服役中のキラが私たちを待ち受けていた。家の中で過ごすとき、キラは独特なデザインのTシャツとひざ丈程度のズボンの姿でいることが多い。ちなみにこのTシャツについては、大賢者が買い与えたものである。キラが今日着ているTシャツは、胸に『エルフ』という文字がでかでかと、しかもなぜか縦に印字されていて、ズボンが見えなくなるほどに丈の長いものだった。


「お帰りなさいませ、おとうちゃま、おねえちゃま」


 キラは着ていたTシャツをスカートに見立て、したこともない膝折礼をとった。


「なんだ、その言葉遣いと作法は。気色悪い」

「ただいま、キラ。お土産買ってきたよ」


 私は博物館で買ってきたタペストリーとマグカップの入った紙袋をキラへと渡した。どちらも黒猫が描かれた可愛いデザインのものだったので、それを選んだ。


「わぁ!! いや、ありがたきしあわせ……」


 一瞬だけ元に戻った気もしたが、キラは侍言葉を使って落ち着いた喜び方をみせた。今回ばかりはきちんと反省している様子が見てとれて、私はひと安心した。


「さぁさぁ、おあがりくだせぇ。コタツにて、おミカン様がお待ちしておりますゆえ……」


 我が家のコタツの上には、いつでもフルーツボウルが置いてある。近頃になって、このフルーツボウルの中にミカンが追加された。このミカンは大変素晴らしいもので、もちろん食べて美味しいというのもそうなのだが、脂っこいものが多いエジプトの食事でやられた口の中や胃袋をすっきりとさせてくれる。ゆえに、この家では今、ミカンの消費量が凄いことになっている。


 私は大賢者と顔を見合わせ、クスリと笑ってから、お婆さんみたいな口調になったキラの案内に続いた。リビングに入ると、アシハラとソフィーさん、それにサラマンダー君がキッチンカウンターに、ピィちゃんはペットのザリガニのいる水槽のそばにいた。皆に帰宅の挨拶を済ませた私たちはソファに腰掛け、キラの言っていたおミカン様を頬張った。


「お食事は何時ごろになさいますか?」


 ほとんど旅館の女将と化したキラだったが、ここでようやく大賢者が(ゆる)しの手を差し伸べた。


「もういいぞ。十分に反省できたようだから、釈放してやる」

「あ……あ……あぁ……」


 キラは声になっていない呻くような音を喉から出すと、みるみるその表情を崩していった。


「ごめんなざぁぁい!!!!」


 大号泣である。彼女の起こした事件は本当に、それだけショッキングなものだった。


「俺に謝ったって仕方ないだろう? そうだ、あのお尻のオジサンに手紙を書けばいい。あとで俺が届けてやる。『いきなり叩いたりしてごめんなさい』と『許してくれてありがとうございます』って、相手のことを思って、ちゃんと書くんだぞ?」

「わがっだぁぁぁ!!!!」


 キラの起こした傷害事件、通称お尻のオジサン事件は、こうして完全に幕を閉じた。謝っても相手が許してくれるとは限らない。それが人の世の常ではあるのだが、お尻のオジサンは本当に人間のできた人で、キラのことだけでなく、保護責任者である私たちのことも笑って許してくれた。これから人間界にお邪魔することになった時は、もっと律していかなければならない。そんな当たり前の事を再確認できる良い機会となった。





 キラは手紙を書くことに集中し、アシハラは夕食の準備で大忙し、残った人たちは古代ロマンに興味がないメンツばかり。私と大賢者はキラにコタツを明け渡し、めっきり使わなくなったダイニングテーブルへと移動して、これまでに見てきた展示品と解説文の映像をくまなくチェックする作業に没頭した。今回使った記録媒体はキューブ型で、最大で三つの映像と一つの立体映像を同時に出力してくれる優れもの。いうまでもなくエドガン製である。ここからは、かつてガリ勉と蔑まれた女と、特殊な家庭環境により膨大な知識量を身につけている男との熱い情報交換が展開される。


「ほーら。見つけたぞ、タル。これが今回のお目当て。古代の錬金技術の正体だ。永遠に輝きを保ち、そこから生み出されるオーラ、つまりは魔力のことかな? そのオーラは永久なる和平を生み出し、触れればありとあらゆる苦痛を癒やす、と書かれている」

「私も見つけました。錬金術を得意としていた部族、マウマウ族はドニ・ユスティニアヌスの協力要請に最初に応じた平和を愛する部族である。だ、そうです」

「そのマウマウ族とやらは、はるか昔にもかかわらず、賢者の石の上位版みたいなものを作り出していたわけか」

「アレクサンドリアの博物館は、ちょうどマウマウ族に関する展示をしていたみたいですね。猫をとても大切にする部族だったそうです。それにしても、そんなすごいものを作り出したのに、どうして滅びてしまったんですかね?」

「お家騒動があったみたいだ。その争いは遠くに住み処を移していた支族たちにまで及んだらしい。この支族については、どこかに説明があったな……」

「永久なる和平を生み出すのに、結局争いが起こるわけですか……」

「ん? まぁ、たしかに……あぁ、封印したんだってよ。力が強すぎて、制御が出来なかったのか? もう少し調べてみないと、なんともなぁ……」


 ドニ・ユスティニアヌスは七つの部族をまとめ上げ、魔王討伐を果たすと早々に下野(げや)してしまった。そのためにユスティニアヌス王家はあっけなく崩壊。残された部族たちも時代の流れと共に解体されていった。初代魔王にまつわる魔法史をそう記憶している私は再確認をしようと大賢者に質問した。


「ハビース・シャルって、きちんと討伐されたんでしたっけ?」

「いや、まだそこまでの結論には至っていないはずだ。一説によると、魔王が世界に振りまいた悪しき力そのものを封印しただけとも言われているしな……あのハゲの能力から考えると、その説に一票入れたくなるところだが、真実は果たしてどうだか」


 そう言って大賢者は嬉しそうに笑みをこぼした。普段はクソウザい男だが、こんな時だけは最高の恋人と一緒にいるかのような多幸感を覚える。


「直接本人に聞こうとしても無駄だぞ? 俺だって、自分の先祖のしたことを知り尽くしているわけじゃないんだから」

「……ですよね」


 当然のように私の思考は先回りされた。あとは悠久の時に思いを馳せながら、作業へと戻るばかりであった。

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