19 猫の国
「ニャーオ」
サビ猫。
「マーオ」
トラ猫。
「ミャオ」
まだら猫。
エジプトという国は、どこへ行っても野良猫たちが町に溶け込んでいる猫天国だった。諸事情により大賢者と二人で訪れることになった、この港町アレクサンドリアでもそれは例外ではない。通りの端に人慣れした猫たちが集まっているのを目にした私は、その一団に近づいて手を伸ばさずにはいられなかった。
「また猫に構ってるのか。そんなに好きだったっけか?」
「一応、魔女のはしくれですからね」
魔女は猫が好き。画一的にみるのもみられるのもあまり好きではないが、今回に限って言えば私は通説どおりの人間である。
「ふーん……そんなに好きなら、何匹か、かっさらっていこうか?」
「え?」
大賢者らしい乱暴な提案だったが、私は真剣に考えた。環境の整っている今ならば、そうしてもらっても、まったく問題はない。急性のストレスが多い日々の中、もしこの猫たちがいつでもそばにいて慰めてくれるというのなら、それはどんなに素晴らしいことか。
「いや……さすがにそれは。今だって、手に負えない怪獣がたくさんいますから」
甘い妄想にふけこんだが、しょせん夢は夢。私は大賢者と二人だけでこの町に来ることになった経緯を思い出した。
ここへ来る前に立ち寄った、ギザという町での出来事だ。私たちは一家総出での観光を全力で楽しんでいた。そこで事件は起きた。野良犬の交尾を目撃してテンションの上がったキラが、アシハラと間違えて見知らぬオジサンのお尻を叩いて気絶させてしまった。大賢者による手厚い治療と、そのオジサンがとてもいい人だったために大事には至らなかったが、この事件を重く受け止めた大人組は話し合いの結果、キラに禁固刑の判決を下すことにした。現在、彼女は遥か上空で刑に服している。また、他のメンバーも保護観察官として、彼女の更生、指導を再徹底している真っ最中である。
「フハハハハ! それは言えてる!」
怪獣の親玉の豪快な笑い声に驚いた猫たちが去っていった。私は色々な意味を込めた溜め息をつき、目的地へと進み始めた大賢者のあとを追った。
魔法界で最も食えない職業。それが錬金術師である。この分野に熱中する人というのは、例外なく変わり者が多い。錬金術以外に興味を持たず、生活力がない。余程の発見をして、その技術を応用した魔道具でも開発すれば話は別だが、そんな錬金術師は数世紀に一人でも出現すれば良い方であり、基本的には僻地を好んで隠れ住み、世に出ないまま生涯を終える人たちばかりである。
そんな背景もあって、錬金術師の捜索については難航を極めるだろうという覚悟を持って私はエジプトの地に降り立った。ところが大賢者の求めたものは、現代に生きる錬金術師ではなく、遥か遠い昔にこの地で使われていたとされる錬金技術だった。その意図については本人曰く
「また材料とか要求されても面倒だし、作り方がわかるなら自分で作った方が早ぇじゃん?」
とのこと。すべては彼の結婚指輪の宝石を探すためにおこなっていることなのだが、肝心のソフィーさんも興味が薄れ始めているようだし、この男についてはただ冒険がしたいだけのように見える。もっといえば、遊びたいだけなんじゃないかと私は疑っている。疑っているというか、絶対にそうだ。我が君のお考えについては、真面目に考察などしてはならない。またバカなこと言ってらぁぐらいの気持ちでいないと、この男の隣にはいられないのだ。
これまでに私たちはギザとカイロ、二つの都市を訪問してきた。もちろん観光も楽しんだが、どの町でもやることは同じであり、古代文明にまつわる展示物のある施設を見て回った。私の目は使い魔イブと同じ機能を持ち、見たものを映像として取り出すことが出来る。これを利用して、あとでゆっくりと拠点で解読をしようという計画だ。これまでに見てきた情報は、古代エジプトに存在した七つの部族にまつわる碑文や至宝といったものだった。アレクサンドリアに来た目的は魔法教会管轄の考古学博物館だ。大きな施設を回るのは、これで最後となる。
平日の閉館時間も迫った時間帯という事もあって、客足がまばらな館内は静かなものだった。
「これは好都合だな。タル、よく見ておけ」
「はい」
ピラミッドの頂点に鎮座する黒猫が描かれた壁画。
「もっとこう、ぐるっと回って」
「はい」
黒猫の像。
「これも……猫だな。一応、見ておいて」
「はい」
金の装飾がなされた豪華な玉座。背もたれの腰にかかる部分には太陽か月か、円形の紋様の中で輪廻するような形で黒猫が描かれていた。
「また猫ぉ!? もう……いいかぁ?」
「何を言っているんですか。時間が許す限り、見て回りますよ」
猫、猫、猫。博文館の展示物は、猫だらけだった。どうやら古代エジプトでも、猫は欠かせない存在のようだった。




