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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
2章 古代遺跡の章
18/19

18 【勇者ヤスヒロと吸血の姫】

 

 錠前師の父が強盗事件の濡れ衣を着せられ、有罪判決を受けしまい、獄中死したのはヤスヒロが十七歳の時だった。ショックを受けた母親は蒸発。一人残され、人よりも早く人生の理不尽をくらってしまったヤスヒロは、流れるように人としての道を外れていった。


 ヤスヒロには父親から譲り受けた開錠の道具と技術があった。それを使って、父親に冤罪を被せた当局のお望み通りと言わんばかりに、彼は日本国内で窃盗や空き巣といった悪事を次々と繰り返した。皮肉なことにも、父親と違って悪運の強い彼が捕まることは一度もなかった。しかしその代わりに、国内の大きな犯罪組織に目をつけられることになってしまった。これ以上祖国にいることは危険だと判断したヤスヒロは、海の外へと活動拠点を移すことにした。香港、フィリピン、マレーシア、タイ、インド。西へ西へと続いた小悪党の道は、中東のとある遺跡にまで伸びた。偶然か必然か、そこで手にすることになった古代呪文は、彼の人生をより歪でファンタスティックなものにさせていくことになる。ヤスヒロの足がそこからさらに西へと伸びていったのは、もはや運命の呼び声に従っているというより他なかった。





 リビア南部の砂漠に存在する古代遺跡。亡国の王族の墓所とされるこの場所は、今まさに悪党たちの手にかかり、その静かな眠りから解き放たれようとしていた。古代魔術によって封じられた大きな扉の前に立っていたのは、ヤスヒロと四十人で構成された盗賊団だった。


「それでは皆さん、聞いてください! まずわたくしが『イフタフ』と唱えますので、皆さんはそのあとに『ヤー』と続いてください! そうしますと、わたくしが最後の呪文として『シムシム』と唱えます! さすれば、この扉は立ちどころに開くことでしょう!」


 ヤスヒロが中東の遺跡で手に入れた『イフタフ・ヤー・シムシム』の呪文の効果は絶大だった。この呪文のおかげで現代の開錠道具と技術だけではどうしようもない古代遺跡のセキュリティを突破できるようになったヤスヒロは、盗掘を生業とする者たちから引っ張りだこの存在になっていた。


「イフタフ!!」

「ヤー!!」

「シムシム!!」


 小汚い男たちによる呪文の詠唱が終わると、扉は神秘的な青色の光に包まれた。地に響くほどの轟音をたてながら扉はゆっくりと開き、やがて完全に扉が開ききると、ヤスヒロ以外の四十名の荒くれ者たちが一斉に遺跡内へと雪崩れ込んだ。と思いきや、盗掘者たちはそれぞれが財宝を抱えながら遺跡から出てきて、ヤスヒロを置きざりにして砂の海へと消えていってしまった。盗掘業はスピードが命だった。


「あれぇ!? ちょっとぉ!? 分け前とか、くれないの!? ねぇ、皆さん!? ちょっとぉ!?」


 あわれ、ひとり取り残されたヤスヒロの叫びは、夜の砂漠に虚しく吸い込まれていった。その能力を犯罪者たちに良いように使われるのも、これが初めてではなく、むしろそっちの方が多いくらいだった。個人では大した魔力を持たないことで知られる日本人は、無法者たちにとって、これ以上にないカモであった。


「……いいさ、孤独には慣れてる。砂クジラとかに気をつけなよ」


 自分を騙した盗賊たちの安否を気遣うと、ヤスヒロはため息をつきながら遺跡の中へと入っていった。ここからが彼の本業、ハイエナ行為の開始である。


 ひとりでゆっくりと遺跡内を見て回れるというのは、ヤスヒロにとっては良い環境であった。おかげで同じような年代に建てられた遺跡に関してはすっかり詳しくなり、共通点や法則性といったものを独自に見つけ出すほどになった。今回のケースでは不自然な場所に描かれた壁画に目をつけた。進路となる道の反対側の死角にあるのに、その壁画は継ぎ目もなく綺麗すぎた。ヤスヒロは壁画の偽装をすぐさま見抜き、そこへ手を当てた。


「……解析完了。罠はなし」


 トラップは鍵を開けただけで発動してしまうものもある。そういった事故を防ぐため、ヤスヒロは開錠呪文の前に必ず施錠解析魔法を使う。何か怪しい仕掛けがあれば、魔法をかけられた対象はすぐに赤く光る。この魔法はヤスヒロが父から学んだものだった。


「それじゃあ、イフタフ・ヤー・シムシム!」


 重い石が擦れるゴリゴリという音とともに壁画の壁がスライドすると、地下へと続く階段があらわれた。


「あっ……これ、よくないかも……」


 隠し扉の先が地下へと続く階段だった場合、大抵ろくなものに出会えてこれなかった。最近でいえば、同じリビア内のあるピラミッドの中にも似たような構造があった。その時は黄金製の古代武器を発見したが、それを手にした途端、グールや身の丈に迫るほどの大きな赤いカエル、笑う袋などの魔物の大群がどこからともなくあらわれて襲いかかってきた。手にした宝を元の位置に戻すことによって、なんとか無事にすんだものの、結局はタダ働きとなってしまった。


「うーん……でも、一応行ってみよう。だってプロだもん」


 苦い記憶を振り払い、地下へと続く階段に足を踏み入れたヤスヒロだったが、その階段はそう長くはなかった。らせん状になった階段をぐるりと二周ほどもして降りきると、緻密な装飾の施された大きな石柱が中心に置かれているだけの部屋へと出た。


「これは……なんだろう? もしかして……パズルになっている、とか?」


 石柱をよく見てみると、上中下三つの層がそれぞれ綺麗に分けられた、回転式のパズルになっているようだった。そんな仕掛けを見るのは初めてだったが、ヤスヒロは念には念を入れて、石柱に解析魔法を施した。すると石柱は赤い光を放った。


「そりゃそうだよね……つまり、これを動かせれば、隠し通路か、はたまたお宝的なものが出てくるわけか」


 ヤスヒロは柱の装飾を上から順に見ていくことにいた。


「この紋章はユスティニアヌス王家のものだな。ということは、下に続いている七つに枝分かれした紋様は、仕えていた部族のことか……えーっと……」


 盗掘を中心とした活動をしているうちに、自然と古代エジプトにまつわる魔法史の知識がついていたヤスヒロは上層と中層の解読をあっという間に済ませてしまった。


「ははーん、わかったぞ。この遺跡はかつてユスティニアヌス王家が束ねた七つの部族のうちのひとつ、マウマウ族の支族の墓ということか。だけど……最後の段だけは、勘になっちゃうかも。支族をあらわすマークはどれだろう。総当たりでも、大丈夫かなぁ?」


 これだけ綿密に罠を調べたりするのに、最後は度胸だけで動く。それはヤスヒロの欠点であり、長所でもあった。ヤスヒロは柱の層を六芒星のような紋様、猫のような紋様、そして最後に蛇に似た紋様を縦一直線になるように回転させた。


「……どうだ?」


 悪運の強いヤスヒロは初手で当たりを引いた。石柱のパズルは外側へとせり出し、石の塊となってボロボロと床へ落ちていった。


「危ない、危ない! 危ないって!!」


 一人やかましく騒ぎ、石のブロックを避けるヤスヒロ。柱全体を囲っていたパズルブロックは完全に剥がれ落ち、真の姿が露わになった。


「び、び……美人が、出てきた。それも、とんでもない、美人だ……」


 石柱の中に隠されていたのは、二十代前半くらいの若い女性だった。それは死体でも、ミイラでもなく、間違いなく生きた女だった。宙に浮かぶようにして封じられていた女が地面に降り立つと、その女は前のめりに倒れそうになった。ヤスヒロは反射的に受け止めて女が地に伏せるのを阻止した。見ているだけで胸が高揚する麗しさを持ったその女は、潤ませた赤い瞳をヤスヒロへとまっすぐに向け、ゆっくりと口を動かし始めた。


「まぁ……ありがとうございます。それにしても、なんてしけたツラをしているのでしょう。あなたは、何族なのかしら?」

「いきなり悪口!? 気にしてるんだから、顔をいじるのはやめてよ。何族? 日本人族です。いや、そんなことより、一体……キミは?」

「私の名はラミア。マウマウ族の支族が長、パセロスの子女にございます」

「ラミア、ね。俺はヤスヒロ。その……よろしく」

「ヤース・ウィロー!? やはり、そうだったのね!?」

「ヤース……? いや、あのー、俺はヤスヒロだけど?」

「ヤース・ウィロー!! 私にかけられた呪いを解くため、復活させてくれたのは預言の勇者様!! あなた様だったのですね!?」

「勇者……? ヤース・ウィロー……え? ヤスヒロ……え? ヤスヒロ、ヤスヒロ……ヤース・ヒロ、ヤース・ヒロー……」

「ヤース・ウィロー!!」


 大声で叫びながら、ラミアはヤスヒロを強く抱きしめた。こうして、勇者ヤスヒロは誕生した。もっとも彼が麗しの美女に勇者様と崇められるのは、その誤解が解けるまでの、ごくごく短い期間であった。





 それから半年後。ヤスヒロたちはエジプトにいた。おさえていたのは安宿の二階の一室。室内は二十四時間カーテンを閉め切り、日の光が入らないようにしていた。


「ヤス?」

「なぁに?」


 ベッドに腰掛ける亡国の姫と、机の上に広げられた資料と睨み合う小悪党の男。二人の関係は半年前と比べると、より現実的なものになっていた。


「この国、朝晩の冷え込みは素晴らしいんだけど、昼間が暑すぎて、ちょっと嫌かも。あなたの魔法で、どうにかならないの?」

「なるかぁ、ボケェ! 地球環境と俺の魔力のなさを、舐めるんじゃあないよ?」


 ラミアにとって、本当はそんなことはどうでもよかった。今もこうして、自分じゃない人間の為に一生懸命資料と向き合う、犯罪者の癖にお人好しの男に構われたいだけだった。


「私……お腹すいたかも」

「そうなの? じゃあ、これでもお飲みなさい」

「また豚の血? いい加減諦めて、ヤスの血を吸わせてよ。そうすればお互いに血をすすり合って、永遠に生きられるのに」


 それは生き血を糧とする者にとっては、愛の告白同然のものだった。しかし、ヤスヒロの答えはいつも同じだった。


「ははっ! それで俺はキミの眷属というわけか! その手には乗らないぞ、吸血鬼め!」


 ラミアはヤスヒロの顔をじっと見つめ、透明なパックにストローを突き刺して血をすすった。


「……まぁ、聞けって。この国には、キミの言っていたヤース・ウィローが率いる、マウマウ族の残した遺産が隠された遺跡があるはずだ。それを手に入れて、キミにかけられた吸血の呪いを解いてやるから」

「別にいいって。私はヤスの血を吸って……」

「ははっ! それで俺はキミの眷属というわけか! その手には乗らないぞ、吸血鬼め!」


 この半年はヤスヒロにとってはマウマウ族の遺した、古代の錬金技術による秘宝の在り処を探し出す日々。ラミアにとってはコミカルで優しい男との、ひたすらに楽しい日々だった。


「それじゃあ、俺はちょっと出かけてくる。誰か来ても、絶対に開けないように」


 ヤスヒロにとっての問題は、捜索範囲が広すぎることだった。隠された遺産の内容についてはわかってきたものの、遺跡の在り処はさっぱりわからないままだった。


「えぇ? またひとりにするの?」

「ごめんよ! なるべく早く帰るから!」

「私のこと、愛してる?」

「それについては……よく考えた方がいい。世界っていうのはキミが思っているよりも、ずっと広いんだ」


 ラミアにとっての問題は、この話題になるとヤスヒロがどうにも曖昧な意思をみせることにあった。面白くないラミアは、今日も下着を脱いで、ベッドに寝そべりながらヤスヒロを誘惑した。


「今なら、やりたい放題だよ?」


 ヤスヒロは大きく深呼吸をし、ラミアのベッドに腰掛けた。


「ラミー、その……キミを復活させてしまったことを、本当にすまないと思ってる。キミは俺にはもったいないほどの美人だし、性格だって……小悪魔的というか、まぁそこがなんとも、一緒にいて心躍るというか、気持ちが引き締まるというか、とにかくキミは最高だ。だけど、やっぱり永遠の命なんて、俺は欲しくない。初めて悪事に手を染めたその日、俺は小汚く野垂れ死ぬと心に決めた。そんな俺が今更……」


 ラミアはヤスヒロの肩に手をかけながら口づけを交わすと、彼の耳元でそっと囁いた。


「いつもありがとう。素敵よ、私の勇者様……」


 ヤスヒロが町へと繰り出したのは、誘惑に大負けしてからだった。

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