17 いつもの晩酌、いつもの流れ
誰もいないリビングは、キッチンカウンターだけが光に照らされていた。カウンターの上を見ると、タンブラーがひとつと使用済みのグラスがひとつ、それに食い散らかされたナッツの殻と煮汁のようなものだけが残った器が置いてあった。
「アシハラさんは、先に休まれたんですね……」
深い喪失感からの発言だった。アシハラ特製の絶対に美味しいおつまみは、もうこの世に存在しないんだなと思うと、これから行う晩酌の醍醐味が大いに薄れてしまった。
「あぁ……だが、煮物なら残ってるぞ?」
救いの言葉を放った大賢者がキッチンへ入っていき、コンロに置いてあった鍋の蓋を開けて私に見せてきた。テカテカに輝いた鍋の中身、それは私のとってこの世のどんな宝物庫よりも魅力的に見えた。
「今日は豚バラ大根だそうだ」
私は小走りで冷蔵庫に近づき、中に入っていたビール瓶を掴み上げ、ラベルを大賢者に見せることで返事の代わりにした。
「へへっ。ずっとその顔してりゃあ、キラに怖いって言われなくて済むのになぁ」
どうやら今日の晩酌は、大賢者の表情通りのものになりそうだった。
ビールに豚バラ大根、そしてナッツが並べられたこのカウンターテーブルは、きっと数十分前にタイムスリップしたかのような光景が広がっているに違いない。大賢者と静かに盃を交わしてから、グラスの中身の半分以上を一気に流し込み、私にとっては待ちに待った晩酌の時間が始まった。
「それで、アシハラさんとは何を話されていたんですか? 私の悪口ですか?」
「それも多少はあったが、今日はほとんどこれだ」
多少あったのかいと突っ込む暇もなく、大賢者は濃い紫色の麻紐を何もない空間から取り出した。
「なんですか、それ」
「エルフの秘宝を預かっただろう? 一応、よその種族の宝物だからさ。なるべく傷つけたくないと思って、どうにか石に穴を空けずに首飾りでも作れねぇかなと思って。アシハラにその方法を伝授してもらってた」
「へぇ」
あのオジサンは何でも知っていて本当にすごい。昼間に本人が言っていた『年上独特の威厳』というものは、彼自身の為にある言葉ではないだろうか。そう思いながら私は絶品の豚バラ大根をつまみつつ、大賢者の動きを目で追った。
「手で編むんですか!?」
「そうだよ?」
それは魔法はおろか道具すら使わない、とても原始的な方法だった。衝撃を受けた私の声は、自分で周囲を気にしてしまうほど響くものとなった。
「ハハハ、防音はバッチリだ。そんなに気にしなくて、大丈夫だって」
「……さすがですね」
それが出来るのなら、なぜかつてのお前は私の部屋にまで聞こえるほどの生活音を垂れ流していたんだ。しかも毎晩毎晩。そんなブラックな思い出話も過去という奈落へと放り投げ、私はグラスに残ったビールを飲み干した。
「はぁ、やってらんねぇ」
私がお代わりのビールを取りにいったところで、大賢者が残念な一言を発した。彼の性格をよくわかっている私は、キラの為にポジティブな言葉をかけた。
「もう飽きたんですか? 愛する娘の為なんですから、もう少し頑張ってくださいよ」
「いや、もうすでに出来上がったものがこちらにございます」
そう言って大賢者は完成品と思われる首飾りを取り出し、カウンターの上にそれを置いた。私は席に戻り、その首飾りを手に取ってしっかりと観察した。ネットのような形状に編まれた部分にエルフの秘宝が包み込まれている首飾りは、なかなかどうして、揺すっても引っ張っても石が取れない、とても丈夫な仕上がりのものだった。
「すごいですね。これって保護魔法とかは?」
「もちろん。俺がかけた」
それじゃあ間違いなく、世界一頑丈な首飾りだ。使われている麻紐はキラの魔力の色と同じ、濃い紫色。人一倍感情豊かなキラがこれを貰ったら、どんなに喜ぶだろうか。想像するだけで私はにやけてしまった。
「エルフの長も、今頃はそんな顔してるかもな」
「……だといいですね」
すっかり前向きな気持ちになれた私は、エルフと人間を繋ぐ絆の首飾りを大賢者の手に返した。
「もしかしたら泣いてるかも」
「まさか」
エルフの秘宝の代わりというわけではないが、実はこちらはこちらで贈答品を用意していた。それはキラの普段の生活の様子を映像にしたもので、エルフの長は『あとで一人で見させてもらいます』といって大変喜びながら受け取ってくれた。とはいっても、その内容は酷い。なにせ急なことだったから、編集もままならず、いつもの状態100%そのままの映像になってしまった。ソファでひっくり返りながらリンゴを食べるキラ。アシハラがそのことをやんわりと注意すると、逆ギレしてアシハラのお尻を叩き、今度は私に怒られることになったキラ。状況が苦しくなり、デッキにいるソフィーさんに助けを求めようと玄関へ走ったが、あろうことか温泉の契約を結んで帰ってきたばかりの大賢者にぶつかってしまうキラ。結果、ごめんなさいのひと言が出るまで、大賢者によって激しめに教育をし直されることになってしまったキラ。これは渡した映像のほんの一部分だが、なんとなくキラと私たちの生活環境がわかるものになったのではないだろうか。
「わからんぞぉ? これ、あとで読んでみろ。頭空っぽの癖に、味なモン書きやがる」
「これって……」
大賢者が私に差し出してきたのは、昼間にキラから奪い取った手紙だった。手紙を受け取った私はその内容を確かめるべく、折りたたまれた部分をめくろうとした。
「あとでにしとけ。これは危険物でもある。何を隠そう、俺もちょっとだけ危なかった」
「……そうします」
私はキラが書いた手紙をそっとカウンターの端に寄せた。そうなると、この場で話したいことは未来のこと。これからの行き先についてだった。
「ギリシャとエジプトは、どちらから回るおつもりですか?」
「イージェプトだ」
即答だった。ロマンあふれる古代エジプトは、魔法族にとっての最初の脅威、つまりは最古の魔王ハビース・シャルが討ち滅ぼされた地でもある。お目当ての錬金術師に関する情報が、そこにあるということなのだろうか。
「それはまた、どうして?」
「いやぁ……俺様としたことが、象を見るのを忘れてたなぁと思って」
「はい?」
「この前、タンザニアに行っただろう? おかげで色んな動物を見れた。でも、象だけは見れてない。俺は象が見たい。アフリカといえば、ドラゴンでも、ザリガニでもなく、象なんだよ」
うちの大賢者は肝心なところでバカだった。いや、またいつもの冗談かもしれない。頼む、冗談であってくれ。
「……エジプトに象はいないと思いますけど?」
「えっ!? そうなの!? いや、間違えた!! 象なの!?」
「うるさ。どっちなんですか、それ。本気なんですか?」
「どっちでもいいだろ!? なんだよぉ、いねぇのかよぉ、象ぉ……」
「バカバカしいっ。失敗してしまえばいいんですよ、錬金術師探しなんて。本気で探す気なんて、最初からないんでしょう?」
「おいっ、何言ってんだ! あるよ!」
「そうやって毎回毎回嘘ばかりついて! 何なんですか、それ!? いつか味方なくしますよ!?」
「最初から味方がいないとしたら、なくすも何もないと思うんですけどぉ!?」
余りにも腹が立ったので、私は大賢者の肩に思いっきりパンチを入れた。
「タルゥ、暴力は良くないぞぉ? だが、しっかりと体重が乗った、いいパンチだ。この旅の中で、もう2、3キロは増やしてもらうから、覚悟しておけよ?」
もう少し真面目な話がしたかったのに、この男ときたら、いつもこうだ。鼻息を荒くさせられた私は、グラスに注ぎ入れることも忘れ、瓶のままビールを煽った。
******機密情報******
――以下、極秘資料につき持ち出し厳禁――
長へ
レオは最強です。新しい人間なのに力の王に力で勝ちました。たぶんカイ■ウ■ンが使えるんだと思います。一緒にシュギョウをすると怖い時もあるけど、近くにいるとなぜだか力が湧いてきて、元気になる、そんな感じの楽しい人です。レオが悪いやつじゃなくて、本当によかったなと思います。
タルは目が大きくて、美人で、クールで、空を飛ぶのが上手くて、たたかいになると相手どころか、宙を飛びまわる岩がどう動くのかまでわかっているみたいに動けて、とにかくカッコいい人です。きっとあの大きな目で、いろんなことが見えるんだと思います。でも怒ると長よりも怖いです。
ムガはなに言ってるのか全然わからないけど、言いたいことがなぜかわかる不思議な男です。顔は超ブスで、一緒にいると面白くて、体がしっかりしていて頑丈で、私が何をしてもぜんぜん壊れません。これとなら、きっと強い子供ができると思っています。あとキ■■マがでっかいです。
ソフィーは世界三大■っぱ■の持ち主です。いつもニコニコ優しくて、ゲームが強いです。私が泣いても怒っても、ソフィーはゲームでちっとも手加減をしてくれません。レオと同じです。あと、キセルでタバコをふかした姿がかっこよくて、私にも真似させてほしいと頼んだら、しっかり断られました。困った女です。でも、私はソフィーのことも大好きです。
ゼノはイカ人間で、本当はムキムキで強いはずなのに、ずっと子供の姿をしています。タルはゼノを可愛がってばかりいて、ずるいと思っています。私もタルに同じように可愛がられたいので、悔しいです。あんまり悔しい時、私はこっそりタルのお尻を触ります。もちろんゲンコーハンタイホされます。とても怒られます。ゼノはよく、私とおかずを交換してくれます。カキフライと唐揚げはドウトウのトレードが成立します。ドラゴンよりも強いザリガニも飼っています。化け物です。
サラマンダーくんは最高です。私が悲しい気持ちや寂しい気持ちになった時、この子はいきなりあらわれて、ふわふわあったかい毛皮で私を優しく包み込んでくれます。サラマンダーくんの火でおにぎりとか焼くと美味しいです。だけどソフィーの好きなお芋を焼くには、ちょっと火が強すぎるみたいです。最近ではサラマンダーくんと協力してコウボウイッタイの姿になる、そういう技をオーマに教わりました。
その他にも、いっぱいいます。レオの弟のユリエル、ユリエルの奥さんのメアリー、そしてオーマ。
この人たちは、みんなみんな、私の家族です。
ずっとずっと、欲しかった家族です。
ひょっとしたら、里にいた時の私は、家族を探していたのかもしれません。
でも、長だって家族です。
里を離れて過ごすようになって、気付いたことがあります。
どうやら私は長の事も大好きだったみたいです。
いつか長に『何をされたか』ではなく『なぜそうされたか』を考えろと言われたことがありました。
長の言ったとおりに考えてみると、怒られるって悪いことばかりじゃないと思いました。
長、私を怒ってくれてありがとうございます。
育ててくれてありがとうございます。
愛してくれてありがとうございます。
これからの私は長だけでなく、みんなによく怒られようと思います。
アルマ族エルフきらきら星 = キラ・アルマ・アレキサンダーより




