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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 エルフの章
16/19

16 業務終了

 

 皆が寝静まったあと、私は仕事部屋にひとり篭り、キラの養子縁組に必要な書類をまとめて、アレキサンダー領の領主の元へと送った。首尾よく処理されれば、晴れてキラと大賢者の間に正式な親子関係が結ばれることになる。思えば、似ている部分が非常に多い二人であるため、こうなることは必然だったのかもしれない。


 大賢者に与えられたばかりの仕事部屋はスカスカな本棚こそ目立つものの、ごちゃごちゃと物が散乱する場所だった。私の性格上、整理整頓したくなるところではあるが、そこらへんにとっ散らかっている物のひとつひとつに深い意味があるため、そうすることはできない。私が入室しない限り動くことのない照明や郵便ボックス等、最新型を越えてまだ世に出回っていない魔道具類なんかもあるが、一見何の変哲もない小物に仕掛けが色々と施されていたりする。こういったものは大賢者の父が発明王であるがゆえの賜物であるといえた。


 この部屋にはベランダがある。ずっと机に向かっていて、少し目を休めたいな、なんて思った時にこの存在はありがたいし、外に出て空気を吸うのも良い気分転換となる。ベランダに出て、すぐ右側には見慣れたウッドデッキがあり、拠点の入り口も近い。しかしながらベランダという侵入しやすい経路は、犯罪者にもっとも狙われやすいポイントでもある。今回の書類では、エルフという種族やアレキンダー領に関わる重要な情報の数々を取り扱った。そうなってくると、不埒なことを企む輩にとって、この部屋は宝の山も同然。椅子に座って、そんなことを考えていると、まさに今、白いマスクを被った男がベランダのガラスを蹴破り、この部屋へと侵入してきた。


「フハハハハ!! 我こそが不審者だ!!」


 そんな奴に会ったことはないが、自称不審者の登場である。見たところ凶器なし。己の肉体と魔法だけを使う、いわゆる『純魔』と呼ばれる珍しいタイプだ。こうなると、まず部屋全体の構造が変わる。不審者が侵入してきたベランダはおろか、ドアや窓といった出入り口がすべてなくなって、四方を壁に囲まれた脱出不可能の密室となる。これにより、私の身に最悪の場合があったとしても、機密情報が外に持ち出されることはない。もちろん、私だって自分の命は惜しい。特殊部隊とまではいわないが、過去に厳しい訓練を課す職場にいたことのある私は、そこそこの魔法を扱える。が、侵入してきた不審者は不明の存在。素人なのか、訓練を積んだ者なのか、はたまたそれ以上の存在なのか、おまけに何を仕掛けてくるかわからない純魔ときた。こんな時はインテリアとして偽装されている様々な護身具が役に立つ。今回のケースの場合は、机に置いてある卓上カレンダーがたまたま目に入った。これを手に持って不審者に向けると、音よりも速い魔力を帯びた紙の刃が無数に放出される。


「おいぃぃっ!! 結構あぶねぇな、それ!! 素人だったとしたら、もう死んでると思うけど!?」


 立ち上がりついでに机と椅子も魔法で吹き飛ばしてやったのだが、残念なことにそれを含めて全部避けられてしまった。恐ろしいことだが、侵入してきた不審者はプロの強盗か、それ以上の存在というやつだ。次に目に入ったのは緊急時に武器に変形させることのできる壁掛け時計だったが、この男相手に接近戦を挑んでも、暗い未来しか見えない。こうなったら少し早いが、最終兵器を使うしかない。そう判断した私はその場にしゃがみ込み、床に向かって思い切り両手をついた。


「おっ? 来たな!?」


 床から巨大な網がせり上がり、不審者を絡めとりながら天井に張り付く。この網は『タルタロス』と呼ばれる蜘蛛の糸と『アヴァリティア』という食虫植物の出す粘液の構造を模倣して作られているとのことだ。網に絡みついた対象の物理的な力や魔力が強ければ強いほどその効果を発揮するらしいのだが……


「むっ……結構、コレ……いや、いけるっ!! オラァ!!」


 たとえどんなに耐火性があるものだったとしても、太陽に放り込まれれば燃え尽きてしまうわけで、原理としてはそれと同じことが起こった。不審者は常識外の力を発揮して網を引きちぎり、静かに床へと着地した。あまりのバカバカしさに、すっかり諦めのついた私は、悠々と近寄ってきた不審者に、ガッチリと手首を握られながら体を起こされた。


「はいっ、捕まえた。この魔女、俺のもの」


 不審者が白いマスクをかなぐり捨てると、そこにはお馴染みの顔があらわれた。


「……ちょっと敵が強すぎると思うんですけど」


 これじゃあ訓練にならない。私は大賢者に文句を言った。


「苦情は受け付けてない。俺は訓練でも負けたくないからな。それに『たとえありえないことだとしても、強盗の侵入を想定した訓練がしたいです』って言ったのは、お前じゃないか」


 結界魔法も一級品である大賢者のおかげで、彼の所有する物件のセキュリティ上の心配をする必要は皆無である。しかし、これから私たちが向かう予定の場所は楽しい観光地であることは事実なのだが、気を引き締めていかなければならない場所でもある。悲しいことだが、世の中というのは善人ばかりではない。私は現場から離れて久しく、いざ何かが起こった時に体が動かないという可能性がある。それでは話にならない。そこで大賢者に頼み込んで、急遽、個人的な想定訓練に付き合ってもらったという話だった。感想としては、まだまだ動けるな、という感触を掴めただけでも収穫はあったといえた。


「想定と全然違います。何ですか、この手。これじゃあ乱暴目的じゃないですか」


 言いながら私は未だに離そうともしない大賢者の手を振り払った。大賢者は満面の笑みを浮かべながら、私の目を見た。


「じゃあ、飲みに行くか」

「はい。お疲れ様です」


 これにて本日の業務終了。元通りになった部屋のドアをくぐって、私たちはカウンターキッチンへと向かった。

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