表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 エルフの章
15/20

15 再びエルフの里へ

 

 デミナス・ケブラの居城よりはるか南、もっと詳細にいえば南微東(なんびとう)に位置する高原の森林地帯。深い緑に包まれた、この美しい地域の奥地に存在するのがエルフの里である。枝葉の天井に遮られ、里には日の光がほとんど届かない構造になっている。太古より存在しているであろう緑の木々は、より一層この空間を暗いものにしていた。そんなエルフの里だが、ただ一か所だけ太陽の明かりが差し込んでいる場所がある。それが、今私たちが目指している里長の家である。


「どうだ、ムガ?」


 先頭を歩いていたキラが、隣にいるアシハラの顔を不安そうに見上げた。この隔絶された世界に生きるエルフたちは、依然訪れた時と同じように、太古の木々に構えられた住居の軒先や窓から、遠巻きに私たち六人と一匹を見ていた。


「ん? ……まあ、いろんな意味で(おそ)れってやつだね。そういう意味合いの思念をすごく感じる」


 里長と違って、他のエルフたちは私たちのことをまったく歓迎していない。それは五百年前の人間とエルフの間に起きた戦争の事を考えれば、当然の事だった。先人たちが遺した負の遺産を直接見せつけられたような気がした私は、その場の感情に任せ、誰に向けてでもない自虐的な言葉を口にした。


「……仕方ないですよね。私たち人間は、過去に嫌われるだけの事をしたわけですから」

「それは違う」


 キラと大賢者がタイミングを揃えて否定した。一瞬、意外そうな表情を見せた大賢者だったが、すぐに優しく微笑むと、何も言わずハンドサインでキラに発言を譲った。


「里のみんなが本当に嫌っているのは、人間じゃなくて、今の自分たちの生活が変わることだ。長い間、争いのない日々を過ごしているうちに、それが当たり前になってしまった。私と長以外の里のみんなは、誰も笑わないし、怒りもしない。家の外にすら出ようともしない。目の前でいつもと違うことが起こっても、出来ることは怯えることだけ。でも……」


 故郷を思うキラの横顔は、いつも彼女がみせているものとは程遠いものだった。


「ありがとう、レオ。この世界を……みんなを救ってくれて」

「気にするな」


 大賢者はそれだけ言うと、顎をクイと前に向けた。キラは恥ずかしそうに笑ってから、いつの間にか止めていた足を再び前へと進め始めた。





 里の最奥にある大きな切り株の家にまでたどり着くと、高身長で線の細い男性のエルフが玄関の前で私たちを待っていた。キラが行儀よく頭を下げて挨拶をしたその人物は、この里に暮らすエルフたちを束ねる長であり、孤児だった彼女の身寄りを引き取って育てた親代わりの存在でもある。歓迎の挨拶もそこそこに、私たちは長自らの案内で家の中にまで通されることになった。通された部屋は以前と同じ、二階にある本棚に囲まれた広い部屋だった。


「まずはこれを返そう」


 着席早々、大賢者が懐から透明な石を取り出して机の上に置いた。紆余曲折を経たエルフの秘宝だったが、持ち主の元へ返すのが一番いいのではないかという考えが私たちの総意だった。


「お話はそちらの秘書の方からのお手紙で伺い知りました。わざわざ懇切丁寧に、どうもありがとうございました」


 長に深々と頭を下げられ、私は申し訳ないやら、恥ずかしいやらで立つ瀬もなかった。


「いや……あの、本当に……突然の連絡で申し訳ございませんでした。なにぶん、その、私が、いえ……この度はご無礼を働きましたこと、深くお詫びいたします。まことに申し訳ございませんでした」


 すべては大賢者のせいだった。彼奴(きゃつ)はノーアポイントでこの里に来ようとしていやがった。そのことを前日になって知った私は惨たらしく泣き叫び、大慌てで要点を集約させた書状をエルフの長へと送った。書状の内容はおおまかに、エルフの秘宝についてのあらましと、キラの養子縁組についてのことだ。これらをまとめ上げたのが、まさに昨日の今日の出来事である。


「いえいえ。あなた方の訪問ならば、いつでも歓迎しますよ。お気遣いは無用です。どうか、顔を上げてください」

「だってよ。良かったなぁ、タル。俺は初めからそんなもんいらないって言ったんだけど、こいつ『そんな失礼なことするな』って、昨日の晩まで怒りながら半べそで手紙書いてたんだよ。もうこーわいこわい」


 殺してやる。絶対に、いつか。私の手で殺してやる。なんで私がこんな思いをしなければならないのか、わかってるのか。またひとつ私怨を増やした私は、溢れ出す殺意をグッと堪え、ゆっくりと顔を上げた。


「ハハハ、そうだったんですか。イシュタルさん、これからは無理に手紙なんて書かなくていいですから、友人の家に来るものだと思って、次回からはもっと気楽にお越しください」

「……すみません」


 恐縮しきりだった。今回は相手の寛大さに救われたが、人間相手だったらこうもいかなかっただろう。これからは事前の打合せは必須のものにしなければならない。敵は身内にありだ。私は自らの平和ボケした脳にそう言い聞かせた。


「さて……せっかくの申し出なのですが、この秘宝は差し上げると言った手前、素直に受け取ることはできません」

「そうなの? それは困ったなぁ。別に、俺もいらないしなぁ」


 いつもだったら強引にでも持って行かせようとするであろう大賢者が控えめな言動をとった。エルフという種族の考え方を尊重したのかもしれない。話の要のエルフの秘宝は、机の上で透き通ったままだった。


「じゃあ、これはキラにあげてもいいか?」

「それは……素晴らしい考えですね。そうすることが一番ふさわしいと、私も思います」

「よし、じゃあこれは一旦預かっておこう」


 話はあっさりとついた。大賢者はエルフの秘宝を手に取って次元の彼方にしまい込むと、話を続けた。


「で、肝心の養子の話なんだけど、俺たちの世界だと形式が大事な時があるから、育ての親の許可が欲しくて、それでやって来たんだ」

「それについては手紙にあった通り、この子にとっては親が増える、という考え方で相違はありませんか?」


 私も大賢者も肯定した。キラの養子縁組の話はまったく間違いなく、その考え方のものだった。たった一日で仕上げた書状を完璧に理解してくれて、心底ありがたかった。


「あなたたちにお会いした時、私は直感的に、この子は絶対にあなたたちと合うと思いました。あなたたちは自分以外を愛することを知っている。もちろん私も私なりにそういう躾をしたつもりですが……私と違って、あなたたちには『笑い』があった」


 それまでは余裕をもって会話をしていた長が、どこか感情的にその思いを語り始めた。


「実はこの子は……キラは、私たちとは種族のルーツが違うんです。自然を愛するという点では変わらないのですが、私たちは静かに森に生きる種族。この子は太陽の一族といって、本来はとても外向的な種族なのです。根本的にあったその問題から、いつかはこの里だけで教えられることに限界が来ると思っていました。だからこそ私は、あの日、この子をあなたたちに託すことにしたのです」


 まったく知らないことだった。しかしそれならば、彼女の素行の変化にも納得がいく。ここにいた時のキラは仮初めの、仮面を被った状態で生活をしていたということだ。だから、私たちと生活をともにしている今のキラは、やりたい放題の赤ちゃんチンパンジー状態になってしまっているわけだ。自然と私の顔はキラの座る席の方へと向いていた。長の顔もまた、彼女の方を向いていた。


「キラ、この方々と過ごした時間、お前は何を感じ、何を学び取った? 聞かせてくれ」

「そう来ると思った。キラ、お前の考えを教えてやれ」

「うん」


 昨晩、私が必死に書状を仕上げているその間に、キラはキラで長への手紙をしたためていた。その手紙を読むため、愛用のポーチから手紙を取り出したキラだったが、何を考えているのか、大賢者はそれをパッと奪い取ってしまった。


「何するんだよぉ!?」

「俺はお前の成長を知っている。今さっきも、それを感じたばかりのところでな。だから、昨日のお前が書いた文字よりも、今日のお前の言葉の方が、もっといいものになるはずだと思ってな。ちょっときついかもしれんが、頑張ってみろ。自分の言葉を使って、愛する者に自分の気持ちを伝えるんだ」


 キラは拗ねたように口を尖らせると、その場でうつむいてしまった。しかし彼女が遠慮がちにもごもごと口を動かし始めるまでに、そんなに時間はかからなかった。


「長は……厳しくて、怖い。けど、嫌いじゃなくて……でも、この里は……私には暗くて、狭くて……いつも、何かないかって、里の外を見て回って……ました」


 言葉を詰まらせ、視線も下の方を見つめたままだったが、キラは一生懸命に話し始めた。


「この世界が……おかしくなっても、里のみんなは何もしようとしなくて……私は何かがしたくて……でも、いつもみたいに、里の外を見て回ることしかできなかった。そんな中で、レオたちと初めて会った。悪いヤツが来たと思った。人間だったから。そう思ったら、わかんないけど、全然好きじゃないと思っていた里を守りたくなって……戦った。でも、全然敵わなくって……殺されると思った」


 あまりにも過激すぎるため、自主規制をしている悪夢の初対面の話から始まった。絶対に、これからも公開することはないであろう、私が墓場まで持っていくと誓いを立てた、あの悲劇について、淡々とキラは話した。


「けど、私を殺さずに、レオたちは行っちゃった。私のことを助けてくれた、タルも。誰かに優しくされたのは、初めてだった。どうしていいかわからないまま、また、ひとりになった。しばらく……女神様の木を眺めてると、地上が戻ってきた。その時はまだ知らなかったけど、全部レオたちのおかげだった。そこからまた、毎日毎日、里の外を歩いて回って……そうしているうちに、女神さまから使いが来て……またレオたちが来ることを知って……復讐してやろうと思った」


 当然のことだ。詳しくは言えないが、相応の事はやっている。


「そしたらまた、レオにやられた。今度は全然違う方法で。私の魔法を山猫に変えられた。そんな魔法は見たことなくて……でも、負けたのが許せなくて、恥ずかしくて……」


 私はキラを励ますように、何度も大きく頷いた。


「だけど、私を負かしてくるのは、レオだけじゃなかった。色んな人がいた。どんな攻撃をくらっても生きてる人、未来が見えているみたいに動ける人、怖いけど、かっこよくて、優しくて、そういう人もいて。こんなすごい人たちにどうしたら勝てるのか、ずっとずっと、今も考えてます。次はどうしたら、いいか。どんな技を作ってみようか。そう考えるだけで、毎日が楽しくて……だから、私はレオたちと一緒にいたいと思っています。出来ることがどんどん増えるから。知らない場所に行けるから。美味しいものも食べさせてくれるし、毎日のように……タルには怒られるけど。それでも、やっぱり、タルはいい匂いだし、布団とかもかけ直してくれて優しいし、お尻がプリッとしてて……」

「わかった。もういい」


 話の流れが怪しくなってきたところで、長が手をかざしてストップしてくれた。次に長は天井の方を見上げると、少しの間だけ黙り込んだ。やがてその口元にかすかに笑みを浮かべると、長はもう一度キラの方へと顔を向けた。


「果報者め。お前が大賢者様の神髄に少しでも近づけることを願おう」


 かくして、私たちはエルフの長との仁義を通すに成功した。





 ここからは、こぼれ話になる。場所はエルフの長の家の中、初対面となるアシハラやソフィーさんを交えての歓談の場での一幕のこと。大賢者の放ったひと言が始まりとなった。


「ところでさぁ、書類にキラの年齢を書かなくちゃいけない欄があって。悪いんだけど、大体でいいから教えてもらえるか?」

「満20歳ですね」


 それまで楽しい話し合いをしていて、ほぐれていたはずの空気が一瞬にしてキーンと冷え固まった。その空気を温めなおしたのは、魔王技術習得者のアシハラだった。


「ほらぁ!! 絶対そうだと思った!! 年上の感じ、全然しなかったもん!! なんか、何話しても、響いてなかったし!! 何も知らなくて、年上独特の威厳もないし!!」


 これは事実であり言い過ぎではない。だが、なぜかキラは猛反論をした。


「ちが、ちが、違うよぉ!! 絶対、もっと年上だって!! おかしい!! これは不正だ!!」


 育ての親である長がそうだって言っているのに何を言っているんだ、この子は。しかし、実際はどうなんだろうか。全員がキラを非難がましい目で見ていて、誰も彼女の味方をしないのは気の毒だし、体感速度なんかの問題もある。私は参考までに長に聞いてみることにした。


「それって、ちなみに私たちの世界だと、何歳になるんですか?」

「ざっと計算して、38歳くらいですかね」


 再び空気が凍りついた。今度はそれに亀裂が入る音まで聞こえた気がした。これを力で粉々にしたのは、我らが大賢者であった。


「テメェ!! 38にもなって、毎日毎日、うんこちんこで笑ってんじゃねぇ!! あぶねぇな、マジで!! 俺より年上じゃんか!! どうすんだよ!? その年齢で通すんだったら、養子にとれねぇぞ!?」

「え!? それはヤダ!! 20歳でいい!! 20!! 20!!」


 焦ったキラは半分泣いたような、情けない表情でダブルピースを決めた。


 ひと悶着もふた悶着もあったが、これでようやく謎のひとつであったキラの実年齢が明らかになった。それは想定していたものよりも、ずっと低いものだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ