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大賢者の秘書官イシュタル  作者: ふるみ あまた
1章 エルフの章
10/18

10 酒のちパフェ

 

 スケールの大きい祖父母との面会は結論から言えば、筋肉嫌いのキラがケブラに懐くことはなかった。その代わり、全身からセンシュアルな雰囲気を放つ祖母は彼女の興味対象の餌食となった。それについては個人的に具体的な説明はしたくもないが、初対面時にティナ・エーデル・アレキサンダーにもそうしたように、キラは度が過ぎるスキンシップを女神様に対しても求めた。キラは実に運が良かった。彼女の相関図に、度量の優れた人物がまた増えたのだから。


「味わい深いお顔……とっても苦労をなされてきてるのね。いつでも遊びに来て。歓迎するわ」

「なるほど。それでは、この男が孫娘の許嫁になるわけか……大丈夫なんだろうな、レオナルド?」

「実力はバッチリよ。耐久とスピードだったら、本気出させたら俺より上だ」

「ほう、それは面白そうだ……一度、手合わせをしてみないか?」

「いやぁ~……自分はまだ生きなきゃならないので。そのお誘いは来世か、死後にお願いします」


 晴れてアシハラの通行許可も得られた。ついでのように行われた顔合わせも程ほどに、私たちは宮殿をお暇させてもらうことにした。拠点に戻った我々は、ほとんど手つかず状態だった食べ物を温め直して、そのまま外で勝利の宴をあげることにした。





 宴といっても、いつも通りといえばそれまでだった。大サイズのコタツ机とコの字型のソファで、それぞれが好き勝手にやりたいことをやっていた。愛用のタンブラーで酒を一口飲んだ大賢者はゴロリとソファに横になり、サラマンダー君は主人と添い寝、ソフィーさんはノンアルコールのシードルを優雅に、ピィちゃんはよく冷えた水を、私は大賢者と同じアルコールを嗜む。キラは机に向かってオリジナルの番付表を完成させようとしていて、アシハラがそれを見守っていた。


「……となるとオーマか、オーマが一位だな。でも、あの生き物に呑み込まれる感じはやっぱり、あっちのオーマにしかないものだったから、あっちのオーマが一位。で、こっちのオーマが二位だ。でもこれじゃあ、ソフィーが三位になっちゃう!! どうしよう、ムガ!?」

「まぁ、それでいいんじゃない?」

「おい!! もっと真剣に考えろよ!! おっぱいに失礼だろ!?」

「だって、わかんないんだもの。知ってるの、吉良殿だけだし」

「お前も触りたかったってのか!? ん!? 浮気か!?」

「あれ? なんでこうなっちゃったんだろう。お酒飲んでないよね?」

「飲んでねぇよ!! 息嗅いでみろ!! 行くぞ!? ハァ~~」

「すっごい、フライドチキン臭い。あと、口のまわりにケチャップついてる。もういくつになったの? クールビューティーさんは」

「ふっふっふ、お前よりは年上だ!」


 自称アシハラよりも年上のキラの実年齢は不明のままだ。外見上の年齢は人間でいえば10歳から12歳くらい。誰もが御存知の通り、中身はもっと幼い。もともとは、こんな感じの子ではなかった。ちゃんと人見知りもしていたし、故郷の村では敬語も使えていた。では、どうして彼女はこうなってしまったのか。答えは簡単。親の教育、つまりは


「アテテテテ……体、捻りすぎちゃった。ダメージが。ダメージが抜けてないよ、これ。タル、ちょっとピザ持ってきて、俺に食わせておくれ」


 こいつのせいだ。わざとらしく痛みを訴えるその顔面に、私が熱々のピザを乗せてやると、大賢者は勢いよく体を起こした。


「あっつ!! お前、いくらなんでも、それはやりすぎだぞ!? でも、具の部分を下にしなかったところに、ちょっとだけ優しさを感じた」

「元気じゃないですか」

「元気だよ?」


 ペテン師め。お前が老いさらばえて死んでいく様を絶対に見届けてやる。近頃では、それだけが私の生きる理由になっていた。


「実際のところ、どうなんですか?」


 この問いに関しては念のためというやつだ。今回、大賢者が回復手段として選んだのはソフィーさんの調合したポーションによるものだった。本来、魔法薬での回復というのは経過観察が必要なものが多い。即効性があるものもなくはないのだが、そういった強力な効果を持つ回復薬は希少であり、大抵の場合は強い副作用がある。どちらにせよ、激しい戦いをした直後に宴をあげられるような状態にはならないのが普通である。寝たかなと思ったら二度と目を覚ますことはなかった、なんていう綺麗な最期は望んでいない。この男にはもっと情けなく、出来れば長い期間苦しむような形で人生の最後を迎えることを、私は心の底から願っているのだ。


「だから、大丈夫だっての」

「じゃあ自分で食べてください」


 大賢者は下唇を突き出して、渋々といった様子でピザを手に取ってかぶりついた。特大サイズのピザがあっという間になくなるわけがよくわかるほど、そのペースは早いものだった。


「次はエルフの里だ。出発は明後日の午後。全員で行く」


 モリモリ食べながら、私にとっては先回りした話題をいきなり切り出す。こうした事というのは比較的、珍しくはない。私が疑問に思ったり、尋ねたかったりすることがある時に、何となくそれを口にしないでいると、不意に情報を与えてくれる。気分屋で尋問術もまったく効かないこの男から、内容のある言葉が聞けるのは幸運以外の何物でもない。私はありがたく話の流れに乗った。


「キラの故郷ですね?」


 キラの育ての親に、養子縁組の説明を兼ねた挨拶に行く。一連の行動から察して理解できるものだった。大賢者はプライベートではめちゃくちゃではあるが、仁義には厚い。それだけは確かなことだ。


「里に、戻るのか?」


 まさかの人物がトーンダウンした声を発した。それは紛れもなく、下らない表を完成させたばかりのキラだった。珍しいものを見る目で皆が彼女を注視する中、大賢者は普段と変わらない口調でキラに尋ねた。


「嫌なのか?」

「できれば、あんまり……戻りたくないかも。あそこ、暗いし」


 キラの言う通り、彼女の故郷であるエルフの里は原生林のような環境下にあり、物理的にも、住人たちの精神性の面でも暗い部分が大半を占めている。キラは本当の両親とは死別していて、身柄を引き受けた里長によって育てられている。だからこそ、彼女は最初の方は真面目というか、きちんとしていた。それが段々とこうなってしまって、今では帰郷を渋るという、まさかの事態が起こってしまっていた。


「とか言って、長に会って、好き勝手やってることがバレて、怒られるのが嫌なんだろう? 厳しそうだったもんな? だが安心しろ。今のはっちゃけたお前に会っただけで、ヤツは間違いなく喜ぶ」

「本当か?」

「もちろん。俺が嘘をつくわけないだろう?」

「いっつも嘘ついてるじゃん」


 ほら。考えなしに普段から下らない嘘ばっかりついてるから、こうなる。


「じゃあ、何か食いたいものはあるか? 行くなら、何でも食わせてやる」


 お猿さんじゃないんだから、そんなことで簡単に動くわけない。この問題については、もっと深刻に考えてほしい。


「じゃあねぇ……」


 動いた。悲しい。うちの可愛いキラは、お猿さんだったのかもしれない。でもお猿さんだったとしたら、天才と呼ばれること間違いなしだ。ちゃんと一人で……出来ることはそんなにないけど。


「パフェ、食べてみたい」

「パフェか。いいな。そろそろ甘いものを解禁してもいい頃合いだし。それじゃあ、どこか店に食いに行くのと、ここで一人一品パフェを作って、品評会みたいなのをするのと、どっちがいい?」

「大会!! 絶対勝つ!!」

「はい、それじゃあ全員立って!! 買い物に行くぞ!!」


 まあ、なんだかんだ言って、良き父親であり、良きリーダーでもあるわけだ。私は少しだけ名残惜しい気持ちで、グラスに残ったお酒を見つめた。

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