『桜の騎士』と王太子の『番』?
ピンクピンクって女の子じゃないの? ヒロインとか、聖女とか、ざまあとか……
もしや、BL? 『私の番』がヒロインポジ? まさかね……
思考をあれこれ巡らせていると、執務室の扉が勢いよく開かれた。
「兄様」
驚いて声をあげると兄は私には笑みを隣に座るルーカス卿には冷たい目線を送った。
「これは、どういう事だい? フローリア。何故、王太子妃筆頭候補のお前が殿下以外の男に手を握らせているんだい?」
「そ、それは」
厳しく攻めるような口調に思わず怯んでしまう。
「ファビアン、まずは座りなさい」
書類から目を離し、父が兄に指示をする。
兄が納得できなさそうに向かいのソファーに座る。私たち二人に厳しい表情を崩さない。
執務机に座ったまま、父親であるラルフレッド侯爵がポツリと口にする。
「彼はフローリアの『番』だ」
父の言葉に言葉を失う兄。絞り出すように
「『番』ってどういう事ですか? 殿下の婚約者候補には『番認識阻害』がかけられているのでは?」
「理由はわからない。だが『見つかってしまった』。すでに『薔薇の紋章』も認識されている。その時点で候補から自動的に外れる。そしてこれは秘匿はできない」
「そんな…… 殿下は? 殿下はご存じなのですか?」
「ええ、王太子殿下はすでにご存じです」
ピンク君ことルーカス卿があっさりと認めた。
「「どういうことだ」」
父と兄が私を問い詰めてくる。
「実は今日は王太子殿下と『候補者』の皆様との『お茶会』だったのですが、少し早く着いたので『お花摘み』に行ったのです。でてきたら、いきなりですね…… その…… 捕まっちゃったんです。で、『番』とか云われて思考停止してたら『認証』されちゃって…… その直後迎えにきてくれた王太子殿下に見られてしまって… ルーカス卿が『自分の番』だと殿下に宣言されまして、そのまま父様の執務室に連行されてしまったのです……」
現在に至る…… とほほ状態だわ。
『お花摘み』にいかなければ…… ううん、多分見つかって、彼は『お茶会』乱入して大騒ぎになってしまってたわ、そ、それに比べると『マシ』?
最悪のことを想定してしまった。
「その制服は『青の騎士団』、その髪と瞳は『桜の騎士』か」
『桜の騎士』? ピンクピンクだから?
兄の言葉に肩が軽く揺らぐルーカス卿。
「イスターバル男爵四男ルーカスと申します。『白の騎士団』ファビアン副団長」
四つ上の兄、ファビアンは次期公爵でありながら『白の騎士団』と呼ばれる『王宮騎士団』で副団長をしている。嫡男は『近衛』には入団できない為『白の騎士団』に身を置いている。と同時にラルフレッド公爵騎士団の副団長も兼任だ。公爵家の団長は父アレクシスだ。
「『桜の騎士』とはその容姿だからか?」
父の問いに兄が答える
「もちろん彼の容姿によるものもですが…… 彼はずっと『番探し』のためにフェロモンを撒き散らしていたのです。それに反応するのは『番』本人。それと同性で『番』が見つかっていない者です。フェロモンに刺激を受けていざこざが絶えず、騎士団としても常に懸案事項となっていました」
「『番探し』? つまり、イスターバル男爵令息はどこかのタイミングでフローリアを『番』として認識したということか」
「そういうことでしょうね、父上」
「君はどの段階で『番』を強く認識したのか、記憶はあるかい」
「私が十二歳の時、一時的にウエストバルト侯爵令息サリオス様の侍従をしていたおり、王宮の『茶会』に参加する機会がありました。その時に多くの上位貴族のご子息、ご令嬢がその『茶会』に参加されたと聞いております。
ちょうどその時、私の左手の甲にうっすらと『薔薇の紋章』が浮き上がりました。当時はその意味もわからなかったのですが、年齢を重ねるごとにコントロールの効かない『番探し』のフェロモンが無意識に放出されるようになりました。
特にここ一週間ほどでしょうか、胸が締め付けられるような感覚と『番』が近くにいるという抗い難いものがずっとあり、今日は『青の騎士団』の事務的な手続きで偶然に王宮に足を運んだところ、引き寄せられてしまいました。彼女、ご息女は間違いなく『私の番』です」
「一週間前から? 『番認識阻害』が機能しなくなっていたということか。一体何故?」
父様の信じられないと言った呟きに私は反応した。
「殿下が…… ご自身の『番』を見つけたかったから?」
何を言う? 驚愕の表情で私を見る父。
「王族だぞ。しかも王太子だ。そんなことは許されん」
スペアとして王子教育を受けていた父は頭をふり否定する。
「国や民よりも、己の欲望を優先するなどありえん」
再度強く否定する父。『王太子』になる儀式の一つに『番認識阻害』の術式を体に刻まれると以前父から話を聞いたことがある。個人よりも公人として生きることを誓うのだそうだ。
公人として『政治』を執り行う『国王』に『番』は不要。
何故なら『公より私』を重んじれば『番』に翻弄されて国政が混乱に陥りかねない。
この為、国王や王太子の身体には『番認識阻害』の術式が刻まれ、その伴侶もまた同様だ。
ただし、候補の期間は単に『番認識阻害』魔法が重ね掛けられるだけだ。
そういえばあの肺炎の後、マクシミリアン殿下がお忍びでお見舞いに来てくださった時があった。
その時、私の手の甲を見て「うっすらと何かが浮かんでいる」と云われたことがあった。
ひょっとしたらあの時殿下は私に『薔薇の紋章』があることに気がついたんじゃないだろうか?
その当時の私は『前世の記憶』で混乱をしていて気にもとめていなかったけれど……
そういえば…… 一ヶ月ほど前、二学年下に他国からの留学生が入ってきたと『お茶会』で話題になってたっけ。隣国、ラスピス王国の伯爵令嬢で薄紫色の髪で空色の瞳を持っている美少女だとか、『番認証阻害』の術式が身体に刻印されている殿下のことも知っていて、自分が『殿下の番』であると公言し、物議を醸していると『候補者間の懸案事項』として取り上げられていたっけ。
これって無関係なのかな? どうなんだろう。
すでに『候補者』から外れてしまった私がとやかく言うことではないかもしれないけれど。
殿下が『番認識阻害』の魔法を『解除』したのは『私』だけなんだろうか?
考え込んでいる私を父と兄、そして『桜の騎士』ことルイス卿が心配そうに覗き込んでいた。
「何か気になることでもあるのか、フローリア」
ファビアン兄様の問いに一瞬躊躇ったけれど、とりあえず自分の中で懸念になりそうだと判断したので一仮説として隣国の留学生について触れる。
「何故隣国の学生が王家の『番認識阻害』について知っているんだ」
「『知り合いの知り合い』から聞いたと話しているみたいです」
私の返答に父様が気分を害したような表情を浮かべる。
まあね、流石にそれを聞いた時は『嘘くさい』と思ってしまったもの。
ただ今までの王家の婚約者候補達全員の口封じはできてないんじゃないかなって思うから、どこからか漏れた可能性も否定できないんじゃないかな。
「しかも自分が王太子の『番』などと嘯くなど許されんことだ」
そうなんだよね。この『番』ってこの国限定なんだよね。
不思議なことに『番』は聖獣様の守護を受けた国民への『恩恵』とされているから隣国の令嬢は対象外。もしかすると他国に流れた血統かもしれないけれど、この国で生まれて、尚且つ『誕生の祝福』を受けないと聖獣様からこの国の民とは認められないのだそうだ。
他国の令嬢として国籍があるってことはこの国の国民ではないので『対象外』。ましてや王家の、しかも既に立太子した王太子の『番』など認められないのだ。
そう、万が一、立太子後に『番認識』がされたならば即『廃太子』されることになる。
と同時に従来の身分から解放され、『神獣に祝福されし者』とされ、国によって『守護』されるのだ。
責務を負わなくていいから幸運なのか? 幼少期からの努力と労力を、自分のアイデンティティーさえも否定されてマクシミリアン様なら、病んでしまうかも。などと不謹慎なことを考えてしまった。
『王太子妃候補』に選ばれるにはまず『番認識阻害』魔法をかけられることを了承するか、否かという篩にかけられる。最終的には本人の意思決定だ。
『番認識阻害』という魔法は『聖獣様からの恩恵』を拒否するということだ。
予め最初に候補者が多いのは『番認識阻害』というものがなんなのか本人達にも曖昧すぎて理解ができないからだ。
ただし、この段階で『力の無いもの』は「『聖獣様からの恩恵』を拒否する」という影響をもろに受けてしまう。
不思議なことに『領地』が荒れるのだ。
なので候補に名乗り出て一ヶ月ほどで『辞退』することになる。
そうやって『候補者』達は削られていく。最終的には王家の血が多く引いている、つまり『番認識阻害』というものの意味を『理解』し、天災すら対処できるだけの力を持つ『公爵家』や『侯爵家』でなければ『候補者』として残れないということになる。
仮に『王太子妃』から外れた場合は、すぐに他の王子妃に決定する。『王族』が囲い込むのが『番システム』なのだ。
前国王の王弟を父とするフローリアも幼少期から、いや、生まれ落ちた瞬間から『王族の妃』として教育を受けていた。『番認識阻害』というものに対する忌避感すらも持てないように。おそらく最終まで残っている他の三人も同様だろう。『公爵・侯爵』の適齢期の女子は最終候補の四人だけなのだ。はなからの出来レース。
『前世っぽい』記憶が目覚めて以来気がついたのは、これって『洗脳』だなってことだった。とはいえ、一族の姫に拒否権があるわけがない。
元の世界にも『番』というものもなかったのも忌避しなかった理由の一つだろう。
何事もなければ『王太子妃』もしくは『王子妃』としての運命を受け入れていただろう。その覚悟は持っていたし、腹も括っていた。
なのに、まさかの『薔薇の紋章』が認証される相手が自分に現れるだなんて……
私自身もショックだったけれど、父であるアレクシスも方がもっと衝撃を受けたようだ。
なんで『今更』…… 父も兄も、私ですらもそう思ってしまったことは否定できないだろう。
一度『聖獣様』に公認されてしまえば、その『薔薇の紋章』は一生消えることはない。つまり『王族』は勿論『番』以外の伴侶に縁付くことはできない。『番』か『おひとり様』かの二択なのだ。
『番』に見つかり『番認証』されてしまった以上『王太子妃候補』でも『公爵令嬢』ですらもなくなるということだ。
隣に座るルーカス卿から甘く香るフェロモンに翻弄されながらフローリアは今後の自分の人生について考えてしまっていた。
父が側近にあれこれ指示を出し、兄も誰かに手紙を出している。
フローリアとその『番』であるルーカスが座っているソファーだけが別空間のようだ。
「フローリア嬢、改めまして、私はイスターバル男爵四男ルーカスと申します。『青の騎士団』に所属しています。年は貴女の兄であるファビアン卿より二つ下。つまり、貴女より二歳上になります」
隣から耳心地よいテノールで挨拶された。見上げるとピンクダイヤモンドの瞳と目が合う。とろけそうな表情で私を見ている。
どっくんと強く胸を打つ。ドク、ドクドク心拍数が一気に上がり始めた。
目を逸らしたいのにできない。
「ウォッホン」
突然大きな咳払い。視線を向けると父がなんともいえない表情で自分達を見ている。
「二人とも今の状況を理解できているのか? とりあえずは明日国王陛下への報告後だ。謁見の許可はとってある。特殊事情だからな。イスターバル男爵令息も、勿論お父上である男爵も一緒にだ。令息もご家族に報告しないと何事も円滑に進まないぞ。フローリアのことは大丈夫だから、明日謁見後に貴殿のご家族とも今後のことを話し合いの場を持つから、一度戻りたまえ。『青の騎士団』の方にも一応報告はしてあるから大丈夫だとは思うが、挨拶はしておいた方がいいぞ」
やれやれといった目で見られてしまった。
「準王族である私が『薔薇の紋章』を確認した。今この時をもって二人は『国の守護下』に入る。二人を邪魔するものはいない。安心しなさい。それから、令息も『青の騎士団』から自動的に退団することになる。二人とも『聖獣様』の指定された所領に移ることになるから、そのことも含めての話し合いになるだろう」
そう言ってルーカス卿に退室を促した。ルーカス卿は名残惜しそうにしつつも『騎士団』への挨拶と家族への『報告』のために席を立った。
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