村人Aですが勇者パーティに魔王の呪いの解き方を聞かれています。なんで?
よくあるやつのワシが見たいやつを詰めた感じのよくあるやつ。
「ねえねえ、なにつくってるの?」
「パンをふわふわにする魔法」
くりくりとした目を小瓶に向けて、興味深そうにみる幼女。
「ふわふわって、どのくらい?」
「干し草のベッドくらいになったらいいな」
「すごい! すごいふわふわ!」
目をキラキラと輝かせてきゃっきゃとはしゃぐ幼女に、まあ失敗するかもしれんけどと期待しすぎないようにさせる。
せめてもの抵抗としてポーション瓶(幼女の親であるお隣さんからもらった)を煮沸しているものの、果物のきれっぱしを水に浸しただけの怪しい酵母だ。腐敗したら腹を壊すだろうし、小麦粉だってできるだけ無駄にはしたくない。
そもそも前世で手作りパンなんて作ったことないし、発酵時間もわからない。頼りになるのは前世で培った衛生観念のみだ。
「パンをふわふわにできたら、たべさせてくれる!?」
「できたらな。できるかわかんないけど」
「わかんないの?」
「わかんないから、試してみるんだよ」
転生した。
のかどうかはわからないが、少なくともここは俺のいた世界ではない。
気づいた時には子供の体で、周りを見れば畑だらけの村で、血塗れの両親(?)の遺体が転がっていた。
何から何まで現実感のない光景に、服や家は洋風っぽいなとか、この子に乗り移ったのか記憶がよみがえったのか、とかどうでもいいことばかり思い浮かんでいた。
後から聞いたところによると、この体の少年の名前はウルズで、家族で村の外に出たときに魔物に襲われ一人だけ生き残ったらしい。
動物じゃなくて魔物かぁ、ファンタジーよなぁなんてぼんやり考えていると、さすがに大人たちに同情の目で見られていた。
そりゃあ子供一人生き残っても、何もできずにくたばるだけだろう。普通なら。
で、普通じゃなかった俺はお隣さんにお世話になりながら、前世の知識で使えそうなものを試したり失敗したり成功したり失敗したり、ふわっとした知識だけではどうにもならないことを実感しつつとにかくいろいろ試し、それなりに生活水準を上げることができた。
ついでに魔法の才能も剣の才能もないことが発覚したりした。ふぁっきん。
そんな一般村人Aに対し、お隣さんのところの幼女…リアレは才能の塊のようで、成長してからは冒険者の父親から剣術を教わっている。
ついでに俺には見えないものが見えるらしく、ある時おそるおそるといった感じで聞いてきた。
「ウルにぃにも、この子たちはみえない…?」
何かを載せているように両手を広げる少女に、何かいるのかと聞くと泣きそうな顔になる。
「ウルにぃも、ボクのこと、うそつきっていう…?」
他の子供たちにそう言われたのか、恐れと悲しみをにじませた表情を浮かべる幼女。
……子供にさせていい顔ではない。
「俺にはリアレの言っているその子は見えないが、リアレがウソをつくとも思ってない。
ので、おしえてほしい」
「おしえる…? ボクが、ウルにぃに…?」
「んむ、いろいろ聞くから教えてくれ。わかんないから試そう。この子たち、というが……何? 生き物か?」
見えないものとなると幽霊かなんかだろうか。ワンチャン妖精とか精霊の類とかもあるか?
「え、と…つちのせい、とか、かぜのせい、だって」
「つちのせい、土の精? おお、精霊来たかコレ?」
「せいれい? ……あ、うん、そうだって」
「お、言葉とか概念が通じてる? 意思疎通ができるってことか」
「いしそつー?」
「あー、おはなしできるかなってこと。大きさはどのくらい?」
「えっと、つちのこがこのくらいで、かぜのこがこのくらい」
前世換算で、土が10センチくらいで風が15センチくらいか…
「どんな見た目? 描けるか?」
「えと、つちのこは、このくらいで、すなみたいないろで、ぷにぷにしてる」
木の枝を渡して地面に書いてもらったところ、四足歩行のひょうたんのような形をした点目の絵が描かれた。
ゆるキャラとしてはなかなか良い感じじゃないだろうか。
ただツチノコって言われると別のものを思い浮かべるから混ざりそうだ。
「風は?」
「ちっちゃなヒトみたいで、はねがはえてて、おそらをとんでる」
「おー、風っぽい。羽は鳥っぽい? 虫っぽい? コウモリとか?」
「えと、とんぼ?」
「お、航空機動性最強か? なるほどなるほど」
うーん、ファンタジー感あっていいな。見えないのは残念だけど。
「ちなみにそれぞれ好きなものとかはあるのか?」
「すきなものある? ……あまいの、だって」
「食うのか……ちょっと待っとれ」
家から適当な干し果物と、しばらく前に運良く取れた蜂蜜を適当な器に盛って取ってくる。
「いろいろ付き合ってもらってるからお供えな。リアレも食べていいぞ」
「いいの!?」
一緒に持ってきた濡れ手ぬぐいで、リアレの手を拭き清める。
ちょっと前までは暗い顔をしていたが、甘いものを出されて笑顔が戻ってきた。
時々中空とか皿の方を見ながらしゃべっているのは、おそらく精霊としゃべっているのだろう。
……減っている。リアレが取るタイミング以外で、皿の上の干し果物が減っているのが確認できた。
これは……ガチじゃな?
「ウルにぃ、ありがとうだって」
「おー……こちらこそいつもお世話になってます?」
「あはは、なにそれ」
「土とか風の精なら畑仕事する身としては感謝しなきゃだろうからなぁ……これからは何かお供えするか」
「わっ、もう、うれしいからってあばれちゃ、めっ!」
どうやら喜ばれているらしい。まあ、リクエストがあればリアレから伝えてもらおう。
その後もいろいろと質問を繰り返し、当然のごとく火とか水の精霊もいるし、仲良しであるという事を伝えられたり、リアレにいろいろ加護を与えているといったことが判明した。
「……まあ、いろいろ話してきたが、リアレの友達の精霊は存在するだろう、というのが結論だな」
「っ! しんじて、くれるの?」
「まぁそういうのもいるだろ」
「……うんっ!」
満面笑顔になったリアレ。俺としても、精霊がいるいうファンタジー現象にテンションあがる。
「なんで俺に見えないとかはわかるか?」
「んーと……まりょくがとくべつじゃないとみえない、だって」
特別と来たか。
波長的なものもあるだろうが、あるいは血筋とか?
「えっとね、ゆーしゃのちから? で、そのうちあらわれるまおうをたおすんだって」
……おおっとぉ?
「ウルにぃ…? ボク、なにかしちゃった…?」
思わず険しい表情になっていたのか、怯えた様子を見せるリアレ。いかんいかん。
「…いんやぁ? 大切な我が妹分がクソ面倒なことを押し付けられたな、って思っただけ」
こんな年端もいかない幼女が、魔王を倒さないといけないとは。
フィクションならいくらあってもいいが、現実に身近な人間が世界の命運を背負わされるとなると、流石に思うところがある。
こうなったら、できることを全部使って勇者の手助けをするとしよう。何はともあれ食事事情だ。
わしわしとリアレの頭を撫でまわしながら、精霊たちに頼むぜと祈りをささげるのだった。
で、いろいろあってリアレは旅立ち、魔王の手下と戦ったり、仲間を作ったり、精霊たちの王と邂逅し、聖剣を作り出してついに魔王を討ち倒したらしい。
の、だが。
「魔王の死に際に呪われた?」
「はい…っ、聖剣に力を束ね、最後の一撃を放ったことで力を使い果たし、膝をついたところで…!」
「我々がついていながら、本当に申し訳ない…!」
勇者の仲間として共に戦った女神官、女騎士が悲痛な面持ちで伝えてくる。
彼女らの装備を見れば、激戦だったであろうことは想像に難くない。
「…あいつは今どこに?」
「呪いの影響を抑えるために、太陽神の神殿で治療を受けてる。呪いのせいで誰にも、特にアンタには会いたくないとさ」
斥候の少女が頭を掻きながら、言いにくいのか視線をそらしながら言う。
……あのべったり引っ付いてきていた妹分が俺に会いたくないとは。
成長したのか、あるいは親しい者に近づくと爆発するようなリア充爆破タイプの呪いとかだろうか。
「で、それを伝えるためにわざわざ?」
勇者の関係者とはいえ、こんな田舎に世界を救った御一行様が現状報告のためだけに来る必要はないだろう。
「そんなわけないでしょ。あたしたちがここに来たのは当然、呪いを解くためよ」
魔導士の少女の声には、静かな、しかし燃えるような意思が感じられる。
……いい仲間たちに出会えたようだ。
それにしても、この辺りに解呪ができるような何かがあるのだろうか。
残念ながら神聖な泉だとか湯治に使える温泉とかは見つかっていない。精霊はいたが。
できることがあるなら協力する、と言おうとしたところで神官の少女が懇願するように手を合わせた。
「ウルズさん、呪いの解き方をご存じないでしょうか!?」
「なんて?」
そんなもん知るわけないのだが???
前世は神職ではないし、そもそも魔王とやりあえるくらいの世界最高峰の魔導士と神官が目の前にいるのに、なぜこんなド田舎の村人Aが知ってると思うのか。
「いや、呪いだなんだと言われてもご存じないですが? 何で知ってると思ったんで?」
「そんなわけないでしょ、勇者からアンタはなんでも知ってるって散々聞いてるわ。
魔法が使えないのに勇者の魔法の訓練をしてるし、あたしのお師匠様でも知らないような知識を持ってる。
なんかあんでしょ、出しなさいよ!」
テーブル越しに掴みかかってくる魔導士の少女。
リアレが慕われているようで何よりだが、何言ってくれてんだアイツ。
「落ち着け、マール。ウルズ殿、どうかお知恵を拝借できないだろうか」
女騎士が魔導士を宥め引きはがす。
「えぇ……そもそも呪いなんて魔法使いとか、神官による解呪の領分では?」
「分析はできたけど、単純に呪いが強力すぎるのよ。あのクソ魔王、どんだけ恨み拗らせてんのよ…!」
「大司教様以下、皆で力を合わせて解呪を行っていますが、症状を抑える効果しかなく…」
さすがは魔王と呼ばれる存在、死して尚凄まじい影響を残しているらしい。
対象が我が妹分なのでただのクソ魔王だが。
「ちなみにどんな呪いなのでしょうか?」
「しゃべり方は普通でいいわ。常に全身に激痛が走る、聖剣で人を斬り、血を浴びると痛みが治まり快感を得る、千人の血を浴びるまで激痛が続く…こんなところね」
「なんだその呪いクソかよ」
「クソよ」
趣味の悪さ、まさに魔王級。魔王だったわ。
「解呪の祈りも、痛みを抑えることしか……リアレさんは、ずっと痛みに耐えておられます。せっかく魔王を倒したのに、新しい魔王を生み出すわけにはいかないと…」
「は? 新しい魔王?」
ここにきてとんでもねー新情報やめてくれんか。
「あぁ、あのクソ魔王の最後の断末魔のセリフでな。あー…
『貴様に平穏は訪れぬ、我を滅ぼしたその剣で人を斬り、血を浴びることでその痛みは治まるが、千の血を浴びるまで激痛は続く。痛みに耐えようとすれば気が狂い、鎮めるために人を斬れば快楽に溺れ、貴様は憎み恐れられる。たとえ呪いが解けたとて、散々斬り捨てた人間どもが果たして勇者を許すかな?今は勇者などともてはやされていても、貴様の呪いが解けたときこそが、人の血を啜る新たな魔剣、新たな魔王の誕生だ』
……って感じだったかな」
なかなか長いセリフを斥候の少女が再現してくれた。
一回でよー覚えられたな。
「道でも罠でも謎でも、一発で覚えておかねーと斥候なんてやってらんねーよ」
それにしたってすごい能力だわ。
それはともかく。
「千の血を浴びたら魔王になる?」
「いいえ、分析したけど勇者の肉体や精神を変質させるような効果も、聖剣を変質させるような効果もないわ。
ただ、聖剣は力と想いを束ねるの。斬られた者の怨嗟や、使い手の絶望を吸収して呪いの剣として変性する可能性はあるわ」
「『斬る』なのはなんでだ? 怨嗟や絶望なら、殺した方が効果が高そうなもんだが」
「『強制させること』に対するハードルの高さは、そのまま呪いをかけるための必要リソースの高さになるわ。『呪いが治まる』ために『簡単なことをさせる』のと『大変なことをさせる』のだと、後者の方が必要な呪力が圧倒的に上よ。
その分、呪いの効力や頑丈さ……苦痛の効果が下がったり、解呪への抵抗力を条件に振り分けないといけなくなるわ。
今回は、解呪への抵抗に相当魔力を割いてるみたいなのよね。殺すことを条件にすると、神官たちで解呪ができて何も達成できなくなる可能性があったからじゃないかしら。とにかく、正攻法――――条件を満たすことでしか解けないことに主眼が置かれているわ。
おそらく、自分を滅ぼした勇者が苦痛に耐えかねて人を襲うようにさせて、必死に守った人間に勇者を殺させたいってのが狙いね」
「私は最初から人類の敵だが貴様は勇者から人類の敵となるのだフハハハーってことね。クソわよ」
「クソよ」
どんだけ性格悪いんだ魔王。
まあ野望を邪魔したリアレを呪いたいというのは理解できる。
そしてまっすぐ育った妹分が、一度道を踏み外す――――自分のために人を斬ってしまえば、その後どれだけ耐え続けても『もう一度手を汚したのに』と絶望するだろうと。
だからといって自ら命を断てば、両親も俺も悲しむだろうと。
そうわかっているからこそ、ひたすら耐え続けているのだと理解できた。
「とはいえ、今も痛みに耐えてるんならさっさと動くか。連れて行ってもらっていいか?」
「っ、はい! お任せください!」
「なんとかなるのか!?」
「さぁ、わからん。わからんから――――」
「ウル、にぃ…? なん、で…」
神殿の治療室のベッドの上。久しぶりに会った我が妹分は、背は伸びたようだが見るからにとやつれていた。
呪いによる苦痛でろくに眠れていないのだろう。記憶の中にある溌溂とした輝きは随分とくすんでいた。
「ぁ、っ、や、みないで! こないで!!」
俺の視線から隠れるようにシーツを頭までかぶり、必死に体を抱きしめ、痛みに耐えるようにベッドの上で丸まるリアレ。
どこまでもこの子を苦しめて、まったくクソ魔王が。
撫でくりまわしてやりたいが、触れて痛みが増しても困るのでベッドの端に腰掛ける。
「おつかれ、リアレ。魔王倒して、無事…ではないが、お前が生きて帰ってきてお兄ちゃんは何よりうれしいぞ。よくがんばったな」
「……えへへ、さいごに、トチっちゃった。ゆだんしてる、つもりは、なかったんだけど」
「ああ、聞いた。全力出しきったってな。顔見せろ、自慢の妹分の姿をしっかり見せてくれ」
「……やだ。いま、ひどいかお、だもん」
「もうさっき見えたぞ」
「…いじわる」
あきらめたのか、シーツから顔を出すリアレ。
目の下に隈ができ、キラキラ輝いていた瞳は悄然としている。
「まったく、あの精霊ども。リアレを頼むと毎日お供えしてたというのに、これはしばらくお供えは辛い物だな」
「からくても、おいしいでしょ? あのこたちも、つらいから、ほどほどに、してあげて、ね」
軽口で緊張をほぐそうかと思ったが、笑っていても苦しそうに返事をするリアレ。
しゃべるのも辛そうだし、さっさと本題に入るとしよう。
「さて、魔王の呪いについては聞いた。痛みを抑えるためには聖剣で人を斬って血を浴びる必要があると」
「っ! ……うん、だから、これいじょう、きずつくひとは、でない、よ。まかせて」
「まあ俺はそんなこと許さんが。それじゃあ、始めるか」
「え? なに、を?」
「そりゃあもちろん、呪いを解く方法を試すんだよ」
部屋の隅に立てかけてある剣を取り、鞘から抜き取る。白い刀身が、虹色に煌めいている。
まさしく聖剣といったイメージ通りの剣を見て、こんな時だが地味にテンションが上がってしまう。
「これが聖剣か。カッコいいな。……ほれ」
「…え?」
刀身を掴んで、束を握らせる。
「だ、ダメ! のろいをといたら、ボクが、あたらしい、まおうに…!」
「お前の仲間の魔導士は、そんな効果はないって言ってたぞ。ただの魔王の嫌がらせだってな」
「でも、ボクは、おとうさんも、おかあさんも、みんなも、……ウルにぃも、きずつけ、たく、ない…!」
「ホントに優しく育ったな、お前」
だからみんな、お前を助けたくなるんだよ。
「さて、あのクソ魔王の呪いの解き方は、聖剣で人を斬って、その血をお前に浴びせるのを千人だったな。
まずはどのくらい血が必要か試すところからだな。ほれ、剣構えて」
「え、あ、え?」
「聖剣に恨みつらみが溜まると魔剣になるかもとは言っていたが、まあどうとでもなるだろ。どれ」
理解が追い付いていないリアレの持つ、痛みと体力の低下で震える剣先に指を添える。
「っ、ダメっ!!」
思わず、といった感じで聖剣を引くリアレ。
当然、動かさなければ切れない剣を動かした結果は――――
「ぁっ! う、ウルにぃ、なんで…!?」
「おお、さすが聖剣。なかなかの切れ味……でもないか」
じくじくとした痛みと、傷口に沿って赤い血が滲み出てくる。
指先すぱんと切り落とされるほどじゃなくてよかったわ。
「ぁ、あ……や、ちが、ごめ、ごめんなさい」
意図せずとも自分が傷つけてしまったことに顔色を無くし、表情をこわばらせ、涙を浮かべるリアレ。
いかんいかん、さっさとフォローせんと。
「謝んなくていいぞ、目的通りだ。ちょっと我慢しろー、痛みが治まるようならちゃんと言え」
指先に溜まった血を、青白い頬にとりあえず一本線を引くように塗り広げる。
驚いたのか、ビクンと体を震わせて聖剣を取り落とす。
「ひゃうっ!? あ、え、ウルにぃ?」
「どうだ、痛みは?」
「え、あ、え……ちょ、ちょっと…いたく…なくなった?」
「お、効果ありか? じゃあもう少し全体にやるか」
もう一度剣を持たせて、今度は両掌を軽く切る。
手全体に広げるように血を塗りたくる。血塗れの両手を広げ眺めると、軽い痛みと真っ赤に染まった手という普段ない経験に妙な高揚感が沸いてきた。
「さて、偉業を成した勇者様を思いっきり労ってやる。全身マッサージだ」
「あ、あのね、ウルにぃ、ちょっと、まって、ほしいな。なんか、ほっぺにぬられたとき、ちょっと、ヘンなかんじで」
「うんうん、話は塗りながら聞いてやる。背中を出せい」
「うひゃぁぁっ!? あ、ひゃ、あぁぁ~~~っ!!」
「はいはい、まずは背中から腰に掛けてよーくほぐしていきますねー。うんうん、よく鍛えられててキレイだぞー」
「あっあっあっ、やぁぁっ、せなか、ぞくぞくするぅ…!」
「肩から腕、脇のあたりも忘れずに。リンパがどーのこーのっていうしなー、どこだかもう忘れたというかそもそもちゃんと知らんけど」
「あふっ、くすぐったい、なんか、ぴりぴりしてぇ…!」
「脚の方も行くぞー。凝ってるなぁ、がんばってきた証拠だなー。痛いところはございませんかー?」
「んぁあぁぁっ! ウル、にぃ、ま、まっひぇ…おな、おなかが、なんかヘンっ」
「ああ、腹か。やっぱり血に触れたところの痛みが治まるのか? じゃほれ、体起こすぞ」
「ちがっ、ダメっ、まってウルに…ひにゃああああああああぁぁあっ!!?」
「こら、逃げんな。ちゃんと塗らないと痛いだろ?」
「いたくないっ、いたくないからぁっ! まって、や、んにゃぁぁぁああぁっ!!」
「ちょっと! アンタたち、なにやって……ぎゃああぁああぁぁあっ!?」
部屋の外まで響く嬌声に、慌てて様子を見に来た魔導士が見た光景は。
へたり込んだ勇者を後ろから抱きしめながら勇者の全身を血塗れにする村人と、血が塗られていないにもかかわらず顔を真っ赤にして嬌声を上げる勇者というあまりにもあんまりな光景だった。
「さて、呪いの方はどうなったか」
「アンタなんでそんなすぐ切り替えられるの?」
呆れ顔でこちらを見る魔導士。
あの後、乱入してきた彼女に風魔法で吹き飛ばされ、ぐったりしたリアレを顔を赤くしながら介抱する女神官、どこか恐れを含んだ目で見てくる女騎士。
女斥候に至っては「やっぱこいつやべー奴だな」などと言ってきやがった。
なんだ『やっぱ』って。
「まぁ、勇者がああなってるのは呪いの『血を浴びると痛みが治まり快感を得る』の部分ね」
「まったくクソエロ魔王がよぉ。いたいけな勇者になんてことしやがる」
「うっさいわよエロ魔王2号」
はっはっは、こちとら真面目にやっているというのに。
まあテンション上がって変なことやっている自覚はあったが。とても楽しかった。
「とりあえず、条件は達成したとみていいだろう。カウンターとかあれば確認が楽だが」
「解呪の条件に入れているからどこかにあるはずよ……うん、減ってるわね。残り999人よ」
「つまり、人が死ぬほどの血の量は不要。最初に指を切って少し頬に塗っただけでも少し痛みが引いたらしいから、それだけで1カウントの可能性もあり。
はっはっは、ひょっとして殺す殺されるの世界でしか生きてこなかったとかでお友達とのじゃれあいで怪我したりさせたりとか経験してこなかったのかなー?
命を懸けて掛けた呪いが千人の指先ちょびっと切るだけで終わりそうだぞクソ雑魚ぼっちエロ魔王がよぉ、正攻法でしか解けねえってんなら正攻法で死ぬほどおちょくり倒してやんよオラァ」
斬って殺して、吹き出した血を浴びることで1カウント。他の生き物は全部敵。うんうん、王は孤独だよねーぼっち野郎がよぉ人の事言えるほどじゃねーけどよくも俺の大事な妹分苦しめやがったなくたばりやがれくたばってたわ。
「さて、血を集める方法だが、まぁたかだか千人程度だ、魔王を倒した勇者様を救おう握手会みたいな形で喧伝すればあっという間に集まるだろ。
聖剣で指を切って勇者と握手、血液を介して感染症が広まっても困るから、毎回聖剣と参加者の傷口、勇者の手の消毒…浄化、できれば治療まで。
神官の方々の回復魔法で交代制の流れ作業にすればそうかからないだろ。どうです神官殿?」
「えっ、あっはい! リアレさんのためです、全面的に協力致します!」
「政治的な云々で国との協力関係とかはありますかね? そこら辺もお任せしても?」
「はいっ、必ずリアレさんのいいようにいたします! お任せください!」
「あとは本当に指斬った程度の量の血で済むかの検証だな。騎士殿、試して頂いても?」
「あ、ああ。心得た」
「よし、じゃあ……おーい、リアレー。そろそろ起きろー」
「ぅきゅぅ……はっ!? あ、う、ウルにぃ!?」
「おう、もうちょっと眠らせてやりたいとも思うが体の調子はどうだ? 痛くないか?」
「痛くはない、けど……なんか、べたべたして気持ち悪い」
「そりゃそうだわな。痛みが再発する条件が血が乾くか洗い流すか…まあ、わざわざ試すこともないし我慢しろ。先に新しく塗る方を試すぞ。
ほれ、剣持って。騎士殿、お願いできますか」
「ちょっと待ちなさい! 聖剣の穢れを確認するから……穢れて、ない?」
「うん? ああ、消毒せんとな。神官殿、浄化の魔法か蒸留酒と熱湯をご用意いただいても――」
「じゃなくて! 魔王のせいで、聖剣に呪いが溜まりやすくなってるはずなのよ!? それなのになんで――」
「あん? 何言ってんだお前。あんたらだって大丈夫だろ。あとおじさんとおばさん…リアレのご両親にも声をかけんとな」
理解できないという顔の魔導士と、同じく理解できないといった顔の村人。
リアレはこの時、ウルズを傷つけたはずの聖剣から伝わってきた想いを感じ取っていた。
――リアレのためなんだから、恨むなんてありえないし、罪悪感を感じる必要もない。がんばった大切なかわいい家族を、なんとしてでも助けるのだ、と――
「ウルにぃのアホー。きちくー。エロまおー」
「なんてこと言うんだ我が妹分は。これが反抗期というやつか」
血塗れになったシーツを頭から被り、唇を尖らせてジト目を向けてくる勇者。
あれからパーティーメンバー四人と、俺と一緒に連れてきてもらったリアレの父で解呪のカウントを進め(母は千人目にやってもらうことにした)、それぞれのやるべきことを進めていた。
もう俺にできるようなことはあまりないのだが、じゃあ終わったから帰るねなどという薄情な真似はできない。
おじさんおばさんと積もる話もあるだろうと部屋を出ようと思ったら、逆に俺を部屋に残して出ていかれてしまった。
…こいつと二人っきりにして大丈夫か? という感じの視線を何人かが向けていたが。
「痛くなってきたら早めに言えよ。我慢は体に毒だぞー」
「ウルにぃに体中ぬるぬるにされるほうがよっぽど毒だとおもう」
「じゃあ他の奴に塗ってもらうか。誰がいい? バルドおじさんか? お仲間か? ニナおばさんは最後にやってもらう予定だぞー」
「お父さんやお母さんやみんなに頼めるわけないでしょー。いきなりあんなことして、ボクほんとにビックリしたんだからねー」
「誰も試さなかったのが驚きだわ。ほかの何を犠牲にしてでも無事に帰れともっと徹底的に教え込んでおくべきだったか」
「まあボクも断ったし。血を浴びろって言われてもフツーやだよ」
「ごもっともー」
「それなのにムリヤリ、ボクはじめてだったのに。ちゃんとセキニンとってよねー」
「なんだ、世界中回ったのにそんなにいい男がいなかったのかー? どこぞの王子様助けたとか嬉々として報告してきたと思ったが」
「んー、まぁねー。ウルにぃくらいなんでも知ってて、ウルにぃくらい料理が上手で、ウルにぃくらいボクのコトだいすきな人とか全然いなくてさー」
「好きだなんだなんて一緒にいれば勝手にそうなってくもんだぞー? 王子様がお姫様を助け出す話にあんなに目を輝かせてたというのに」
「じゃあやっぱり誰もウルにぃに追いつけないじゃん。やっぱり魔王の呪いくらいぱぱーっと解いてくれる人じゃないとねー」
まったくこの勇者様ときたら。
しょうがない奴だなと軽くため息をつきながら、リアレの肩を抱き寄せる。
「ぁ……」
「とっとと呪い解いて、家に帰るぞ。何食べたい?」
「……ぶー、ウルにぃってボクのことなんだと思ってるのさ」
「食う寝る遊ぶが大好きで、家族と一緒にいるのが幸せな、世界一かわいい女の子」
ぽすぽすと抱き寄せた肩を叩く。
いっぱい食わせたはずなのに、こんな小さな体で、世界の危機を救って、後始末まで一手に引き受けて。
もう一生分働いただろうから、あとはずっとずっと幸せに過ごして欲しい。
「……あのさ、ウルにぃ」
「うん?」
「ボク、いっこだけ、呪いを解く方法、しってるん、だけど」
「ふむ」
「……ためして、みる?」
腕の中から、じっ、と見上げてくるリアレ。
……するのは構わないが、『試す』というには大概、自分も乙女チックというか。
「試さない」
「っ……ん、そう、だよね」
「解けなかったらあーだこーだなんて話になったら台無しだしな。だからこれは」
「ぁ……んっ」
…大好きな女の子への、ただの愛の証だ。
その後はまあ蛇足だが、滞りなく呪いを解いて、村に帰ろうとしたら助けた王子にプロポーズされたリアレが聖剣も使わずバッサリ切り捨てたり、なぜか王子様と俺で料理対決することになったり(海の国だそうだが内陸の一般村人に魚対決で負けて愕然としていた。審査員(勇者)も内陸の人間のせいだ本当にすまない。そして俺は刺身を堪能してドン引きされていた)、結婚式はぜひ我が神殿で祝福させてくださいと女神官殿に熱く要望されたりしたが、物語の〆はもちろん、こう締めくくられる。
めでたしめでたし。
こういうのって勇者側も見たくなるよね。
ないんだけどね。