歌えないセイレーン1
私は今、神使である【翠龍】に跨って、異空間を移動している。異空間は、異世界と異世界をつなぐパイプのようなもので、これに沿って移動するそうだ。ちなみに、異空間から離れたら、虚空に一生いるか、知らない異世界に漂流するそうだ。虚空だけは絶対に行きたくない。
そんな異空間を征くドラゴンは、体はとても長く、一キロメートルほどあると、御幸が行っていた。全て鉱石でできているらしい。緑に輝く鱗はエメラルドで、燃えるような紅い目はルビー。角は金で、髭はダイヤモンドでできているそう。
「この子はねー、いわゆるゴーレムだよ。とある世界では、鉱石に魔力が宿っているんだ。魔力の大きさに比例して、できることも多くなる。だから、これだけ大きな龍を作ったんだ。」
魔力は、殆どの世界で存在するそうだ。地球で言うところの空気のような存在で、魔力がない場所では生存することは不可能だそう。
今から行く世界も魔力がある。世界の名は、アクアドル。スイレーンという半人半魚の生き物が支配している、海と空の世界だ。
「ねえ、何しに行くの?」
「あれ?言ってなかったっけ?私は万屋。今回は、頼まれた依頼を達成するために来たんだよ。」
全然聞いていない。ロストショップって万屋だったの?
「今回の依頼は…」
◇◇◇
私達は、しばらく異空間を移動してアクアドルについた。ついた場所は一面の海。水平線まで陸は見えない。
どうやって渡るんだろう。御幸は目をつむり、両手を前に出した。手のひらに魔法陣のようなものが浮かび上がり、さっきまで乗っていた龍はみるみる変化していった。
「それは…?」
「これはさっき言ってた魔力を用いた魔法、变化。魔力の量に応じて好きな形に変化させることができるの。」
魔力について聞いていたときは、あまり現実的ではないなと思っていたが。いざ実際に見てみると、とても不思議な感じだ。どこかで見たことがあるというか。なんとなく懐かしさを感じる。
御幸の手から魔法陣が消え、彼女は目を開けた。最終的に、龍は亀となった。大きな水しぶきを上げて、その亀は界面に落ちてゆく。私達を乗せて。
「ちょっ…」
大きな水しぶきが上がった。御幸も私もびしょ濡れになってしまった。幽体だから、濡れている感覚があるだけかもしれないが。
「…そういえば、私ってずっと幽体のままなの?」
体がない状態で過ごすのは、なんとも居心地が悪い。できることなら今の私の体がほしいのだが。
「それは、魂を入れる媒体が思いつかなかったからだよ。とりあえず、いま出ている案は、ゴーレムに魂を移すか、束沙の体をこの世界に対応させるか。どっちがいい?」
ゴーレムは絶対イヤだ。生きている心地がしないだろう。私の体なら、違和感もない。
「私の体で。」
御幸はこくんと頷き、「転移!」と叫んだ。瞬間、甲羅の上に私の体が横たわって出てくる。
「さ、入って。心臓の位置と魂の位置が重なれば、あなたは体に受肉できる。」
私は私の体の上で横たわろうとした。すると、私の幽体は、私の体の中に溶け込むように入ってゆく。
「グァ!」
それを合図と読み取ったか、亀はゆっくりと進み始めた。
―――しばらく大海原を進んでいると、小さな島を見つけた。島には木が数本と、畑付きの家が一軒ある。といっても、家は屋根に穴が空いており、ドアは壊れかけだ。金具も外れそうで、ドアの役割はあまり期待できない。
とても人が住んでいるとは思えない状態だ。だが―――
「ねえ、ほんとにあの島であってるの?」
御幸が見ている地図では、たしかにここに依頼主がいるようだ。
亀はゆっくりと島に近付いた。私達が島に上陸すると、御幸はまた魔法を発動させた。魔法を受けて亀はどんどんと小さくなる。亀は、手のひらサイズになるまで小さくなると、ぴょんと御幸の肩に乗っかった。
「さ、行こう。」
御幸が家の方へ翻すので、慌てて後を追う。
家は、近付いて見ると窓が割れていたり、中は床が抜けていたりと、遠目ではわからなかった部分が鮮明に現れていた。
「おーい!」と、御幸が大声を上げた。
すると、上の方からドタドタと慌ただしい足音が聞こえてくる。
「な、何でしょうか?」
崩れかけのドアから小柄な女の子が顔を出した。水色のワンピースを着ており、髪はハーフアップ。
家主の子供だろうか。
「お父さんとお母さんいる?」
優しく尋ねて見ると、フルフルと首を横に振った。
「この家には、私一人。」
両親が出かけているのだろうか。
「パパもママも、私にはいない。———
彼女は俯いた。その顔は、ひどく曇っている。
———だって、私は捨てられたから。」