カレらの選んだ道
オレと亜由美、二人が案内されたのは、本邸から離れた離れに有る、狭い入り口から入る狭い畳の部屋。
しかも、囲炉裏があり、釜がかけられていた。
そして茶道具一式。そして部屋の隅には、場違いだが片づけわすれたらしく、なぜか犬の首輪とリードが転がっている。
この部屋はこの雰囲気からいくと何時もは私室、客人がくれば茶室という感じだろうか?
「ようこそいらっしゃいました」
其処に居たのは、濃紺の和服を着た威厳の有る老婆が正座をして待っていた。奥の上客の席で。
挨拶で聞いた話では名前は「木戸 お志摩」、今のグループ総帥だ。
――さっきの挨拶で一度出会ってるけど、雰囲気からして一筋縄ではいかず半ば妖怪化してそうな感じだ。 まあ亜由美とレナの祖母だから、さもありなんだろうけど。
「祖母上、約束通りどおり戻って参りました」
茶室に通されたあゆみは、普段は見せない慇懃な態度で膝をつくと正座をし、一礼。
コレは、猫かぶりだな……。
「よろしくお願いします」
オレも彼女に習い、隣りにちょこんと座り、一礼する。
「「失礼します」」
次に入ってきたのは、赤髪の少女と、ともう一人の青髪の美少女……、
ーーと見間違えるほどの美形の男。
先ほど挨拶した、レナとつばさだ。
「祖母上様、わたくしも約束通りどおり戻って参りましたわ。」
「よろしくお願いします、お志摩さま」
レナ達も間を空けずに同じように慇懃な態度で膝をついた。
右も左もネコだらけだ。
もっとも、化け猫だらけだろうけど。
「ほぅ……。
こんどはお互い本物のようですね。」
お志摩の舐めるような言葉と視線が自分たちに絡み付いてゆく、
この人から見られているな。
部屋の空気が重い。
つまり、部屋に入った瞬間から、レースはもう始まってる、と言うことだ。
お互い相手が居るなら、後は、相手次第。
自分がこの家に相応しい相手である事を、見せなくてはいけないと言う事だ。
今の状況では、レナ達が総帥好みの格好をして現れた分だけ、ほんの少しだけ有利かもしれない。
レナは自分達が有利と言うことは判ってるのだろう、口角をわずかに上げ、シニカルな笑いこちらに向けると、畳みかけるように仕掛けてきた。
「つばさ、叔母上にお茶でも立てて差し上げなさい」
「はい、レナ様。 お志摩様、つたない作法ですが失礼します……」
つばさは、レナに促され、一礼する。
そして流れるような作法で、茶道具の前までにじり寄ると、お茶を立て始め、志摩に茶碗をさしだした。
噂どおり、相当躾けられているようだ。
「結構なお手前で……」
茶器を受け取ったお志摩の目が光る。
コイツ、出来る……。
下手な女子より女子力が高い。
このままじゃ 負ける。
茶の作法なんて知る由も無い。
茶なんて、マグカップで昼に飲むくらいだから。
「……」
レナは口角を軽くゆがめイヤらしい笑みを浮かべている。
自分の勝ちを確信しているようだ。
「……」
亜由美の方を振り向くと、彼女は一筋の汗を額に流していた。
まさか、この娘がここまで出来るとは思わず、ヤバイ感じなのだろう。
だけど、茶室はダミー。
一筋縄じゃいかない本当のババアの狙いは……。
「これを貸してもらうよ」
オレは、唐突にそう言うと隅に歩み寄り、床にころがっていた犬の首輪を自分の首につけ、
「これをもって立ち上がって下さい」、と言うとリードを亜由美に手渡し、彼女を立ち上がらせた。
「貴様は一体……何をするつもりだ?」
レナがイヤらしい笑みを浮かべ、翼が虚ろな表情のまま、なに一つ変えないそばで、亜由美は何をするのかわからない様で、目じりをひくつかせ怪訝な表情を浮かべる。
「わがままなこのボクを、あゆみ様の赤ちゃんを産ませる機械に、調教してください。
本当のおす奴隷になりたいです」
オレはできるだけ可愛くそう言うと、彼女の足の甲にキスをする。
促されれるのではなく、自分の意思で、この娘に完全服従する。
これが答えだろう。
先程、フロアで聞いた話では、一代前の旦那は嫁の命令をそのまま聞くだけのマリオネットで、亜由美の母親が 確実に間違った、一株1円で、1000万株売り出すと言う株取引の命令を奴隷(旦那)がそのまま実行し、揚げ句大損失を出して、コレデ家が潰れかけたらしいから。
だから今回は、当主として有望な(性格を除いて)亜由美やレナに逆らわず、女装もものともせず犬のように従順に従い、飼われる子を探してくる事が真の狙い。
でも、コイツみたいに命令をそのまま聞くだけのゴーレムではダメなのだ。 間違った主人の命令の時は、盲導犬のようにちゃんと考えてご主人様を護るために命令も聞かないようにしないと。
そんな犬ならぬネコを見つけてきて、木戸家を存続させる。
これがお志摩の本当の望みの筈。
「!? 」
亜由美は一瞬、何が起きたか判らない様子で呆然としていたが、直ぐに我に帰ると顔を真っ赤にしながら、手に持ったリードを引き、オレを立ち上がせる。
「良い返事だ」
オレのその言葉を聞いた瞬間、彼女の顔は、今まで見たこともないほど紅潮し、そして、今まで聞いたことも無いような、嬉しそうな声で、
「これから、じっくり可愛がってやるから覚悟しておけ」という言葉に、
「ありがとうございます。これからよろしくお願いします。お嬢さま……」
とオレが応えると、彼女はうっとりとした瞳で、オレを見つめてきた。
どうやら、彼女にとっては正解だったようだ。
総帥の方も、これで良かったんだよね?
「その通り、見事です」
オレが散歩中の犬のようなポーズでいると、総帥の優しい声色が聞えた。
「亜由美は我が心を読んで、よくこのような者を見つけてきましたね。
これで、私も安心して逝ける」
ちらり総帥をみると、オレの姿を見て、初めて表情を緩めていた。
「私ももう年です、この席は、今度から亜由美が座りなさい」
お志摩は上座をゆずるとあゆみを座らせた。
その様子を可愛い顔をゆがめ、阿修羅のような表情でハンケチをかじりながら、忌々しそうにみつめるレナ。
これで決着だろう。
当主の発言は神の一言。
ごたごたは少しはあるけど、 亜由美で次の当主は決まり家の危機は去ったわけだ。
ーーお年寄りをだます様で心がイタイけど、みんなの生活には変えらない。
これで万事解決だろう。
レナは、その様子をハンケチを食いちぎりそうな表情で見つめていた。
「行くわよ、つばさ!
今夜はあなたをジックリ可愛がって再教育してあげるわ。
ーー火山みたいに穴から火を噴き、煙が出るくらいジックリとオールナイトでね」
「……お願いします、ご主人様。 今夜も一杯、ムチやロウソクとかのオモチャをいっぱい使って可愛がってくださいね」」
「壊れるまで、遊んであげるわよ!」
怜菜は忌々しそうに捨て台詞を吐くと、恥ずかしそうに、けれど嬉しそうな顔をする翼の手を引きながら茶室を後にする。
二人の会話から行くと、あの子の今夜は凄い事になりそうだけど、本人が嬉しそうならそれは其れで大団円だろうね。
本人の意思が最優先だしね。
ま、とりあえずこちらは一件落着だろう。
「すこし外の空気を吸ってくるよ」
茶室から少し外にでて伸びをする。
「ママ~、あの人はパパと一緒なの?
男の人なのに、ママと同じような服を着ているよ」
見てみると銀髪の小さな子供は、オレの服の下の隙間から見上げていた、
そりゃ、下から見たら、自分が男なのは一発だよな…。
「今はいろんな人がいる時代だから、そんな事を言ってはだめよ」
「……は~い」
「 さあ行くわよ」
銀髪の女性は子供の教育に悪いと思ったのか、小さな子供の手を引いてそそくさと逃げ出した。
その光景を庭園の生垣の外から見ていたぼろぼろの娘は、オレと遠くに居るつばさを交互にみて、目をこれでもかと言うほど見開き、男の娘二人と言う事態を掴んだのか、フッと表情をゆるめると、まだ自分の方がマシじゃん、と言わんばっかりの汚い物を見るような表情を浮かべ、フンっ、と 自分達から顔をそむけるだけ背けると、胸を張り颯爽と去っていった。
凄まじい屈辱感が沸き上がってくる。
殆んどさらし者状態だ……。
尊厳もなにもなくなり、泣きたい状況とは、このことだろう。
でも、これでこの家の危機は去り、自分も解放される筈。
「……ご苦労だったな、貴様はよくやってくれた」
オレを追ってきた亜由美は傲慢不遜な態度で、外し忘れていたオレの首輪を外して、ねぎらいとお褒めの言葉をかけてくれた。
そして、寂しそうな表情をうかべながら、ポケットから一枚のチケットを差し出し、苦しそうに言葉を継いだ。
「これが例の約束の物だ」
「約束のもの?」
「えっ?ではない、貴様は約束を忘れたのか?
終わったあとに渡す報酬――木戸グループが経営する高級風俗店のプラチナチケットだ。
カネなら心配するな此方が店に話を通しておく。好きなだけ楽しんで来るがいい」
そういえば、そんな事を言っていたような……。
「――そんな事を言っていたよね」
彼女の唐突な言葉にオレは頭をぽりぽり。
恥ずかしさを隠すためである。
色々有って完全に忘れてたよ。
「まったく貴様と言うヤツは……。
これを使えば、貴様の望むものを手に入れられるだろう」
「オレの望み?」
「ああ。 店には、私なぞ足元に及ばないアイドルも凌ぐ可愛い系の美女がよりどりみどり揃っていて、お前が好きなだけ抱ける、所謂ハーレムと言うものだ。
――それが、貴様の望んでいたものだろう」
「……」
オレは漆黒に銀文字で「プチメゾン」と言う店名が書かれた封筒をじっと凝視する。
このチケットを使えば、高級風俗店で可愛い女の子を好きなだけ抱けて、自分の望みはいとも簡単にかなう筈……。
酒池肉林。
自分が夢にまで見た、否。
夢に見た以上のパラダイスだろう。
――でも……。
「……どうした、受け取らないのか?」
顔をあげると、亜由美はイケメンに今まで見せた事もない寂しそうな表情をしていた。
「オレはこれで良いとして。
……そっちはどうするの?」
「……貴様に私自身の心配される筋合いは無い。
ーー自分の相手は、此方が何とでもする。 仕事に身を捧げ、生涯ひとりでも構わないつもりだからな……。」
消え入りそうな声を出し、悲しそうな表情をうかべる彼女。
ーーその姿はすごく寂しそうで、オレはこの人を ずっと守りたいと思った。
その表情に自分の心が固まってゆく。
――自分の本当の望みは……。
「……そんな物はいらないよ」
オレはそう言うと、チケットを破り捨て、犬の首輪を再び自分の首につけると、リードを亜由美に手渡し、服従のしるしに彼女のクツの甲にキスをする。
「わがままなこのボクを、亜由美様の本当のおす奴隷に調教して下さい」
気が付けば、自然と体が口が動いていた。
――これがボクの本当の望みだと気づいたからだ。
「なるほど。
それがお前の本当の望みか……」
彼女はボクの表情をみて、身の毛がよだつほどの凶悪な、けれど嬉しそうな表情をうかべ、
「――大魔王からはにげられない、と言うのは貴様は知らなかったのか?
ならば、じっくり、じっくりと貴様が望むように調教してやるから覚悟しておけ」、というと、リードを引き、乱暴に自分を立ち上がらせるとあごを持ち上げ強引にクチビルをうばった。
「!!」
ペットのような扱い、だった。
けれど、自分は小さく、けれど、確かに、嬉しそうに笑みを浮かべながら「ご主人様ありがとうございます」、と言霊をはいていた。
これでもう、自分の全ての望みがかなったのだから。
了
これにて完結です。