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01.お嬢さんの契約彼氏

【雇用契約書】

契約期間:2022年6月11日〜2022年12月10日

就業時間:毎週土曜日(※都合により変更あり) 8時間限度 雇用主が定めるシフトによる

報酬:基本給3000円/時間

交通費:実費支給

従事すべき業務内容:御陵(みささぎ)雛乃(ひなの)の恋人


本契約書に記されていない事項は、甲乙協議の上、定めるものとする。




 手渡されたA4サイズの契約書を端から端までしっかり確認した山科(やましな)俊介(しゅんすけ)は、ふむと頷いて万年筆を手に取った。普段自分が使っている百均のボールペンとは違う、高級感のある手触りだ。


「いかがでしょうか?」


 背筋をピンと伸ばした美女――御陵雛乃が、艶やかなロングヘアを揺らして首を傾げた。Tシャツにデニム姿の俊介は高級ホテルのラウンジで浮きまくっているが、濃紺のセットアップを着た彼女はこの場に違和感なく溶け込んでいる。


「破格の条件ですね。文句ないですよ」

「承諾いただけるようであれば、こちらにサインをお願いします」

「ちなみに、デート代なんかはお嬢さんに負担してもらえるんですかね?」

「報酬とは別に、デートに係る食事代や交通費は経費として請求いただいて構いません。摘要を書いて領収書を提出してください」

「はいお嬢さん。ホテル代は経費で落ちますか?」

「……落ちますが、性交渉は契約内容に含まれていません」

「じゃあキスは?」

「…………」

「そんなマジメな顔して考え込まなくても、冗談すよ。きっちり給料分だけ働かせてもらいます」

「か、からかったのですか?」


 些細な軽口にも真剣に考え込む雛乃がおかしくて、俊介は思わず吹き出した。彼女は頰を染めて、ややムッとしたような表情を浮かべる。意外と可愛らしいお嬢さんだ。


「契約の期間は、半年間でいいんですね?」

「ええ。年が明けると、私は正式に婚約することとなりますから」

「……もしそれまでに、お嬢さんに他に好きな人ができたらどうするんです?」

「場合によっては、契約を途中で解除することも検討します。もちろんあなたに好きな人ができた際も、遠慮なく仰ってください」

「はいはい」


 そう答えながら、おそらくそれは余計な心配だな、と俊介は考える。こんな美味しいアルバイトをふいにして、一銭にもならない恋愛をしようとは思わない。

 それより雛乃の方から、契約の解除を言い渡される可能性は充分にあるだろう。最初は物珍しいのだろうが、彼女は直に俊介に飽きるかもしれない。


(……まあお嬢様が飽きるまで、せいぜい稼がせてもらいますか)


 俊介は万年筆を走らせ、契約書に署名をする。雛乃に「はい」と手渡すと、彼女は顔色ひとつ変えずそれを一瞥した。


「たしかに確認しました。では、これにて契約締結ということで」

「ビジネスライクですね。こちらも望むところですけど」

「基本的なやりとりはメールで行いましょう。週末のデートについては、プレゼン資料を明後日までに提出してください」

「げ。それも俺が考えるんですか?」

「当たり前です。あなたは私の恋人でしょう。支払った報酬の分だけ、私を楽しませてくださいね」


 雛乃は眉ひとつ動かさず、しれっと言ってのけた。せっかく可愛い顔をしてるんだから、もうちょっとマシな言い方できないもんかね、と内心毒づいてみる。

 しかし今の俊介に、御陵雛乃に逆らうという選択肢はない。なにせ彼女は、自分の雇用主(こいびと)なのだから。

 俊介は片手を胸元に当てると、わざとらしいぐらいに丁寧なお辞儀をしてみせた。


 


「……承知しました、お嬢さん」

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