第5話 恋心、それに近しい何か。
妹とか家族の話とかはおいおい書いていけたらなとは思っているんですが、如何せんこの人達の話を片付けないと…となると必然的に登場は減るわけです。すみません。
────数年後。
卒業した。
正確には中学ではなく高校、だ。
あの告白を機に、俺の周りからは友達がほとんど消え、春と凛ちゃん、あとは一部の男友達だけとなった。女の子は凛ちゃんを除く全員、ちーちゃんの味方だと言い僕から距離を置いた。
後悔はしてないし、高校は友達0からだったので全く問題ない。
春からは死ぬほど怒られたし、凛ちゃんは何言われたか覚えてないけど、失望したとだけ言われたのは覚えている。あの時何も言わなかったくせに。失望?俺は自分の考えを主張しただけなのに。
その後、クラスの中は最悪な状況な中で部活で茶道部の先輩方とだけは楽しくできた。あの人たちは噂に左右されないと言い僕の味方をしてくれた。何か思うところがあったのかもしれない。
無事に卒業した彼女らは今でもLINEで通じている。1人で部活を続けることが困難になり廃部になったこと、俳優学校に行ったこと、ちーちゃんとはほぼ絶縁状態だったけど仲直りはできたがまだ気まずいこと、もはや人生のほぼ全ては知られている。
高校のメンツとは仲良くなっているが、彼女はできなかった。
恋愛をすることで俳優としての心が揺らいでしまう恐れがあるとして、女子とはほとんど授業が別になり、実習の演技がある時だけ同じだった。中学のおかげで酷く色白くなり、髪もそこそこ伸ばしていたせいで傍から見れば、幸薄なイケメンと評され卒業式では第二ボタンを1クラス分の女子で取り合っていた。勝ち取った女子は家宝にすると言っていたが、苦笑いですました。そんなに俺はかっこいい生き物じゃないと口を挟みそうになるのを堪えながら。
最悪だった中学とは違い、高校で楽しかったのだ。
高校二年生で、親のコネではあるがオーディションを受けさせてもらい、実際にモデルとして活動し始めており、その影響もあって少しだけテレビに出たりもできた。少しは俳優業界にも俺の顔が行き渡っただろう高校3年、皆がオーディションを受ける中大手事務所にスカウトされた。
こんなに上手くいくなんて、余程のことがない限りないのだ。楽しめばいいんだ。
なのになんでこんなに空虚なんだろうな。
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高校を卒業した。
あいつもどこかで俳優の高校を卒業している時期だろう。
中学の卒業式、春くんに告白されてから今までずっと付き合っているが、春くんから彼が千紘と本当の意味で仲直りしたと言う報告は聞かない。まだ拗れているのだろうか。
彼は高校進学と同時に一人暮らし?というか寮生活を始め、中学で別れた幼なじみが帰ってきたというのに幼なじみ5人組が揃わなかった。
帰ってきた彼は市野楽夏。彼が春くんとバカ三人組としてよく遊んでいて、幼稚園からの仲だ。恐らく一番仲が良かったんじゃなかろうか。楽夏くんの悲しそうな声と、なんでいないんだとその場で電話をかけた時、彼のごめんねという悲痛そうな声を思い出す。分かっていたのだ。振ったあの瞬間から。全て。
私は後悔していた。あの時千紘に伝えられればと。
しかし、心底嬉しそうに跳ねるあの子に、応える気がない彼の本心を伝えられるほど私の心は分厚くなかった。頑張ってねとだけ伝え、トイレで泣いた。分かっていた。あの子が振られて泣くことだって、彼が歯を食いしばって伝えてくれたあの瞬間に立ち会っていたんだから、全部分かっていた。なのに、私は目の前で喜ぶあの子を傷つけることを恐れた。それがより傷つけることを知らずに。
その上私は、彼が実は受けてくれるのではと若干の期待すらしていた。俳優学校に行っても隠れて付き合っている人がいるとたまに聞くくらいだ、この男なら平気だろうと。しかし、現実はそう上手くいかず、結果事前に話してくれた通り振った彼に八つ当たりの形で言葉すら投げた。何も知らない人を装って。その擬態の、自分の愚かさにまた泣いた。あまりにも度し難い罪だ。こんなの許されるはずがない。
私は表面上いつも通り接しているが家に帰りいつも泣いていた。
陸矢くんがどれほどの気持ちで吐露してくれたのか汲み取ることすら介さず、あの結果を知った春くんも泣き、そして激怒したのだ。どうしてと。
私は蝶よ花よと美しくなる千紘をまえに、未だ伝えられずにいる。
千紘は今も忘れずにいるのだろうか。
彼氏との出来事を嬉しそう語る笑顔の彼女はどこかぎこちなかった。
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高校を卒業した。
高校では彼氏もでき、大方事前に少女漫画で膨らませていた妄想は全てこなせた気がする。嬉しいことに、彼氏はかなりのイケメンで、学校での評判はとてもいい。どこかの幼なじみとは違い、きちんと私を振り向かせるために全力だった彼に惹かれ告白を受けた。
部活も彼氏の入っていたところでマネージャーもしていたため一緒に帰ることができ、学校での放課後は幼なじみを除くほとんどの時間を彼と過ごしたと思う。
花のように咲く私の笑顔と彼は表現豊かに褒めちぎってくれる。
やっぱり心のどこかで陸矢のことを引きづっているのかもしれない。彼氏が出来てからもそう思う。決して心が離れたという訳では無いから浮気には値しないし、未練があるとは言わない。
ただ何の気なしに思い浮かぶ情景が懐かしいだけだ。
最後に会話したのはいつだろうか。告白を振られたことに意地を張ってギクシャクしていたことが嫌で仕方なかった時に謝った時だろうか。あれ以降も会話しようとしたが、実は嫌われていたという確信のない不安が頭によぎることで足がすくみ、進めないでいた。
あんなに仲が良かったのに振られたのは何故だろうか、そんなに嫌なことをしてしまったのか、色々問いつめたが答えはずっとごめんと言えないだった。今でこそ俳優学校の事情を知り、少し水に流したが当時はわけも分からず当たり散らしていた。なんで仲良くしてたのとか嫌いなら近づかないでとか、酷い有様だ。今なら目も当てられない取り乱しっぷりだった。振られてしまった後でさえ言いすぎたのではと反省するくらいには言っていた…と思う。
あの後どうにかして持ち直し、3日ほど休んだところで復帰したら陸矢は教室の隅になっていた。真ん中くらいで私の近くだったのに。『彼だけ』席が変わっていた。ただ移動しただけのようだが、クラスの子たちは彼をいないものとして扱っていたのだ。一部違ったようだが。
私は今笑えているだろうか。彼との軋轢を乗り越えられているだろうか。幸い彼氏にはこの心の歪さは伝わっていないようでよかった。余計な心配はかけたくない。凛ちゃんはこの心を知っているのだろうか。誰にだって知られたくないこの心の呪縛はいつになったら解放されるのだろうか。
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高校の終わりを迎えた。
陸矢が千紘を振った中学1年を終え、その後凛と付き合えた俺は中学の終わりを迎えた後、高校でも絶頂で楽しんでいた。
何故か親の転勤が事前に国内って言われていたにも関わらず、国外に急に変わってしまい、中学では離れ離れになってしまった楽夏が戻り、感動の再会も果たした。陸矢は離れてしまったが、今でも連絡はとっている。たまに元気にしてるか飯を兼ねて近況報告会も行っている。中学を卒業して最初にあった時、順調そうな彼の瞳は、千紘を振り自分を限界まで蔑み、とても快活だったと言われても信じられないようになってしまったあの時から1ミリも変わっていなくて、俺はなんて言葉をかけたらいいのか分からなかった。
楽夏は事情は知らずとも何かあったのだろうと触れなかった。本当に良い奴だ。
当時俺は、心無い言葉を、傷ついた陸矢に投げた。
力の限り叫んで、唾が尋常じゃないくらい飛んで、それでも叫んだ。それこそ、喉が涸れたのかと思うくらいに。その時陸矢は、泣くのを堪えながら、唇を噛み締める力が強すぎたのか血を流し、俺の言葉に必死に頷いていた。理由こそ聞けなかったが、何かあるに違いないと思った俺は、一緒に泣いた。あんなに仲が良かった2人が付き合わない選択肢はほぼないと思って高を括っていたが、人間そう上手くいかないらしい。
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市野楽夏、らいかと必ず初見で呼ばれない上、本人はそこまで夏が好きじゃないジレンマを抱えながら暮らす男だ。
小学校までずっと仲良かった幼なじみは親の転勤から戻ると昔の快活さは嘘のように消え、今にもいなくなってしまいそうなほど薄く儚い存在になってしまっていた。
会う度に懺悔し、後悔をしている彼は1番の親友で大好きな幼なじみだ。だから千紘のことは絶対に触れないし、触れさせない。
ただ、陸矢と千紘がいつまでも仲違いしてるままなのは幼なじみとしても放っておけないからいずれきちんと仲直りして欲しいとは思っている。
いつの間にか凛ちゃんと付き合っている春は優しいと言ってくれたが、こいつは俳優学校に行く陸矢の覚悟を本当に知っているのかと疑いかけた。もはや狂気だ。
中学であった出来事を掻い摘んで聞くと、俳優学校に行くからと伝えらてはいたものの、凛ちゃんや春、千紘と3人ともそこまで興味はなかったらしい。だから千紘の告白も当然受けると思っていたし、受けられないと知っていた凛ちゃんもなにかの拍子で受けてくれたりするのではないかという期待すら抱いていたらしい。
親同士の仲が良く、すぐに情報が入ってくるから幼なじみの行く学校はなるべく帰ってからも遊びに行けるようにと事前に調べていたのだが、俳優学校だけ勝手が違っていた。もしかしたら陸矢の通う学校だけなのかもしれない。ただ基本的に恋愛禁止、バイト禁止(事務所所属で給金を受け取ることが可能な際は、別個申請の後正式にバイトではないとされるが、基本的に未申請はバイト扱いになり校則違反になる。)やほぼ男子校、女子校なみの分断など上げればキリのないくらい現代とは思えぬ徹底ぶりである。陸矢が千紘を振るのも無理もなく、基本的に全寮制で例外もほぼ認められないそうだ。認可時間外での外出、不用意な異性交遊も厳罰対象。
述べた通り、深刻なまでに彼女など作ろうものならというレベルだ。これを伝え、千紘に我慢させるのも可哀想と思った優しさからなのか彼は振ったのだろう。華の高校生活を俳優学校に通う全寮制の牢獄に彼氏がいる状態で過ごさせるのはもはや苦行と何ら変わらない。俺でも振る。
苦悩の結果を罵倒したり疎んだりすることが本当に正しい選択だったのか迷ってほしかった。なぜそうなったのか問題解決に勤しむべきだったのではないかと当時渦中に入ることが出来なかったことで悔しさと虚しさで胸がいっぱいになる。
無力な俺が今できるのはアフターケア。陸矢のそばにいて俺たちが傷を払拭させて千紘ともう一度仲良くなってもらうことだ。陸矢には申し訳ないが、千紘と何度か話す機会を設ける必要があるのかもしれない。
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「ちーちゃん、ごめん。君と付き合うことは出来ないんだ。今付き合ったら全てが無駄になってしまう。」
「な、なん…で?き、嫌いじゃないんだよね?無駄…?どういうこと?」
「言った通りなんだ。俳優学校に行く僕には何もしてあげられない。」
「で、でも隠れて───」
「それじゃダメなんだよ!!!僕が行く俳優学校は、少し特殊で、何もかも制限されて学校外に出るだけでも準備に2ヶ月はかかるんだ!!僕に付き合うだけ無駄なんだ。ちーちゃんには幸せになってほしい。三学期半ばで手続きを始めないと入寮に間に合わないほどシビアなんだよ、ちーちゃん。」
この会話を何度フラッシュバックさせているのか、何が原因で僕が『俺』になったのか、もう擦り切った心を動かしながら考える。
どうしても付き合おうとするから振る時は絶対突き放すと決めていたし、さすがにキツすぎるくらいまで言わないとダメな気がした。どう転んでもダメだったわけだが。
この直後、なんでとあまりのショックで発狂し始めてしまったちーちゃんを収め、一旦凛ちゃんに預けた後担任には席の移動を伝えた。苦しめたくはなかった。
こうして中学を無理やりにでも終わらせる夢を、俺はいつまで見続けるつもりなんだろうか。
「卒業したし、俺らで集まらねぇかっと…送信。」
春、楽夏と俺が参加するグループレインに送る。
春『いいね。旅行は全部モデルさんが持ってくれるなら考える。』
楽夏『それは賛成。あといつものファミレスで打ち上げ待ってるぜ。早く来いよ。』
「バカ、奢るわけないだろ…。」
小さくボヤきながらまだ少し肌寒い春の心地よい日差しの中で、見覚えのあるというか、もはや見覚えどころじゃない人物が前方に見えた。気のせいだと、心が張り裂けるほどの心音を聞かせないよう急いで駆け抜けようとすると、
「待って。話があるの。」
その人物は俺に向かってゆっくりと話しかける。
肩まで伸びた髪は、俺に似た髪色とよく揶揄された。
大きく開いた目は青空の綺麗な水色。俺の好みを完璧に抑えた幼なじみ、大崎千紘だった。
寒いので体を冷やさないように、風邪を引かないよう気をつけましょう(3敗)