短時間だけ働きます
「まったく……」
階段を上がっていくダグさんを見て、ミサキさんはつぶやく。
「気さくな人でよすね、ダグさん」
「やることやってくれた上で、出かけるのなら良いんだけどね」
ミサキさんはため息交じりに話すと、あたらめて僕を見る。
「さて、お仕事の話をするよ。わかってることでもあえて伝えるからね」
急に真剣な面持ちになり、小箱を取り出すと僕の前に置く。
「誰かの力が必要と思ったら機械のボタン押してね。すぐに誰か向かうから」
「わかりました」
ミサキさんから小箱を受け取る。中身を確認する。
身分証やストラップ、ボタンなどが入っていた。
(毎回、同じこと言うよね……耳にタコができるよ)
大事なことと自分に言い聞かせ、身分証をカードケースに入れていく。
そのケースをストラップにつけ、首からぶら下げる。
「みんなも来始めたし、行ってきますね」
ほかのバイトの子たちもやってきたためミサキさんに挨拶して、外に向かう。
犬と散歩中の人とすれ違う。ふと電柱を見ると、探し猫の張り紙が貼ってあった。
車のバックライトが片方切れて、警察に切符を切られた人も見かける。
(今日は公園周辺か)
パトロール先は商店街や公園、図書館、駅前、森の遊歩道など、町を見回る。
とは言っても、夜勤者が作業を始めるまでの時間で回れる場所は一つか二つ。
もっと魔法を使える人がいたら二人一組にすると、とダグさんは言っていた。
「アーニー君、バイト?頑張ってね」
「魔法を悪いことに使うなよー」
「わかっているって。そっちも頑張ってね」
すれ違う友人たちと言葉を交わす。
魔法で罪を犯す人はいる。一人が悪ことをしたから全員が悪いと言う人もいる。
「全体を見て動け、だっけか。慣用句で言うと『木を見て森を見ろ』だったかな」
どこか違う気がする。いつどこで誰に教わったかを思い出す。
誰からだったか記憶を遡り思い出しつつ歩いていると、道端に靄があった。
魔が差すという言葉をご存じだろうか。
魔に魅入られるという言葉もある。
それが今僕の目の前にある。靄みたいなものが道端にぼんやりと漂う。
『魔』と呼ばれているそれは、魔法が普及した後に出現したと教わっている。
これをなんとかできるのは、魔法使いだけ、とも。
「さて、払おうか」
なんでもかんでも払うのはどうかとは思うが、仕事と割り切る。仕方あるまい。
僕は家から持ってきた袋状の荷物から、道具を取り出す。
父さんの形見で、魔法に必要な道具。それは一振りの刀。
(本当は杖や指輪だけど、日本好きの父さんはで特別に作ってもらったんだっけ)
在りし日を振り返る。
(僕も父さんと一緒に刀を振るうって約束したんだっけ。指切りの歌まで歌って)
感傷にふけってしまった。今は仕事、仕事に集中、集中と僕は気合を入れる。
――風よ、集いて打ち祓え
「空気の槌」
魔法で魔を打ち払う。うっすらと、魔は消えていく。




