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新たな一歩を踏み出して

 隣を見ると、おとねちゃんがきょとんしていた。

「ちょ、ちょっと待ってくださいね。今かみ砕いて説明し――」

「大丈夫よ」

 お母さんはボクとおとねちゃんに、体を向ける。

「お父さんは『みんなが魔法を使える世界』を目指して頑張っていたんだって」

 おとねちゃんが正気に戻る。

「で『みんなが魔法を使える世界』ができるまで、それは内緒にしておきたいの」

「えー、なんでー?」

「みんなが魔法を使える日になるまで待ってね。内緒の約束をもし破ったら――」

 一呼吸入れるお母さんを、おとねちゃんは固唾(かたず)を呑む。


「しばらくおやつ抜き」

 絶句するおとねちゃん。この世の終わりみたいな顔を見て、ボクは苦笑する。

「言っとくけど、アニーちゃんもだからね」

「ボクも?」

 なぜかこっちにも火が飛んできた。

「そうよ。どちらかが話したら、二人ともしばらくおやつ抜き。良いわね」

「わかった。絶対内緒にする!。絶対だよ、アニーちゃん!」

「うん。わかっ――」

 真剣な目で見つめ、手を握って体を揺らすおとねちゃんにボクは何度も頷いた。


 おとねちゃんが手を放す。手はそのまま下に向かい、ポケットをかすめる。

「あれ?何かある」

 板がポケットに入っていた。トランプのカードみたいな大きさの板が。

「それ、私のだ。昨日この家に来た時に落としちゃったのね」

 ミサキさんがボクに話しかけてきた。

「ありがとうアニーちゃん。拾ってくれて」

「どういたしまして」

 どうにもまだ頭の中がぼんやりするボクは、板をミサキさんに返す。

「これは大事なものでね。研究に必要なんだ」

 ミサキさんはカバンを机の上に置き、ファスナー開け、中に入れる。

 ファスナーについたストラップが揺れる。何か動物がついている。


「これってなんの動物?」

 ボクはミサキさんに質問すると、ミサキさんは頭を撫でて教えてくれた。

「これは竜って生き物よ」

 ミサキさんが見せてくれたストラップを手に取る。

 ぼんやりした感じが少しずつ晴れていく。

 ミサキさんの説明が続く中、おとねちゃんも見たそうにしていたので、譲る。


「竜は辰。つまり、『たつ』。転じて立つ、断つ、発つ」

 おとねちゃんが珍しそうにストラップを手に取って眺めている。

「つまり未練や迷いを断ち、今いる場所を発ち、新しい場所に旅立つための……」

 お母さんがジト目でミサキさんを見る。

「言葉には魂が宿るから大切に扱ってってこと。ほら、そろそろ保育園行こっか」

 お母さんはそう言ってボクとおとねちゃんの手を取る。

「お母さんもミサキちゃんとお仕事あるからね」

「そもそも駄洒落(だじゃれ)は高度な言葉遊びで、例えば『逢いたい』は『あ痛い』に――」

 ミサキ()()()()()の言葉を背に、玄関を出る。

 家の外には、ボクの髪と同じ色のタンポポが咲いている。

 その綿毛が風に運ばれていく様を、ボクは空と同じ青い瞳で見つめていた。


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