だから僕はオレンジジュースをゆっくり飲むんだ。
両親に疎まれ、友達もいない。誰かさんのせいで女の子に逃げる気もしない。
ティーンネージャーのガラスの心はゴミ箱逝き寸前だ。
住む所と食べることとお金には不自由しない。だって僕はボンボンだもの。
その上、次男坊だからいてもいなくてもおんなじみたい。
僕は愛に餓えている。
だけど拒絶されるのも失うのも怖いから、自分からなんにもできない。
だからね見てるだけ。 こっそり傍にいるだけ。
それ以上望まないから。
だからね許して下さい。
「綾、今日は何食うとや?」
見とれていた。カウンター越しでソースか何かを作っている、筋肉質な二の腕や肩や肩甲骨辺り。全部逞しくて、つい。
「あっ、えっと、とりあえずオレンジジュースください」
「おっけ〜。とりあえずオレンジジュースね〜。差し上げましょう。腹減ったら言えよ」
深めの手持ち鍋を回して、火を止める。
「特別にイイモン飲ませちゃる」
振り向いて、ニカッと笑う。
大きな唇。通った鼻筋。
意外に彫りが深い。
切れ長でちょっと垂れ目。細くないけど尖った顎とか、無精髭が似合うとか、太い首とか、だらしなさそうなのに、肩まで伸びた黒髪だけはキレイに後ろに撫でつけてチョンマゲしてるとことか、指は細くないけど長くて深爪で清潔感があるとか、接客業だからとか言ってノリがよくて馬鹿で優しすぎるとことか、全部すき。
「イイモンって?」
「俺の特製スペシャルジュース」
イエー! と顔をくしゃくしゃにして歯を見せる。
今、ヘンな想像してしまった。
ヘンな僕に気づかず彼は、オレンジが大量に入ったビニル袋を取り出した。
「生搾りオレンジジュースとかなかなかなくね?」
「いいんですか? そんな手間の掛かるもの」
「綾は不健康そうだから」
「すみません」
「なん謝りよる。イイ子やね〜。綾は」
そういいながら彼はオレンジを絞る。
「加東さんのおかげでニキロ増えましたよ」
「そうか? 見えねー」
「横に成長したらイヤだなぁ……」
「くふっ、くくくっ」
加東さんの吹き出し笑いは変だ。だけど、なんか可愛いのだからたまらない。
「綾が太ったら女の子泣くね」
「いいですよ別に」
「くふっ、くくくっ」
「僕が太ったら女の子は泣くけど、加東さんは笑うんですね」
「まるまる太らせて食うつもりだから」
「えッ!!? 加東さんデブ専なんですか」
「アホか!! お約束の冗談やろ!!」
カンッと小気味イイ音を立ててオレンジジュースが入ったグラスを僕の前に置く。
「僕も冗談ですよ」
グラスを持ってジュースを啜る。
生ジュースは余分な甘みがなくて濃くて美味しい。生きていた味がする。
「飯は食わんの?」
「あんまり食欲なくて」
「まぁ、夜中の三時やしな。なんか食ったか?」
「いいえ」
「そっか。お前痩せすぎやけんな。おっさん心配や」
「大丈夫ですよ」
「そろそろ店閉めるよ」
「あっ、はい。じゃあお会計」
「よかよ。オレンジ処分したかっただけやし」
距離が縮まることない。触りたいけど触れない。
何となく立ち寄ったこの店で、マスターの加東さんに一目惚れして1ヶ月。
店休日の日曜日を除いて一日置きに通っている。
「片づける間待っとききる?」
「僕は大丈夫ですよ」
九州から来たらしい加東さんの言葉使いは可愛い。一回りも年上の人に失礼だけど。見た目とのギャップにトキメいてしまう。
「家まで送っちゃあよ」
「えっ。いいんですか? 疲れてるんじゃないですか?」
「よかよか。俺に気い遣うな。お前はオレンジジュースを飲み干しとけ」
カウンターから出てきた加東さんは、いつもの笑顔で、僕の頭をくしゃくしゃに撫でてくれた。
初めてすきになったのは、優しすぎる男の人。
はつ恋というものは実らないものらしい。
そりゃ仕方ない。
でも、もう少しだけ長く傍に。
だから僕はオレンジジュースをゆっくり飲むんだ。