第6話 母と子
「はい。どうぞ。」
「うん。ありがとう。」
4人掛けのテーブルに着いていたエストの前に、紅茶を淹れたマグカップを置いたリュナは、エストの正面に座るともう1つ持っていたマグカップに口を付けた。
「うん。おいしい・・・・。」
「あちち・・。」
エストも口を付けたが、少し熱かったようだ。ふーっふーっと息を吹きかけている。
その様子を見て、微笑みながら紅茶を味わっていたリュナが口を開いた。
「さてと、じゃあお話しようか?」
「うん。」
「そもそも、エストはみんなと離れ離れになる事をどう思ってるの?」
「うーん。どう思ってるって言われても・・・まだ離れ離れになるって決まったわけじゃないし。それにまだ来年の事だから・・・何だかピンと来てなくて。」
「なるほどねー。」
「それに一生会えなくなるって訳じゃないし。」
「そうね。(この辺の考え方はホントあの人にそっくりなのよね。この子って。)ちなみに、カリンちゃんとクリード君の『寂しい』の理由が違うって分かってた?」
「え!?一緒なんじゃないの??」
「あははは!カリンちゃんとクリード君の理由は一緒じゃないよ。クリード君の寂しい理由はそのまんまだと思うけど。」
「そうなの??」
ぽかんと口を開け、首を傾けているエストの鼻先をリュナはチョンと突いた。
「それに気づくのはもう少し先かい?少年。」
うーーーん・・・と答えず腕を組み、そのまま首を傾げて唸っているエストを見て「くくっ」と笑うと話を続けた。
「まぁ、それは良いとして「寂しい」って思うことは、それだけみんなの事が「大好き」だっていう証拠よ。エストは急に明日からあたしと会えなくなるって言われたらどう??」
「嫌だ。めちゃくちゃ寂しい。」
「おー!即答は嬉しいね♪うん。あたしだって嫌だし、とっても寂しいって思うよ。だけど、みんなの事はそんなに「寂しい」って思わないの?みんなの事がそれほど好きじゃないって事なのかな??」
「え!?そんな事ないよ!?!?僕、みんなの事大好きだよ!」
「そうよね。一生懸命貯めていたお小遣いを全部使って、腕輪をプレゼントするくらいだものね。」
「そうだよ・・・・。」
リュナは立ち上がると、エストの隣に座ると少し拗ねた息子の頭を撫で始めた。
「ごめん、ごめん。ちょっと意地悪な言い回しだったね。あのね、エスト。さっきのあたしの例えのように、明日起きたら皆ともう会えないって想像してごらん。」
「うん。」
エストは素直に頷くと目を閉じた。
・・・・・・・・・
「うん・・想像してみたら、とても寂しくなった。」
しばらくしてパッと目を開いたエストは、顔を上げると震える声でそう言った。瞳は少し潤んでいた。
その様子を見ていたリュナは、落ち着いた佇まいで息子に頷き返していたが、内心は・・・
「何この子!?我が子ながら可愛い過ぎるわ!!!何なのこの素直さは!雰囲気ぶち壊してめっちゃくちゃ抱き締めてやりたい!!!それにしても・・この子純情過ぎるわーー。きっとイリーナちゃんやドゥーエ君の方がちょっと大人なんだろうなぁ。あーー、でもでも!この子にはもうちょっとこのままでいてもらいたいのよねぇ。いや、いつまでも子供っぽいっていうのもなー・・・・いや、でもでもーーー・・・・」
と、我が子の可愛さに悶絶&苦悩をしていた。
「母ちゃん??」
「あ・・ごほん。」
キョトンとした顔で見ているエストに気づいたリュナは、ごまかすように咳払いをして仕切り直した。
リュナが伝えたかった事はここからだった。
「良く聞いてね。」
エストは無言で頷いた。
「エストにとって洗礼はまだ来年の事・・・『まだ時間がある』って感じてたから、みんなと離れ離れになるっていう実感がまだ沸かなかったんだと思うわ。けど、カリンちゃんとクリード君はきっと『もう時間がない』って感じてたと思うの。エストの誕生日は11月15日だから、洗礼の儀式まで後1年と2か月くらいはある。じゃあ、クリード君はの誕生日は?」
「あ!!4月17日だ!!」
「カリンちゃんは7月だったわよね。」
「そうか・・洗礼の判定次第によっては、あと1年も一緒にいられるか分からないんだね・・。僕ってバカだなぁ。」
「バカじゃないよ。だって、あんたさっきちゃんと考えれたじゃない。」
「うん。ちゃんと想像して考えたら「寂しい」って思う気持ちが分かったよ。」
「相手の気持ちを考える事はとっても大切な事よ。そして、その事を考えられたなら、後は自然と出てくる自分の気持ちに従いなさい。」
「うん。分かった。」
「よし!じゃあ、ご飯にしよっか?」
「そう言えばお腹空いた・・・。うん!!!ありがとう、母ちゃん!!!」
ニコッと笑ったエストを見たリュナは、遠い目をしてボソボソと呟いた。
「いつまで『母ちゃん』って呼んでくれるのかなぁ。『お袋』って呼び出したら頬っぺた引っ叩いてしまいそう。」
****
夕食を食べ終えた後、食器洗いのお手伝いをするのがエストの日課だった。リュナが食器を洗い、それを拭いて棚に片づけるのがエストのお役目だった。手伝いを始めた頃のエストは、拭いた先から棚に戻していたが、最近は慣れたもので同じ種類の食器を重ねてから棚に戻すようになっていた。リュナはいつも「どんな仕事でも、考えながら仕事しなさい。」と教えていた。なので、効率よく食器を片付ける方法はエスト自身が考えた事だった。
「お疲れ様。ありがとね。」
先に洗い物を終えたリュナは椅子に座り本を読んでいた。最後の食器を棚に戻したエ声を掛けると、エストはトコトコやってきてリュナの隣に座った。
「ねぇ、母ちゃん。」
「ん?」
「母ちゃんは儀式の事どう思ってるの?」
本をパタンと閉じてエストに向き直ると、リュナは真面目な顔をして答え始めた。その目は少し吊り上がっていた。
リュナは基本ゆったりとした表情をしているが、怒ったり、真剣な時は目じりが吊り上がり、嬉しかったり、悲しいときは目じりが下がる表情が豊かな人物だった。
なので、今は真剣に答えてくれると判断したエストはしっかり耳を傾けたが
「あたしは嫌いだよ。」
と、予想外の答えが返ってきてエストはびっくりした。
「ええ!?」
「あれは、『判定』やら『助言』やら、上手い言葉でぼかしているけど、簡単に言えば『選別』以外の何物でもないよ。」
「選別??」
「そう。差別の元だよ。」
「え?でも、女神 イヴァは『みんな平等に』って言ってるんじゃないの?」
「言ってる事とやっている事が合ってないのよ。それがあたしは気に入らない。能力が高い者だけをイヴァリアに入れるって事自体がおかしくないかい?」
「うーーーーーーん。」
「能力が高い者だけが選ばれるとなると、選ばれた者は鼻が伸びたりしない?」
「あ!!」
「思い当たる事でもあった?」
「あった。」
「そう・・。あたしは人の意識が変わるのは、自分で変わろうと思った時に変わっていくのが自然な事だと思うけど、あの洗礼という名の選別は、強引に人の意識を変えてしまうような・・・そんな気がしてならないのよ。」
母親の言葉に戸惑ったエストであったが、眉間に皺を寄せているときの母は本気で苛苛している時の証だった。眉間の皺を見たエストは「ここまでかな?」と判断して話を終える事にした。
「そうなんだ・・。難しくてよく分からないけど、母ちゃんの思っている事は何となく分かったよ。」
「ん?・・・あ!ちょっとムキになってしまったね。ごめん。あと、今話した事は・・・。」
「内緒でしょ?」
「うん、お願いね。」
聞き分けの良い息子に満面の笑みを浮かべたリュナは、エストに向かって小指を差し出した。