第2話 3人の勇者の物語
旧アルスト王国には3人の勇者がいた。
「いた。」と言っても1人はまだ存命で『生ける伝説』と呼ばれている。
その3人の勇者の物語は今から15年前に遡る。
大陸の中央部に位置していた「旧アルスト王国」は今から約320年程前の建国時、王国の東側に位置する魔族の国「バスチェナ」と不可侵条約を結んだ。
それから15年前まで、何度か戦争が起こりそうな事態が幾度かあったようだが、何とかその均衡を保ったままでいた。
-王国歴305年―
「勇者アルスト」との死闘の後、長い眠りに就いていた「魔族の王 バスチェナ」が深い眠りから目を覚ますと、その長く続いた条約はあっけなく破られてしまった。バスチェナは王国に初代アルストのような強大な力を持つ者がいないと分かると、不可侵条約を破棄し王国に侵攻を始めたのだった。
だが、約300年前に比べれば人族の武器はかなり進化をしていた。初代勇者アルストによりもたらされた製鉄技術は精度を上げ、当時石弓や石槍だった武器は剣やクロスボウを経て、今や銃や大砲が主力となっていた。
さらに、魔法も研鑽してきた人族は、当時薪に火をくべるほどでしかなかった魔法を大きな魔物を瞬時に焼き尽せるほどにまで威力を上げていた。
魔族達の侵攻に戸惑った第13代アルスト王であったが、これまで初代アルスト王の教えを守り、魔法と武器を進化させ続け、訓練を怠らなかった王国騎士団の戦力に自信を持っていた。
そのため、魔族などすぐに制圧出来ると踏んでいた第13代アルスト王であったが、いざ魔族に打って出ると、その期待や予想は見事に裏切られ、敗走一方であった。
特に誤算だったのは、王国では失われた能力「スキル」を目覚めたバスチェナが使う事だった。バスチェナのスキル「時間停止(5秒間)」の前では、王国の騎士達は赤子同然だった。あっという間に蹂躙されていった。
第13代アルスト王は目の前の光景が信じられなかった。
「スキル」は自然に発現する事はなく、人族のみが『女神 イヴァ』より授かる事が出来る能力だと妄信していたからだった。
実際、アルストの能力は子供達には引き継がれなかったし、初代アルスト王の戦いを記録した書物にもアルストの「身体強化」は『女神 イヴァ』より授かった唯一のスキルで、魔族達が「スキル」を使用したという記述は一切無かった。
『女神 イヴァが人族を裏切り、バスチェナに「スキル」を授けたのか??』
その現状に第13代アルスト王はそう思わざるを得なかった。さらに狼狽えた王の指揮では勢いに乗った魔族の侵攻を止められるわけが無く、巨大な城壁は簡単に破られてしまった。
このまま王国は滅びてしまうのか・・・王が絶望したその時、伝説は蘇った。
聖女が女神に救いを求めると、再度人族の前に「人族の母神にして女神イヴァ」が降臨し、3人の勇者を別の世界より召喚したのだった。
喜んだ人族達であったが、第13代アルスト王は畏れながらも降臨した「女神 イヴァ」になぜ魔族に「スキル」を授けたのかを問うと、人族に人族の女神 イヴァがいるように魔族にも魔族の神が存在し、バスチェナにスキルを授けたのだと仰られた。
女神は裏切ってなどいなかった。
それを知った第13代王は戦う気力を取り戻した。
さらに女神はバスチェナのスキルに対抗するため、
勇者 ユウタ・カザマには「身体強化」を
勇者 タクミ・イノウエには「結界(境界)魔法」を
そして勇者 マサト・ソノザキには「重力操作」のスキルを授けた。
スキルを授かった勇者達は、時には協力し合い、時には対立しながらも魔族達を打ち破っていった。だが、3年にも及ぶ魔族との激しい戦いの末、勇者達の中で生き残ったのはユウタ・カザマだけだった。
ユウタ・カザマは魔族の王に止めを刺し、王国に平和をもたらした。『初代アルストの後継者』『真の勇者』と称えられ、共に戦った聖女と結婚して幸せに暮らしているらしい。
タクミ・イノウエは魔族の王 バスチェナとの最終決戦で、ユウタ・カザマを庇って死んだ。『誠の勇者』と呼ばれた彼は神都の中央にある広場に大きな銅像が建てられたと言われる。
そして『堕落の勇者』と呼ばれたマサト・ソノザキは、強大過ぎたその能力に溺れ、傲慢になり堕落した。好き勝手に行動するマサト・ソノザキに痺れを切らした第13代アルスト王は、王国から彼を追放するも、王と2人の勇者に逆怨みをした堕落の勇者は事もあろうことか魔族と手を組み王国に襲い掛かってきたのだった。
バスチェナとの最終決戦前にマサト・ソノザキと対峙したユウタ・カザマは、最後まで彼の説得を諦めなかったが、説得に応じず向かってくる彼をやむを得なく倒した。
その際に勇者 ユウタ・カザマが発した言葉が
「ざまぁ・・・。」
だった。
王国の騎士達は、初めて聞いたユウタ・カザマのその「言葉」を用いて『マサト・ソノザキはユウタ・カザマによって「ざまぁ」された。』と言うようになった。
その後、王国では『良くない行いをすると勇者に「ざまぁ」される。』という言葉が流行したのは余談だ。
魔族との戦争の後、『女神 イヴァ』は、この戦いを嘆き王国領に結界を張ると、二度とこのような戦争が起こらない事を願い、結界内を「イヴァリア(女神のいる場所)」と名付けた。
第13代アルスト王は『女神 イヴァ』に感謝し、国名を「アルスト王国」から「神国 イヴァリア」と改めた。
イヴァリアと共に、人族は新しい歴史を刻み始めた。
これが、3人の勇者の物語だ。
神国誕生と共に発表されたこの物語は、純粋に3人の勇者の活躍を楽しむ物語でもありながら、子供たちへの教訓にもなる物語であった。
ユウタ・カザマの『ざまぁ・・・。』のシーンもしっかり書き記されており、物語を子供に読み聞かせた親達が「マサトのように我儘ばかり言ってると、勇者に『ざまぁ』されちゃうよ。」と締めくくるのが「お決まり」のようなものになっていた。
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だけど、僕のお母さんはこの物語があまり好きじゃないみたいだった。
絵本にもなったこの物語を買ってほしいと、町の本屋でかなりしつこくねだったけど、絶対に買ってくれなかったんだ。本屋の床に寝転がり激しくせがんだら、置いて行かれたくらいだ。あの時のお母さんの顔は忘れられない・・・思い出すと身震いする。
しかし、僕には幼馴染のカリンがいた。カリンの家には勿論「3人の勇者」の物語があった。僕はカリンの家に遊びに行ってはその物語に夢中になった。
当然僕も他の子達と同じように勇者に憧れた。
「僕も勇者アリストやユウタ・カザマのような男になるんだ!!」
光り輝く太陽に握り拳を掲げて僕は誓った。