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 浴室には誰もおらず、入口の木戸を開けた時には中は真っ暗だった。灯りのランプはどこかと壁づたいに手を触れて中を進もうとすれば、急にぼんやりと辺りが明るくなったので、モリーナは思わず声をあげかけて口を押さえた。


 浴室の脱衣場全体がほんのりと明るく、やや薄暗いという印象のその場は、ランプのあるところどころか、部屋全体がしっかりと把握できた。

 しばらくするとその光が少しづつ陰りだしたので、もう一度壁に触れると、またほんのりと部屋全体が明るくなる。



「壁が光ってる……?」



 モリーナは何度もペチペチと壁に触れては離すのを繰り返した。

 触れたらこのように光るのに、1つだけ思い当たるものがあった。

 10歳の時に、村の教会で手に握らされたものーーー。


 その時、突如として入口の木戸を軽くノックする音がした。

 モリーナがビクリとして音の方向に視線を向けると、モリーナを案内してくれた女将が木戸を開けて顔をだした。



「ごめんよ。さっきここに入ったお客さんから、壊れかけた木桶があるって言われたのを思い出して回収しとこうと思ったんだ。邪魔しないようにすぐにーーー。」


「あ、あの!」


「ん?」



 少しばかり興奮していて女将の話をつい遮ってしまったけれど、女将はそんなモリーナの様子を気にすることなく、何かを話しかけようとするモリーナに耳を傾けてくれた。



「あ、の……壁が光ったから……驚いて。」



 モリーナのソワソワとした様子に女将は1度首を傾げたけれど、モリーナの言わんとすることを理解すると、にんまりと笑んだ。



「あぁ!田舎から来たから知らないんだね。この壁は、鉱山の輝石の欠片が建材に使われてるんだよ。」


「輝石の欠片が使われた建材……?」



 目を丸くするモリーナに、女将が自慢げに簡単に説明してくれた。

 この国の鉱山は祈りの塔にある大きな輝石を産出したけれど、その後も採掘した結果、小さな輝石が産出しつづけている。

 その中でもある規格以上の物は国が管理をするが、規格以下で形が不揃いのかなり小さなものを、最近首都では更に細かく粉砕して建材の土壁に利用する家が増えているらしい。



「今年、この風呂を改修したんだよ。なるべくランプを使わなくてもいいなら、便利だろ。」



 この国は聖女の選定の為に輝石の欠片を握らされる時、モリーナのようにわずかでも輝石を光らせられた者が多くいる。その性質を利用した灯りの代わりなんだそうだ。

 聖女時代には輝石を利用した建材なんてなかったので、モリーナは驚かされるばかりだった。



「国を守る輝石の欠片を使うなんて罰当たりだって意見もあるけど、灯りに使うランプの油代金だってバカにならないからね。ただ聖女様が触れたりしたら、眩しくていられないだろうけどね。」



 腰に手を当ててガハハと笑う女将の言葉に、目映いばかりに光を放つ壁を前にして途方にくれる自分が想像でき、ぷっと笑ってしまった。

 モリーナの笑みを見て、女将もまた更に可笑しくなったのか笑った。




  ☆ ☆ ☆



 その頃、王宮の執務室。

 机上にはところ狭しと紙束や書籍が置かれ、その山の向こうで王であるルーカスは、目の奥の痛みに目頭を指でぐっと押さえていた。

 室内は煌々とランプが灯され、紙束にルーカスの影が落ちる。

 ここ数日は落ち着いて寝ることもできず、床に入ってもすぐに目が冴えてしまい、つい執務室に入り浸ってしまった。それはモリーナの住む村に使わした使者である文官が、良い知らせを持って帰ってきたからだ。



『モリーナ様が陛下にお会いになるために、王都に向かっておられます。』



 それを聞いたらいてもたってもいられず、ついには睡眠不足で目元には深い隈ができあがってしまった。

 たった1人の娘の言動でここまでの体たらくになるとはと、ルーカスは独り言つ。

 ただかつてのモリーナに誓った聖女解放についてはまだ話が進まず、内々に宰相や大臣に話しはつけているが芳しくない。

 聖女を利用した平和があまりにも国に浸透しすぎていた。



「失礼いたします。隣国より書状が届きました。」



 執務室のドアがノックされ、文官から声がかかる。それはルーカスがモリーナに使わした文官だった。



「入れ。」



 ルーカスの許可のもと文官は軽く礼をして中に入ると、国璽の押された封蝋のついた書状をルーカスに恭しく差し出した。

 ルーカスは受け取ったその書状を読むと、自然と口角を上げた。往生していた案件が進む希望が持てた瞬間だった。

 文官はルーカスの表情から書状の内容を察して自分の表情も緩めたが、ルーカスに深く刻まれた隈に目を止め、眉をひそめた。



「陛下、少しお休みください。」


「夜には寝る。」


「もう夜です。」


「お前は俺の親か。」


「陛下は楽しみを前日に控えた子どもかと、モリーナ様に笑われますよ。私がモリーナ様が来られると報告してから、日に日に隈が濃くなっております。」



 嫌なところを突かれ、ルーカスは目の前の文官を睨みつけた。その反応に文官は逆に笑う。今やモリーナのことは、ルーカスの弱点だった。



「モリーナ様に心配をかけたくないのであれば、早めにお眠りください。モリーナ様は私が村を経つ5日後の馬車に乗るとおっしゃっていたので、そろそろ国に着いている頃合いかと。」


「わかった!今日は早く寝る!」



 もういい年をした大人だというのに、ルーカスの小さな子どものような返事。文官がルーカスが心を許せる数少ない部下の1人だったからこそ、引き出せた言葉や態度だった。



「門番にはきちんと言っておけ。」


「門番をしている警備長に、玉璽のついた手紙をもってきた娘がいたら通すように申し付けてあります。」


「なら良い。」



 そう言いながらどこかそわそわとした様子のルーカスを見て、文官は医師によく眠れる薬湯を準備させようと決めた。そうでないと、またルーカスは寝そうにない気がした。

遠足前の小学生、ルーカス

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