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 井戸に木桶を持って向かうと、井戸の周りでは村人が集まって何やらざわついていた。

 井戸ができた頃から、井戸には村の多くの人が集まるようになり、小さな集会所のようになっていた。

 木の椅子が置かれ、近所の人がお茶やお菓子を持ちより、いつも何人かの人が集まって楽しくおしゃべりをしている。

 けれど、今日はその人数がいつもより心なしか多いように感じた。


『聖女』


 そのワードが漏れ聞こえ、もう自分のことではないというのに、モリーナはびくっと身体を震わせた。

 気になって耳をそばだてながら近づくと、村人たちは聖女のある話題で盛り上がっていた。



「聖女様が代わるらしいよ。」


「お身体が悪いのかしら。」


「病気かねぇ。」



 聖女が代替わりする。

 国民の混乱を避けるために知らされてはいないが、聖女が代わるということは、それを知らされ た時点で、その聖女は既にこの世にいないということだ。

 親や身内の死に目にも会えず、当人が亡くなったことも知らされない。国民のために生き、国民のために死んだことすら隠される。

 すべては『聖女以外』の国民のために。

 その人生のすべてを、聖女という役目に捧げる。

 なら、その聖女の為に私はせめて祈ろう、来世は望むように生きられますように。



 モリーナが亡くなった聖女に思いをはせ、談笑している村人達のそばで井戸の釣瓶に手をかけると、次に村人から飛び出した言葉に固まり、釣瓶を落としかけた。



「この村のシャーロットが、次の聖女候補として呼ばれてるらしいよ。」



 シャーロットは、モリーナと同じ年齢の女の子だ。

 聖女選定の儀式の時、どの子どもよりも選定の輝石を光らせていた。それがよほど誇らしかったのか、会うたびにモリーナの選定の時の光よりどれだけ輝いたかを比較するように自慢された。

 当時はモリーナにも前世の記憶はなく、自慢されて悔しく思ったりもしたけれど……。



「なるほど。だから国のお役人さんが、何度も村長のとこに来てたんだね。王様が探してた人ってのももしかしたら?」


「聖女の最有力候補として、目をつけてたわけか。」


「でも王様が人探しに来たのって、3年前だろ?そんなに前から聖女様はお身体が悪かったってことか?」



 まだまだ盛り上がる村人を背に、モリーナはまだ水を入れてもいない木桶を持ったままその場を走り去った。

 話で盛り上がる村人の1人がぽつりとつぶやいた言葉は、他で盛り上がる村人の声でかき消えた。



「シャーロットより、村長はモリーナを気にかけてたような…。」




 モリーナは木桶を抱えたまま走った。向かった先は、シャーロットの家だ。

 古びた木戸の前でシャーロットは、自慢げに彼女の両肩に後ろから手を置く母親の前でにこにこしており、何人もの村人が2人に向かって代わる代わる賞賛していた。



「おめでとう。シャーロットが王都の教会に招かれてるんだって?」


「ええ、ほんと鼻が高いわ。うちの娘が聖女になるかもしれないなんて。」



 シャーロットはあまりに賞賛されて気恥ずかしくありながらも、聖女の有力候補とされたことが嬉しくてはにかむ。

 その姿はモリーナにとって、まるで前世の自分を見ているようだった。

 選ばれた当初は、ただの田舎の娘だった自分が急に立場が偉くなったような気がして誇らしくて、気分が浮き立って、未来が輝かしく思えていた。



 食べることにも住むところにも困らない、側仕えがついて身の回りのことはすべてしてもらえる。

 その噂だけ聞けば、まるで富豪のような生活が待っていると思えるだろう。



「あ、モリーナ!お祝いに来てくれたの?」



 シャーロットは尊大に胸を張ると、モリーナに向かって意地悪く微笑んだ。

 まるで、もうすでに聖女になるのが決まったかのような態度だった。



 モリーナはできることなら言いたかった。

 今なら拒否できるかもしれない。

 家族とほとんど会えなくなるの。死に目にも会えないの。家族が大事なら、逃げて。



 聖女になることを誇らしく思い熱くなっている人間に対して、冷や水をかけるようなことしか頭に浮かばない。

 でもモリーナは、何も言えなかった。



『聖女は素晴らしい。聖女に選ばれることは、神様に選ばれることと同義であり、大変光栄なことである。』



 その考えが深く根付いている人に、どう説得すればいいのかなんて、わからない。

 でも、私は何もできないの?

 私が聖女モリーナの記憶をもって生まれ変わったことに、何か意味があるんじゃないの?


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