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シャーロットはモリーナに聞かれた通りに素直に答えるのは嫌だったようで、掴んでいた肉串の串をきつく握りしめると、鬱屈した思いを払ように思い切り肉に噛みついた。
彼女らしいといえば、彼女らしい。
ただ先日会った時は村にいたときと変わらず不遜な態度だったのに、今日の泣いていた彼女はあまりに弱々しく、様子が違っていた。
聖女候補の友達が2人できていたみたいなのに、今日は1人でいた。だからその2人と何かあったのかと邪推した。
そのまま無言で咀嚼し続ける彼女に、無理してまで聞くつもりはない。あまりに態度がよくないので関わるのは遠慮していたから、村でも仲はよくなかった。
ただ彼女は何があったかを話そうとはしないまでも、同じ村出身である自分に救いに近い何かを求めてはいるのは確かだろう。
そうでなければ、本当に嫌ならば、モリーナに無理強いをされたからなんて理由をつけなくても、途中でいくらでも逃げられるし、モリーナが市場から戻ってくるのを待たずに、聖女候補用の宿舎に帰れば良かったのだから。
モリーナの丘はよく風が通り、自分の前世の墓の影にいれば心地よく、木の枝がしなる音とざわざわという葉擦れの音がよく聞こえる。
頭上から落ちてきた大きな木の葉を拾い上げると、指先でつまみ上げて目の前に腰を降ろすシャーロットの姿を覆い隠すように、モリーナは自分の目元に重ねた。
こちらを見ようともしないシャーロットに、語りかける。
「今、私にはシャーロットの姿も目に入ってないし、木の葉擦れの音が大きすぎて何も聞こえないわ。」
そう言われて初めてシャーロットはモリーナの姿に気づいたようで、ぎょっとしてたじろぐのが、少し葉をずらした視界の端に見える。
「何も見えていないし、聞こえないのなら、壁に向かって話してるのと同じだと、思わない?」
口に出すだけで、楽になることもある。
モリーナが言わんとすることを理解したのか、シャーロットは手にしていた竹の水筒を膝上に置くと下を向いた。
目元を葉で覆ったまま暫く待つ。
ここまで促しても話そうとしないのなら、モリーナにはこれ以上何もできないし仕方がない。
モリーナはいくらでも時間はあるが、シャーロットは昼休憩の後にまた研修があるので、あまり時間がない。
未だ沈黙を続けるシャーロットを諦めて帰ろうかと、モリーナが自分の後ろに置いていた鞄の方を向いた時だった。
シャーロットがやっと、重い口を開いた。
「字も書けない、習う学問所もないど田舎の村娘は帰ればいいのに……って、何よ。」
そのまま、竹筒を地面に投げつける音がした。
彼女の吐露した言葉に、あぁ成る程と納得する。
モリーナも乗り合い馬車を乗り継いで王都に来る途中、何度も宿で字が書けることを驚かれた。あの女将さんの宿でもそうだったなと、今さら懐かしく思う。
聖女候補が集められて選別される中で、ある一定数いるのだ。文字すら習えない村に住んでいると、田舎者だとバカにして、自分が聖女になろうと他の聖女候補を追い落とそうとする者が。
勿論、文字が書けない者だろうと文字を教えてくれるし、聖女を選別する教会の者は差別などせずに平等に聖女候補を受け入れる。
むしろその性格すら上に見られていて、最後の最終選別では、そういった差別等の発言をした者は聖女にふさわしく無いと除外されていた筈だ。
その差別意識を試す試金石にされていたのではと思うくらいに。
恐らくシャーロットにそう言った娘はチェックされていて、最終選別には臨めないだろう。
でもそれをそのままシャーロットに伝えたところで、何で聖女候補に選ばれてもいないお前がそんなことを知っているのだと、一笑に付されてしまうのが関の山だ。
他人に対して威圧的な人は、自分自身に自信がない人が多い。自信がなくて余裕が無いのを、高圧的な態度で隠すことで、自分のプライドを守っているのだ。
シャーロットはその自信のなさを、5歳の時の村の教会での聖女選別の儀で輝石を輝かせたことをよすがにして、ここまで生きてきたのだろう。
ただ聖女候補として集められた者は、皆が輝石を大きく輝かせた者達であり、平等に出立地点に立っている。
シャーロットがよすがにしていたモノは、その場にいる全員が持っているモノだ。
だから持っていない能力をバカにされたことで、プライドを刺激されて悔しくて泣いていたのだろう。
これは想像だけれど、聖堂近くで泣いていたのも、聖女候補が泣いていたのなら、何があったのかと騒ぎになり問題になる。結果として自分を貶めた者を貶める結果となれば、上々だとでも思ったのではないかと。
物言わぬ壁を徹しても良かったのだけれど、シャーロットにこれだけは言いたくて口を開いた。
「出来ないことがあるのなら、学べば良い。」
そのまま彼女の方を見ず、背を向けたまま続ける。
「文字がかけないことをバカにされたのなら、勉強して同じ武器を持てば良い。相手にはそれしかシャーロットより上に立てると思える武器が無いから、そこをバカにしているんでしょう。」
背後でシャーロットが息を呑むのが聞こえる。
「私は聖女候補に選ばれなかったから、村にこの国の王様が来た時から、村の外のことを知りたくなって村長に頼んで勉強させてもらってた。私だけの武器を持つために。」
「それ……モリーナが村長の家に何度も行ってたのって………。」
「村長に文字を習ってたの。」
勿論、村長の家に通っていた本当の理由を隠すための嘘だ。
でもシャーロットには、モリーナが村の皆を出し抜こうとした姑息な娘に映ったらしい。
「何それずるい!」
急に肩を掴まれ、ぐいっと後ろに振り向かせられる。するとそこにはいつの間にか近くまで迫り寄っていたシャーロットの顔が眼前にあった。シャーロットはモリーナを睨み付ける。シャーロットのような子どものひと睨みなど、80近く生きた前世の記憶があるモリーナには、怖くなどなんともない。
「教えてくれれば、私だって習ったのに!そうすれば、バカになんてされなかったし……。」
そう憤る彼女に、モリーナは落ち着かせる為に言葉で冷水を浴びせた。
「あまり仲良くなかった私が誘ったところで、シャーロットは素直に文字を習いに来たかしら。」
モリーナがそう言うと、シャーロットは図星をつかれたようで、悔しそうな顔をしながらも口をつぐんだ。
5歳の聖女選別の儀で聖女候補の可能性があるとされたとはいえ、村で住んでいるだけなら文字も習う必要はあまりない。あの村の者は同じ村に住む者かあるいは近隣の村の者と結婚し、農耕をして暮らすのだ。
必要としなければ、習うきっかけなんてない。
シャーロットも聖女候補として国に招致されなければ、文字を習うこともなく村で結婚して農耕をして一生を過ごしただろう。
「私も、まだ難しい言い回しとかわからないこともある。だから一緒に勉強しない?」
モリーナの唐突な申し出に、シャーロットは目を丸くした。




