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城は裏手に食料品やら物資を運びいれる通用門があり、モリーナはそこから外に出た。裏門は城の従業員用の通行証がないと通れないようになっているらしく、モリーナも城から帰る際に、木板の通行証をコルト侯爵に手渡されていた。
この国の紋章の焼印が押されている小さな木板を裏口に立つ門番に見せれば、楽に出入りが可能らしい。
表の城門で睨み付けてきたワイアットに会いたくなかったので、裏手から出れたのは幸いだった。
思いの外、面接が早く終わった。うまく行けば宿の昼の仕事に間に合うかもしれない。だからコルト侯爵家を訪ねる前に宿に戻ろうとも思ったが、コルト侯爵と教皇の関係もあり、昨日会えなかった教皇と会って話ができないかと、もう一度大聖堂の方に足を向けた。
相変わらず市場は人でごった返し、活気がある。その喧騒を横目に通りすぎ、少し早歩きで大聖堂に向かう。
大聖堂の大きなアーチが目に見えるほど近づいた時、急にどこからか女性の声が聞こえてくるのに気づいた。つい立ち止まって周囲を見回せば、大聖堂に向かう通りにある植え込みの影に、淡い水色の服を着た女性がしゃがみこんで俯いているのが目に入った。小さくくぐもった声ではあるが、明らかに泣いている声だった。
「どうされましたか?大丈夫ですか?」
本当なら泣いているところはそっとしておくべきだったのかもしれない。でも生来の人の良さから放っておくことができず、モリーナは鞄からタオルを出すと、しゃがみこんでつい声をかけてしまった。
モリーナの声かけで泣き声が止み、視線がモリーナの方にあがる。
目が合って初めて、泣いていたのがシャーロットだったことに気づいた。
「すみません、大丈夫で………って、モリーナ……放っておいてよ!」
向こうも顔を上げるまで、声をかけてきたのがモリーナだとは気づいていなかったようで、最初こそしおらしい声を出していたのに、モリーナだと気づいた途端、露骨に態度を変えた。
追い払うように振り回された手に、慌ててそれを避けるように退き立ち上がる。
本人の言う通りに放っておけば良いのだけれど、言われた通りにするのは癪にさわるし、どうも気になって仕方がない。。
何せシャーロットはいつも勝ち気で村の子供たちの前では偉そうに上から目線で話す子で、村で泣いたところなどただの一度も見たことなどなかったからだ。
太陽の位置や城での滞在時間から、まもなくお昼なのだろうと推察できる。この時間は聖女候補は朝の学習の時間が終わって、自習の時間。大聖堂の鐘が鳴れば、昼休憩の頃合いの筈だ。
モリーナの存在など無かったように、再び俯いて嗚咽を漏らすシャーロットを放ってなどおけない。モリーナは心の中で女将さん夫婦に『昼ご飯手伝えなくてごめんなさい』と謝罪すると、シャーロットの元に近づいて、その手に無理やりタオルを押し付けた。
「何する……。」
シャーロットが何するのと言いきる前に、それに先んじる。
「もうすぐお昼でしょ!市で何か買ってくるから、待ってて!」
そのままシャーロットが何かを言おうとするのを聞かず、市場に向かって走った。
市場の喧騒の中を、人混みをすり抜けながら急ぐ。
「おじさん、肉串の特に美味しいやつ10本ください!」
何せシャーロットがちゃんと待っているかわからないから、気がはやる。聖女候補時代に友人にお勧めされたあの肉串屋で、肉串を買い込む。たっぷりとタレがかかっているので彼女の聖女候補の水色の制服が汚れないように、屋台を回って新しいタオルを買うのも忘れない。
お水屋で竹製の水筒入りの水を2つ買ったら、たくさんの荷物を抱えていたからか、全部が入る布袋をおまけにつけてくれた。
少しごわごわする麻製の布袋を抱えて、もと来た道を走って戻る。
先程の、大聖堂のアーチが見えてきたところで、大聖堂の荘厳な鐘の音が鳴った。
心配していたが、杞憂だった。
シャーロットは言われた通り、先程居た場所で立ってモリーナを待っていた。
目元は赤かったけれど、睨むようにこちらを見てはいたけれど、もう彼女は泣いていなかった。
「こんなところで食べるなんて、罰当たりにも程があるわよ。」
大聖堂の傍の植え込みで食事をするのは、シャーロットが聖女候補の格好をしているのであまりにも目立ちすぎる。
聖女候補は聖女ではないにしてもみなし聖女として扱われる為、人目につく市場の屋台で買い食いなんてしてはいけないと厳命されている。
だからモリーナは候補時代、聖女候補の服を着替えて変装して市場に行っていた。
恐らく変装して出掛けているのもバレていただろうけれど、上に見て見ぬふりをされていたと思う。
たいした変装にはならないだろうが、買ったタオルをシャーロットの肩に掛け、どこか隠れて食べられる場所が無いかを探し、見つけたのがあのモリーナの丘だった。
あの陛下が代々の聖女を祀った丘。王都に来るまでのホロ馬車の中で、観光案内として御者のガルにその丘の名を教えられた時は、驚きのあまり目を白黒させてしまった。
いつか訪ねようと思っていた、かつての自分が眠っている場所。
「同じ名前だし、寛大な聖女様なら許してくださるでしょう。」
だって自分のお墓だし…という言葉は、流石に自分の心のうちに留めておく。
「聖女様に恨まれるのは、貴方だけにしてよね。」
モリーナの丘の中央に植樹されたらしい大木の根元に、モリーナの名が刻まれた石碑が置かれていた。その石碑の傍に腰を下ろし、シャーロットは文句を言いながらもモリーナが渡した肉串にかぶりついていた。
モリーナの丘は昼には燦々と日が降り注ぐ。秋も半ばとはいえ暑いので、日差しを避ける為かそこにいるのはモリーナとシャーロットの二人だけだった。
石碑と木の間に腰を下ろしているので、二人がいるのは木陰だから些か暑さも和らいでいる。
自分も肉串にかぶり付きながら、目の前のシャーロットを視線をやる。
目元の潤みと赤みは少し和らいでいるが、気の強い彼女は何故、あんなところで泣いていたのか気になって仕方がない。
「何で泣いてたの?」
モリーナの唐突な問いかけに、シャーロットが思わずむせたのが目には入り、竹筒を渡すと彼女は慌てて中の水を飲み込んだ。
そのまま暫く咳き込んでいたのでゆっくり背中をさすってあげると、シャーロットは何度か大きく呼吸した後、ようやく落ち着きを見せた。
「そういうことは、聞かないで放っておくべきでしょう?デリカシーがないわね!」
「でも放っておいてと言った割には、私が本当に市場に行って戻ってくるかわからないのに、待っていたし。植え込みのところにしゃがんで隠れていたとはいえ、あんなところに居たら目立つのに、まるで誰かに聞いてくれと言わんばかりだったから。」
大聖堂の傍で聖女候補が泣いているなんて、思いの外目立つのだ。
モリーナの言葉にシャーロットは顔を真っ赤にして、肩を怒らせた。
「あれでも隠れてたつもりなのよ!王都に他に……行くところなんて……ないし。」
最初こそ言葉に勢いがあったが、次第に声が小さくなり、尻窄みになっていく。
国の各地から集められた聖女候補達には、もともと王都に住んでいた者は別として、王都に頼るところなんてない。
知り合いすらいないのだ。
今まで親元で暮らしてきて一人暮らしなどしたことがない者が、一度不安にかられた時、寄りかかる場所がないのは、年若い娘には辛い筈だ。
ただし聖女となれば、それは一生のことになるのだが。




