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「君の事情はわかった。私が話したいのは、それだけじゃない。本題はここからだ。」



 コルト侯爵は契約書をテーブルに置くと、おもむろに自分の上着の合わせの中に手を入れ、恐らく上着の内ポケットに入れていたのであろう封筒を出してモリーナの方によこした。



「今日、城をでたらこの手紙を持って、コルト侯爵家を訪ねなさい。」


「コルト侯爵家を、ですか?」


「そうだ。侯爵家うちの遠縁の娘として仕事をするのだから、多少なりとも我が家門のことを知っておいてもらう必要がある。家令には、若い娘がこれを持って訪ねてきたら、迎え入れるように伝えてある。」



 置かれた手紙を前にして、モリーナは戸惑いを隠せなかった。

 いくら紹介者とはいえ、侯爵家の遠縁という扱いをする必要はない。

 確かに遠縁の娘としてもらえば、城での待遇は抜群によくなるのはわかる。けれどモリーナ自身、今世では接客しただけで、そこまでしてもらえるようなことをした覚えもないのだ。

 当然、湧く疑問がある。



「どうして……そこまで私に良くしていただけるのでしょうか?」



 モリーナの問いに、侯爵はすぐには答えず、何かを思い耽るように目を伏せた。その眼差しは暖かくもあり、悲哀も含んでいるように見受けられた。



「大恩がある方がいる。その方は自分の悪評が立つ可能性があるのにもかまわず、私の願いを聞き入れ、叶えてくれた。直接お礼を伝えようと面会を求めたがそれは叶わず、ただ手紙が一通届いた。私に恩義を感じているならば、代わりに私以外の誰かに親切にすることで返してくださいと。そしてその人には、二度と会うことが出来なくなった。」



 侯爵は、悲しげに笑う。侯爵の言葉に、モリーナは思い当たることがあった。

 侯爵に1つだけ願いことをされた時、本当は1人だけに肩入れするのはよくないことなのだけど、侯爵に頼まれたとは言わず、最後のお願いだと言って叶えてもらった。

 侯爵と最後の面会をした時には不治の病であることを医師に宣告されていたので、聖女の最後の願いとして叶えてもらった。

 まさかそんな自分がしたことが、巡りめぐって自分に返ってくるとは思わなかった。まさか侯爵も、そのモリーナ本人に恩義を返そうとしているなんて思いもよらないだろう。

 侯爵は続ける。



「お忍びで訪れた宿で君の接客を受けた時、その立ち振るまいが、その恩人を思い起こさせた。君がどうやら仕事を探しているらしいと宿の女将から聞いて、君の名前を知った時、僥倖だと思った。君には理解しがたいかもしれないが、私の恩返しに協力してくれ。」



 確かに女将さんには、宿の仕事を辞めたら別の仕事を探すつもりだと話してはいた。

 女将さん的には、宿のお客さんに私のことを話すことで、今後の仕事に繋げてくれようとしたのだろう。

 それが城での仕事に繋がったのだ。

 懇願するその顔を見て、モリーナは侯爵の計らいを快く受けとることに決めた。祈りを塔を何度も訪れて来ていた時もそうだが、貴族だというのに偉ぶったところがなく尊大な態度を取ることもないそんなところは、姿形は変わってしまっても、心根はまったく変わらないなと思った。



「ありがとうございます。烏滸がましいかもしれませんが、その恩人への思いを代わりに受け取らせていただきます。」



 そう返事すると、侯爵はどこかほっとしたように見えた。長年返せなかった恩を、やっと返せた安心感のような。

 モリーナが手紙を受けとると、侯爵が更に言う。



「明日、うちの馬車で城に向かえるように手配するつもりだ。君はあの宿の宿舎にいるのだろう?宿からうちの馬車に乗るのは目立ちすぎるから、朝早くに我が家に来てもらう方が良さそうだな。」


「馬車なんてなくとも歩いていけば……。」



 モリーナが遠慮しようとすると、言い終わらないうちに侯爵が言葉を遮る。少し困ったような顔をこちらに向けて。



「君は侯爵家の遠縁として城で働くことになる。私も迂闊だったが、まさか面接を受けるのに徒歩で城まで来るとは思わなかった。貴族なら城まで馬車に乗るのが当たり前だから、平民の常識を理解していなかった。」



 侯爵の言葉であることを思い出し、思わず口許を押さえた。

 陛下は産まれながらの貴族だ。それは陛下がモリーナが住む村に差し向けた使者も同じだろう。

 モリーナは前世も貴族ではなく平民であり、聖女時代は塔の外に出たことがないので、馬車を使うことは頭になかった。

 勿論、モリーナの前に並んでいた人が詐欺を働いて城に侵入しようとしたのも原因の1つではあるだろう。

 ただ徒歩で城を訪ねたことで更に、陛下から預かった手紙の信用度が下がってしまったのではないかと気づいたのだ。

 平民が陛下と会おうとするなんて、普通はあり得ないのだから。



「最初から私の遠縁として話を通そうとしていたから、君が徒歩で城を訪ねたと聞いた時は、ついた嘘がばれやしないかと少しヒヤリとした。」


「申し訳ございませんでした。」



 モリーナが頭を下げると、侯爵が苦笑する。



「いや、私への謝罪はいいから、亡くなった聖女に感謝の祈り捧げてほしい。」


「わかりました。」



 侯爵に言われた通り、両の手を合わせて握りしめ、祈りの塔の輝石を頭に思い浮かべながら祈る。この国の国民ならば、誰もが教会で女神像を前にしてしたことがある祈り方だ。



「天にられる女神様、聖女様方、私の感謝の祈りを捧げます。」



 まさか過去の自分に対して祈ることになるとは思わなかったけれど。

 モリーナが祈りを捧げ終わって顔を上げると、侯爵は満足そうに微笑んでいた。


モリーナは不治の病を患っていましたが、それを隠して流行病で亡くなったと伝えてもらえるよう、診てくれていた医師にお願いしていました。


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