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「行ってきます。」
面接の前、宿をでる前に女将さんとおじさんに声をかけると、2人はモリーナに向けて優しく手を振って見送ってくれた。それを見てほっとして、緊張して強ばった肩から力が少しだけ抜けた気がした。
着ているのはクリーム色でフリルのついたブラウスに、グリーンのロングスカート。
昨日、面接なんだから少しでも良い服をと気遣ってくれた女将さんが、亡くなった娘さんが着ていたという服まで貸してくれたのだ。
借りた服を着た上、服と一緒に貸してくれた馬毛のブラシで髪をとけば艶がでて、まるで良い家のお嬢様のように見違えた。
この姿だったならば、陛下の手紙を持っていった時、偽物だなんて疑われなかっただろうか。
今さらなことを考えて苦笑する。ベッドマットの下に、大切な手紙の束は隠してきた。
これまで奪われてしまいたくはないから。
国のお偉いさんからの紹介状を持って、かつて陛下からの手紙を持って向かった城門へと歩く。
これすらも偽物と思われはしないかと、落ち着いた筈の心臓が激しく跳ねる。
マテオに言われた言葉が脳裏に甦り、また門前で止められるのではないかと、自然と足取りが重くなる。
なんとか自分を奮い立たせて城門近くまで来ると、門番の姿が視界に入った。すると今日はマテオはおらず、前回、マテオと一緒に門番をしていた青髪の男性と共に、見知らぬ黒髪の男性が門前に立っていた。
どうやら今日はマテオは非番のようだった。
何も問題は解決してはいないけど、何故か少しほっとしたような、肩透かしをくらったような、複雑な気持ちになった。
「次の者、こちらへ……って、お前!」
青髪の男性がモリーナに気づくとギョッとしたように目を見開き、一緒に門番をしている黒髪の男性の方に視線をやったと思えば、どこかそわそわと落ち着きのない様子を見せる。
「知り合いか……?ワイアット。」
黒髪の男性がワイアットと呼ばれた青髪の男性に尋ねると、ワイアットは必死に首を左右に振る。
「いや、あの…何でもないです……。」
ワイアットは黒髪の男性に対して否定しながらも、モリーナの偽物 (ではないのだが…) 騒ぎのことを覚えているようで、モリーナに何か言いたげな鋭い眼差しを向けてきた。
偽物騒ぎのことを何故、黒髪の男性に説明しないのか不思議でならなかったが、下手にそのことをモリーナから説明して、心証を悪くするつもりもなかった。
ただ後々、偽物騒ぎのことを黒髪の男性に説明すべきだったと後悔することになるが、この時のモリーナには知るよしもなかった。
「侍女の仕事の面接を受けるように言われて参りました。」
モリーナが深々と礼をしてから、宿の女将さんから預かった侍女の仕事の紹介状を差し出す。ワイアットがそれを取ろうとしたところ、それに先んじて黒髪の男性がモリーナから紹介状を受け取った。
手が空を切ることになったワイアットは、悔しそうに拳を握りしめ、渋々、手を下ろす。
黒髪の男性はモリーナが差し出した紙を広げ、ところどころ指で文章をなぞりながら確認していく。
固唾を飲んで見守っていると、何故かワイアットまで、不安そうな眼差しで黒髪の男性を見ているのに気づく。
モリーナは先ほどからワイアットの素振りに落ち着きがないのが気になって、つい彼の行動を逐一見てしまっていた。
「間違いない。コルト侯爵の紹介状だ。」
「えっ……アドルフ警備長。偽物では!」
「確かに確認したから間違いない。」
「そんな筈……ありえない。」
アドルフと呼ばれた黒髪の男性がその紹介状を本物と認めたことで、ワイアットは慌てた様子で髪を掻きむしる。
まるで目論見が外れたと言わんばかりの態度だった。
「そんな筈がないとはどう言うことだ?コルト侯爵から侍女の面接を受ける娘が来ると話は聞いていたし、紹介状にコルト侯爵の印章も押してある。どうした?さっきからお前、おかしいぞ。」
「いえ……何でも……ありません。」
ワイアットが歯噛みして引き下がるのを見て、モリーナは胸がすく思いがした。
陛下の印章がついた手紙は奪われて失ってしまったけれど、自分がやましい立場の人間ではないと、やっと認めてもらえた気がした。
アドルフがワイアットに言いつける。
「俺はこれからこの娘を侍女頭のところまで連れていく。すぐ戻るからそれまで1人で対応するように。わかったな?」
「わかりました……。」
「では、君はこちらへ。」
アドルフに連れられて門扉をくぐる際、ワイアットに視線をやると、ワイアットが悔しそうにこちらを睨んでいるのが目に入った。
何か嫌な予感がした。
「君の名前は?侍女頭に伝えないといけない。」
アドルフが赤い絨毯が敷かれた城内を案内しながら尋ねてきたが、アドルフの歩みがあまりに早く必死になって追いかけていたので、呼吸が落ち着かず、息も絶え絶えに答えた。
「ゼェ…ハァ……モ…リーナ……です。」
「そうか、名前はリーナか。」
「いや、違っ……!」
訂正しようにもアドルフが後ろも振り向かずにどんどん歩くので、訂正する間がなかった。
アドルフはどんどん先を行き、モリーナをある部屋まで案内した。そこまで来てやっとアドルフが歩みを止めたので、モリーナはようやく息を整えることができた。
「失礼する。」
アドルフが声をかけて部屋のドアをノックすると、すぐにその向こうから声がかかり、部屋の中に招き入れられた。
「ちょっと、彼女、息が切れてるじゃない。貴方は歩くのが早すぎなのよ。若い女の子なんだから、気遣ってあげないとダメじゃない。」
アドルフのことを嗜めたのは、侍女のお仕着せを着た年嵩の女性だった。
女性は書類の積まれた書机に向かっていたが、アドルフとモリーナの様子を見て、慌ただしく椅子から立ち上がった。
「すまん、すまん。つい早歩きが癖になっていてな……。」
アドルフがモリーナに謝罪しながらも、困ったように頭を掻く。
モリーナの呼吸がようやっと落ち着いたのを見計らい、アドルフは年嵩の女性にモリーナが持ってきたコルト侯爵の紹介状を渡した。
それを見た後、女性はモリーナを見て微笑む。
「ああ、彼女が例のコルト侯爵の紹介を受けたって子ね。」
「そうらしい。彼女の名前はリーナだ。」
「リーナね。話は聞いているわ。私はこの城の侍女頭をしているマリアベル。よろしく。」
モリーナが自己紹介するより先にアドルフが勝手にモリーナのことを説明してしまった。
それを聞いたマリアベルがなにやら書面にサインをすると、それをアドルフに渡す。
モリーナがその書類が何なのか見ていると、マリアベルが見せながら教えてくれた。
「これは城の来訪者記録よ。城に来訪者が来たら、受け付けた人が来訪者記録の書類に記録して門番に渡すことになっているの。」
その書面の頭にはマリアベルに説明された通り来訪者記録と書いてあり、既にマリアベルによって、来訪者氏名の欄に『リーナ』と記入されてしまっていた。
「確かに受け取った。では俺はこれで。」
アドルフはそう言うと、足早に部屋から出ていってしまった。
「え!あ……あの……。」
もはや止めることも出来ず……。
「どうかした?」
マリアベルに不思議そうな顔をして尋ねられ、モリーナは大きくため息をつくと、訂正するのを諦めた。
この城にいる間、モリーナは自分の名を『リーナ』として通すことにした。愛称で呼ばれているようなものだと、自分を仕方なく納得させて。




