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マテオの態度は何だかおかしかった。私に来るなと威圧しながらも、何か思い悩んでいるようにも見えた。
モリーナがマテオに会った翌日。
昼食の手伝いを終え、宿のおじさんが作ったまかないを考え事をしながら箸でつついていると、一緒にモリーナの向かいでまかない飯を食べていた女将さんが、そう言えばと口を開いた。
「モリーナは、接客経験はどれくらいあるんだい?」
「え……と、住んでいた村に王都からお客様が来た時に、接客させて貰っていました。」
とはいえ実際に接客を経験をしていたのは前世の聖女時代で、今世での接客経験は村長の家に訪れていた王都からの使者と話をしていたくらいだから、ほぼ無いに等しい。
もしかしたら、何かおかしな接客をしていたのだろうか。
モリーナが不安そうな顔をしていると、女将さんは慌てて首を振る。
「いやいや違うんだ。接客が変だから注意したい訳じゃなくて、むしろ逆。丁寧な接客をしてくれるから、お客さんから評判がいいんだよ。ただ。」
モリーナが不安に思っているのに気づいたのか、否定しながらも何故か言い淀み、ぽりぽりとこめかみを掻く。
「あまりにも丁寧すぎて、まるで貴人にでもなったかと思うって言う人もいてね。」
女将さんの言葉は、思い当たる節が大いにありすぎた。モリーナが接客していたのは聖女時代と言うこともあり、貴族や富豪相手が多かったので、対応が丁寧すぎたのは無理もなかった。
宿の客層は平民の為、もう少しくだけた……気兼ねしない親しみやすい感じの対応の方が好ましいのかもしれない。
働く期間は短いけれど、女将さんやおじさんの対応を見て勉強しよう。
モリーナが息巻いていると、女将さんが身に付けていたエプロンのポケットから、少しくしゃくしゃになった四つ折りの紙を取り出した。
女将さんはその紙に視線を落とすとなぜか固くし憂いた表情を浮かべ、ためらいがちにモリーナにそれを差し出した。
「褒められてるから気にしないでいいんだ。それに、これを昨日の夜に食事したお客さんが、モリーナにって。モリーナならできるんじゃないかって。」
「私にですか?」
モリーナが箸を置き、受け取った紙を広げると、女将さんはモリーナが中身を読む前に説明してくれた。
「5日後の夜に、お城で隣国の要人をもてなすパーティーがあるんだそうだ。そのパーティーで接客や食事を運搬する侍女が足りないから若干名募集するらしい。昨日の夜、この宿にお忍びで食事しにきていたお偉いさんがいたらしくて。普通なら平民にそんなたいそうな仕事が回ることなんてないけれど、モリーナの接客を見て、良い人材だと声がかかったんだ。」
今後、王都で働こうとするなら、城のパーティーで働くことは大きな箔になる。城で侍女をしていたともなれば、王都で働き口を探す時に、例えば貴族の館で働こうとするのにも有利に働くだろう。
紙には給料がどれくらい貰えるか、働く時間、パーティーの前日までに礼儀作法を習う予定も組まれていて、パーティーの2日前には城で侍女の仕事に従事することが、条件として決められていた。
入城するのを止められた城にこんなに簡単に入れることになるとは夢にも思わなかった。でもそれを受けてしまうと、宿の食堂の手伝いができなくなってしまう。
受けてしまうと手伝いをできるのはせいぜい明日の夜までなので、随分と急な話だった。
「良いお話だと思います。でも、ここのお仕事がありますし……。」
一二にもなく受けてしまうわけにはいかない。女将さんも紙がよれよれになるまで何度も見て、モリーナに渡すのを悩んだだろう。
モリーナが受けてしまえば、また宿の仕事が大変になる。でもモリーナの将来を考えると、このお話はかなり良いお話。
お偉いさんがいつ女将さんにこの話を持ってきたのかは知らないが、渡そうと思えばモリーナに朝にでもすぐ出来たのに、それをしなかった。そこには女将さんの宿の店主としての迷いが感じ取れた。
モリーナが表情を暗くすると、おじさんが女将さんを慰めるようにその肩を叩くと、女将さんの代わりにおじさんが口を開いた。
「モリーナが居なくなると仕事が大変にはなる。だから、人手が足りないうちはテーブルをいくつかを片付けて、客の入りを少なくすることにしようと思う。こいつとも相談して決めたことだ。収益は下がるが、もともとモリーナはうちの職員では無かったし、人手が無くなった時のことを考えておかなかった自分達が悪いんだ。モリーナの将来を止める権利は俺達にないしな。」
おじさんがモリーナが気後れせず仕事を受けられるようにそう言っているのは明らかだった。
「明日の午前中に面接らしいから、行っておいで。」
午前中に面接となると、昼食の手伝いは難しいかもしれない。それでも行けば良いと言う優しさに触れて、モリーナは胸が熱くなった。
女将さんとおじさん、2人の目を見て告げる。
「受かるかどうかわかりませんし、受からなかったらそのまま戻ってきます。もし受かって働かせて貰えることになったとしても、お城の仕事が終わった、ここに戻らせてください。良いですか?」
懇願するモリーナに、女将さんとおじさんは嬉しそうな顔をして大きく頷く。
「勿論だよ。ありがとう!」
女将さんは急に目元を押さえると、食べていた途中だった筈なのに忙しなく立ち上がり、
「さぁ、食器を片付けないと!」
と言って、食堂の横のキッチンの方に行ってしまった。
そんな女将さんを見ておじさんは苦笑しつつ優しい眼差しを向けると、モリーナの方に向き直った。
おじさんは言う。
「実は俺たちは子どもを亡くしていてね。亡くなったのがモリーナくらいの年頃だったから、モリーナのことをあいつは自分の亡くした子どもと重ねて見てるんだ。モリーナがお城に行ってしまうと、もう戻ってこないような気がして寂しかったんだと思う。戻ってくるって言われて、嬉しかったんだと思う。」
おじさんも、亡くした子どものことを思い出したのか、目元に何か光るものがあるのがわかる。出会ってからまだ数日しか経っていないのに、そこまで思って貰えてモリーナはとても嬉しく思い、同じように目頭を熱くする。
「ここでの仕事が終わっても、また遊びに来てもいいですか?」
キッチンにいる女将さんも、モリーナとおじさんの会話が聞こえている筈だ。
モリーナが女将さんにも聞こえるように大きな声で言うと、
「勿論だよ!」
キッチンから女将さんの鼻声混じりの大きな声が聞こえて、おじさんとモリーナは大きな声で笑った。




