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シャーロット視点の続きからです
王様が村を訪れた日からいつまで経っても、私のお迎えは来なかった。
お母さんは『聖女様が亡くなれば、シャーロットへのお迎えが来るだろうに』なんて言って、お父さんに『国を守って下さる聖女様のことを、何てこと言うんだ!』と流石に怒られていた。実は私も同じことを思っていたけど、怒られたくなくて黙っていた。
5人の聖女様のうち1人でも亡くなれば、私へのお迎えが来て、王様の傍に行けるのに、と。
王様が村を訪れた日から、モリーナは明らかに変わった。他の村人に対する態度も変わった。まだ10歳だというのに急に大人になったような受け答えをするようになった。
国の偉い人が来たから良い刺激を受けて成長したんじゃないかとか、背伸びしてるんじゃないかってお父さんもお母さんも言っていた。
その上、何故か村長はモリーナのことを何度も家に呼んで、何やらこそこそしていることに私は気づいていた。
モリーナだけじゃなくて、村も変わった。村長の家を知らない人が馬車で訪ねてくるようになって、隣の村にまでしか来なかった筈の乗り合い馬車が来るようになった。村民が使う農機具が新しくなって、仕舞いには井戸まで出来上がった。
村に特産品なんて無いのに、村が豊かになっていく。聖女候補である私がいるから、国からお金がでているのかもなんて考えた時もあったけれど、それなら村長の私への態度が良くなっても良い筈なのに、何も変わらない。
何かが変だった。
私が13歳になって、冬の足音が差し迫ってきたある日、私はお父さんとお母さんと一緒に村長の家に呼ばれた。
そこには良い身なりの男性が居て、私が聖女の有力候補として選ばれて、国から迎えが来たと教えられた。
その身なりの良い男性には見覚えがあった。よく村長の家を訪ねていた男性に間違いなかった。
お母さんは、ようやく国からの迎えが来たと興奮して、村中に自慢するように知らせて回った。私も一緒になって連れ回されるのは疲れたけど、村のみんなから褒められ敬われて、悪い気はしなかった。ようやく私があの王様の元に行けるのだと、あの王様の美しい顔を思い出して、胸がドキドキした。
天にも昇る心地だった。
家の前でいろんな人に声をかけられていた時、あのモリーナすら私の顔を見にきた。その顔が今にも悔しさに歪むのだろうと想像して、気分が高揚した。
けれど、モリーナの態度は私の想像したモノとは違った。私のことを憐れむような悲しみをたたえた表情を浮かべて、逃げるように走り去って行った。何故か訳知りのようなその態度が鼻について、腹が立って、高揚した気分が急降下していくのがわかった。
モリーナは村の誰しもが言うように『おめでとう』とは一言も言わなかった。
私が馬車で村を去る最後の瞬間もどこか悲しそうな顔をして、心がモヤモヤざわざわした。
そんなモリーナがまさか私を追いかけるように、王都に来ていたのを知った時は驚いた。かたや私は国に丁重に扱われる聖女候補、かたやモリーナはただの田舎から来たおのぼりさん。
私は立場の違いを教えてあげようと、奉仕活動の為に病院に向かっていた列から離れて声をかけた。そしたらまるで私のことなんてどうでもいいような態度をされて、腹が立った。
私は選ばれた人間なのに!
王様の妻にと求められる筈の人間なのに!
「絶対、聖女になって、あんたをひれ伏させてやるから!」
そう言い捨てて、私を待ってくれていた他の聖女候補の元にモヤモヤイライラした気持ちで戻る。
「知り合いなの?」
待ってくれていた聖女候補の2人に尋ねられ、離れてしまった他の聖女候補の列に戻る為に急いで早歩きをしながら話す。
聖女候補たるもの、走ってはならず優雅に歩かなければならないと教えられたのだ。めんどうだけれど仕方がない。
私は選ばれし聖女候補なのだから。
そう思うと、イライラした気分が少し落ち着く気がした。
「私の故郷の村の子よ。さっさと病院への奉仕活動に向かったら?って言われたわ。何で聖女候補でもない子に言われなきゃいけないのかしら。気分が悪い。」
私がそう愚痴ると、2人のうち1人が不思議そうな顔をする。
「え?何でその子は、私たちが病院に奉仕作業に行くって知ってるの?私たちも、さっき初めて行くことを伝えられたのに。」
「え…………。」
他の子に言われて初めて気づいた。そういえば、何でモリーナは聖女候補でもないのに、そんなことを知っているんだろう。
いつも悲しそうな憐れむような目で私を見て、訳知りの様子のモリーナ。
まるで全てを見通されているようで、気味が悪かった。
* * * * * * * * *
(モリーナ視点)
あれから再び大聖堂に足を運んだけれど、もう教皇は先ほどの場所には居なかった、流石に教皇もずっと同じ場所にいられるほど暇ではないのだろう。
また来ればいつか会えるだろう。今は暇な自分とは違うのだ。悲しいけれど身分が違うのだから。
モリーナは仕方なく自分を納得させると、生活必需品を買うために市場の方へと足を伸ばした。
宿に泊まっていたお客さんの時はサービスとしてタオルや石鹸を自由に使えたけれど、流石に従業員となると自分の物が必要になる。
宿泊代が浮くから、その分、財布の中身に余裕がある。もちろん陛下にお金を返さないといけないので、あまり使いすぎないように気を付けるつもりだった。
昼の人混みが落ち着き、市場は前に来た時よりも歩きやすくなっていた。
必需品を買うついでに市場を見て回っていると、新鮮な野菜を売る屋台の前に、見覚えのある人物がいるのが見えた。
目立つ赤い髪に緑の目。モリーナから手紙を取り上げた、あのマテオで間違いなかった。
恐らく門番は交代制で、今は休憩時間なのだろう。モリーナはそう判断すると、そっとマテオへと近づいた。
何とか奪われた手紙を返して貰えないだろうか。偽物だと思われたのなら悪用されないように返して貰えない可能性は大いにあったけれど、大事なものなので必死だった。
陛下が何年も前から用意してくれていて、モリーナが会いに行くと自ら決めるまで、無理強いしないように使者に言いつけて持たせてくれていた大切な品。
すぐに諦めてはいけない。
教皇に言われた言葉が脳裏に甦り、意を決して、勇気を出して、モリーナは失礼ながらマテオの腕を掴もうとした。
「あの!」
モリーナが腕を掴もうと手を伸ばすと、マテオは気配を察したのか腕をさっと上げてモリーナの伸ばした手を避けた。
そのままモリーナを制止するように上から手を掴む。掴もうとしたのに逆に強く腕を掴まれて、モリーナは痛みに顔をしかめた。
「何者だ………って、お前……あの時の偽の。」
マテオはモリーナのことを思い出したようで、はっとした顔をした後、何故かばつが悪そうに表情を歪めた。モリーナの腕を掴む力も抜け、その腕が離されると、モリーナはこれ幸いとマテオの服の袖を掴んだ。
「手紙を返してください。大事なものなんです。大切な人から貰ったものです。」
勢いのままモリーナが告げると、途端に掴んでいた手を振り払われた。マテオはそのまま顔を背ける。
「あれは捨てた!知らない!」
お願いだからその場から去ってくれと懇願しているようなその声に、モリーナはそれ以上、再び腕を掴もうと手を伸ばすことも、口を開くことも出来なかった。
「もう二度と話しかけるな。」
マテオはそう言い捨てると、逃げるように人の間隙をぬって走って行ってしまった。
モリーナはその後ろ姿を、茫然と見送るしかなかった。




