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「そんなものいるわけ………あぁ、私のことね。」
シャーロットが虚を突かれたのかぽかんと口を開くのが見える。 まさか?と少し動揺して目が泳いだようだけれど、ずっと村で暮らしているモリーナにそんな相手がいるわけがないと結果的に思い至ったらしく、こちらに食ってかかろうとして……その相手が自分だと思い当たったのだろう。またフンと不遜に笑った。
「聖女候補に選ばれた私に憧れて、追いかけてきたのね。そんなことしても、聖女にはなれないのに。」
シャーロットはよほど聖女候補に選ばれたことを誇りに思っているらしい。
その上で、なんて可哀想な子なんだと、少しモリーナを憐れんでいる。
彼女は村で選別の石を誰よりも光らせたことを誇り、他の同年代の少女を自分より少し下に見ているような子で、モリーナとはあまり仲が良くなかった。
聖女候補として王都に来たせいで、その態度がよりひどくなっているのがわかる。
そんな彼女には悪いが全くの見当違いだ。
前世のことを思い出す前だったなら、シャーロットの言葉に傷ついて、惨めな思いをしていただろう。モリーナは頭を振る。
聖女なんて、なりたいと思わない。憐れなのはむしろ……。
「早く戻った方がいいわ。病院で奉仕作業なんでしょう?遅れると、聖女候補選別の評価に響くわよ。」
「何よそれ……何でモリーナにそんなこと言われないといけないのよ。私の方がモリーナより偉いのに。」
シャーロットは、拳をギリギリと握りしめてこちらを睨む。
彼女の言いたいことが手に取るようにわかる。村の誰もが国民の誰もが憧れ、畏まり敬う聖女候補になった筈なのに、モリーナの態度が何も変わらないことに苛立っている。
でもモリーナは知っていた。聖女はその名前を冠するだけで、何も偉くない。国のために身を、その人生を犠牲にしている女性。
ただ石との相性が良かっただけの、普通の人なのだ。
「ほら、後ろで他の方が待ってくれているわよ。」
失礼ながら指差すと、その少し先に、シャーロットのことを心配そうに見守っている聖女候補が2人、立ち尽くしていた。2人以外はもう先に病院に行ってしまったようで、誰もいない。
モリーナが指差した方に2人が居るのにシャーロットが気づくと、彼女はモリーナと2人へと視線を行きつ戻りつさせた後に、ふんと鼻息を荒くして悪態をついた。
「絶対、聖女になって、あんたをひれ伏させてやるから!」
そう言葉を投げ捨てると、聖女候補らしくなく肩を大きくいからせながらその場を去っていった。
あの態度だと、彼女が聖女に選ばれることはないだろう。聖女になると貴族とも接することになるので、厳しく礼儀作法を学ぶことになる。それが貴族であろうが、モリーナのようなただの村娘であろうが、道端に倒れ付した物乞いであろうとも、丁寧に接する必要がある。聖女候補の研修期間に心を改めればあるいは……。
そこで、何で彼女の為にそんなことを考えなければならないのだと頭を振り、慌てたように小走りで病院へと向かう3人の聖女候補を見送った。
シャーロットは何も知らない。
候補の時には、聖女になっても役目をしながらたまに休みを貰えて、自由に実家に帰ることも容易なのだと、自分も思っていた。
祈りの塔では側仕えにお世話をされて悠々自適な生活をして、美味しいものを食べて素敵な服を着て。
長期の休みを貰えば聖女として自分の実家のある村に凱旋し、畏敬の目で見られ、両親と歓談して温かいご飯を食べてまた祈りの塔に戻る。そんな自由な生活があると、思っているはずだ。
聖女になれば、一生、外に出るのは叶わないのに。
その時までシャーロットのことを憐れんでいたが、ふと、モリーナは自分の頬に手を当てて、息を止めた。疑問に思ったからだ。
国のためにしていることは尊いかもしれないが、何故、たった5人の女性だけが、祈りの塔で人生を終えなければならないのだろう、と。
男性は石を光らせても教会で雇われるだけなのに、大多数の国民の命を守る役目を、たった5人の女性にまかせるのは何故なのだろう。
宿屋の脱衣場でのことを思い出す。
石を使った壁材で、油代を節約していられるのは、大多数の人がわずかでも石を光らせることが出来るからだ。
石を光らせることが出来るのは、モリーナのような聖女候補でもないような娘にも出来るのに……。
(シャーロット視点)
モリーナは、同じ田舎の村に住んでいた同じ年の村娘だ。小さな村ではあったけれど家の場所も村の中では遠いし、ごく近所の子とばかり遊んでいたので特段仲が良いわけではなかったけれど、悪いわけでもなかった。
けれど5歳で聖女の選別を受けた日、私の世界が変わった。村の女の子達の中には選別の石がまったく光らない子もいたし、ごく僅かしか光らせられない子達の中、一際大きく輝くばかりに石を光らせられたのは、私だけだった。
モリーナは少ししか光らせることが出来なかったので、私のことを羨望の眼差しで見ていた。
お母さんは『娘は聖女になるかもしれない』ともてはやし、村の人も少なからず思っていたと思う。
私が他の女の子たちに会った時に自慢すると、羨ましそうに私を見る子や、嫉妬の目で私を見る子もいた。モリーナは前者で、私のことを羨む目を向けられるたびに、すごく心地の良い気分になった。
でもいつまで経っても国からお迎えは来ないしお母さんも諦めかけていた時に、村にたくさんの騎士とこの国の王が訪れた。私を聖女としてお迎えに来たに違いないと私もお母さんも浮かれ、広場に招集をかけられた時に少しおめかしをしていたら集まるのが遅れてしまい、聖女になるはずなのに広場の最後尾に並ばされてしまった。
しかも上等な服を着ていたのに平伏させられて、服が広場の土で汚れてしまって最悪な気持ちになった。けれど王が探している人がいると聞いた時、私の心は色めき立った。
貴方の探している人は私です。私が聖女ですと叫びたくなるのを押さえた。
物語の主人公は、私なのだから、きっと私を迎えに来てくれるのだと確信して。
王に顔をあげるように言われて、私なりに最上の笑顔を浮かべて王の顔を仰ぎ見ると、そこには村では見たこともないような上等な服装をして精悍な顔つきをした美丈夫がいた。
私は心臓が激しく高鳴るのを感じた。あぁ、聖女になったら王とお近づきになれるし、もしかしたら妻にと望まれるかもしれないと夢見さえした。
王が手を差し出して私を助け起こすのをいまかいまかと待ち望んだけれど、王は顔色一つ変えずに歩いていってしまった。
おかしい、そんな筈がない。
私は拍子抜けするほどあっさりと家に帰され、残ったのは広場でついた服の汚れだけ。
その辺りから、モリーナの私への態度も変わった。
私が自慢すると羨ましそうな顔をするどころか、何か言いたげな、困惑した表情を見せるようになった。
おかしい、何かおかしい。
私は聖女に選ばれて、あの美しい王の妻にと望まれる筈なのに。




