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 2人は1度顔を見合わせると頷き、2人のうち女将の方がモリーナに向き直ってこう切り出した。



「申し訳ないんだけど、昼食と夕食の時間だけでもいいから、食堂の手伝いをお願いできないかい?朝食は宿泊客だけだからまだ2人で回せるんだけど、昼と夜は宿泊客以外も食堂を利用するから、2人で回すのは不安なんだよ。住み込みの従業員という扱いになるから部屋は移ってもらうことになるけど、まかないは出すし給料も出す。宿泊費と食費は無料ただ。食堂担当の職員が落ち着くまでの間だから短期間になるけれど、どうだい?」



 てっきり宿泊客以外の客が食堂を利用するのはお昼だけかと思っていたら夜もだったらしい。

 それはかなり破格のお話で、あまりお金を使いたくなくて、財布の中身が心もとないモリーナにとって嬉しい要請だった。

 流石にあの忙しい食堂の様子を思い出すと、これから数日間、2人だけで食堂を回すのは無理があるのがわかるし、2人の顔からもよほど切羽詰まっているのがわかる。



「さっきの仕事振りを見る限り、接客は丁寧だし、慣れてる様子だった。初めてじゃないんだろう?」


「田舎から出てきたみたいだけど、文字もかけるし、勉強もしてきたみたいだしね。」



 2人にそう言われ、心臓がドキンと跳ねる。今のモリーナにとっては初めての接客だったけれど、過去世で散々、貴族対応までしてきたから、慣れているのは間違いはない。

 文字だって過去世で習った物で、すべて過去の遺産に他ならない。

 それが気づかれてしまったようで、妙にどぎまぎしてしまう。


 どうしようか少し悩むけれど、2人の懇願する顔を見ると、答えは決まっていた。

 王都で滞在する時の仕事を探すならば、食事の時間帯以外で探せばいい。陛下との面会をどうするかという問題もあるけれど、まだ方法も思い付かないので、その問題の解決策を考えるのは後でもいい。

 うまくできるかは不安だけれど、先ほどもなんとか客対応ができていた気がするので、大丈夫だろう。

 モリーナは一もニもなく引き受けることにした。



「わかりました。仕事を探していたので、働かせてください。」



 箸を机に置き、女将に向かって深々と頭を下げる。するとモリーナの言葉に、目の前の2人の顔が目に見えてパアッと明るくなる。



「有り難う!本当に助かるよ!」



 女将が立ち上がってモリーナに近づき、その手を掴んで力強くブンブンと振る。その反動でモリーナの身体が大きく揺れる。



「仕事を探しているのなら、知り合いに良い仕事がないか聞いておいてあげるよ。私は顔が広いからね。住み込みの仕事が良いかい?」


「おいおい、嬉しいのはわかるが、お嬢ちゃんを離してやれ。お前は力が強いから、働く前からお嬢ちゃんが怪我したらどうするつもりだ。」



 おじさんが女将を止めたので、やっと振られていた手が止まる。そのお陰で、ようやく息をつくことが出来た。



「悪い悪い。仕事の希望は追々聞くよ。本当に助かるよ。」



 女将は恥ずかしそうに笑いながら、ややでっぷりとしたお腹を撫でた。

 食事を終えた後、荷物を携えたモリーナは女将に宿の裏にある家に案内された。宿を運営するおじさんと女将夫婦の住居で、2階は住み込み従業員用に貸し出しているらしい。かつては住み込みの従業員もいたそうだが、今はベッドメイクと掃除担当の職員2人、食堂担当で奥さんの出産で休むことになった男性職員が自宅から通いで来ているらしく、誰も使用していないそうだ。

 2階には共用部分にキッチンとリビングと浴室とトイレがあり、個室が3部屋ほどあった。

 2階にも玄関があり外階段で上がれるようになっていて、2世帯住宅のような間取りになっていた。



「夜は夕方の鐘がなると食堂の準備が始まるから鐘が鳴ったら食堂に来ておくれ。仕事の細かい説明も改めてさせてもらうから、それまでは荷物を整理するなり買い物に出掛けるなりゆっくりしてくれていいよ。貰ってた宿泊代もその時に返すからね。」



 夕方の鐘というのは、大聖堂から響く鐘の音だ。朝に1回、昼に1回、夜に1回と3度鳴る機会があり、王都の民はその鐘の音を便りに生活をしている。

 住み込み用の部屋のうち1つ、日当たりの良い南向きの部屋を女将は用意してくれた。宿の部屋よりは少し手狭だけれど、ベッドが1つと荷物を置くクローゼットが1つというシンプルな内装で、使っていなかった割には女将の掃除が行き届いていて、ホコリ1つなかった。

 女将は片付けておいたらしい布団を持ってきて、ベッドの上に置いてくれた。

 至れり尽くせりだった。

 部屋の窓のカーテンを恐る恐る開けると、窓からは祈りの塔が見えなかったので、ほんの少しほっとする自分が、モリーナの中にいた。



 女将が宿に戻って行き1人残されると、モリーナはベッドに座ってフウと深く息をついた。

 朝からいろんなことがありすぎて、少し疲れてしまった。


 門番に印章のついた手紙を奪われて、教会で懐かしい教皇ともに会って、宿でしばらく働くことが決まって。

 まだ半日くらいしか経っていないのに怒涛の日々が過ぎたように思える。


 教皇はまだ大聖堂のあの場所に座って、ステンドグラスを眺めているのだろうか。教皇は心配してくれていたし、仕事のあてが決まったことを報告してもよいかもしれない。


 鞄の中身を探れば、陛下との手紙の束が出てくる。印章のついた手紙は奪われてしまったけれど、この手紙を見せればあるいは……。

 手紙はプライベートな内容だけど中身は陛下の筆跡で、封蝋には国の紋章が描かれており、陛下と知人だという十分な証拠になりそうな気がする。

 モリーナは仕事やお金の心配が少しなくなりそうで、気持ちが前向きになっていた。


 手紙は最終手段にすることにして、モリーナは簡単に荷物の整理をすると、まだ居るかもしれない教皇に仕事がなんとかなりそうなことを報告する為に、大聖堂に再び足を向けることに決めた。



 陛下からの手紙の束はクローゼットに片付けた衣類の中に隠し、肩掛け鞄に財布だけを入れて大聖堂へと急ぐ。大聖堂にたどり着く直前、大聖堂の隣の大きな白い建物から、見覚えのある格好の10人程の集団が通りを歩いているのが見えた。その集団が向かうのは、どうやら大聖堂の向こうにある病院。

 その格好は、かつてモリーナが聖女候補だった時代に国から与えられた聖女候補専用の服装だった。

 タートルネックのシンプルな淡い水色の長袖ワンピースで、足首までの長さがある。胸元に銀糸でこの国の国花の模様の刺繍がされており、履いている皮のブーツも同色で、同じように銀糸で国花の刺繍がされている。


 あの格好で奉仕作業をしていたのが、ついこの間のことのように思い出せる。

 自分がついこの間と思うようなことも、実際は何十年も前のこと。それをちょっと前のことだと思う辺り、もう歳ねと思ってしまうが、よく考えたらまだ10代なのだと思い返し苦笑する。


 聖女候補は病院の清掃や洗濯という奉仕作業や、王都のごく近隣の教会を回り国民と対話したりする。勿論、聖女候補が隣国の教会に行く際は、その身に危険がないように国の騎士がついて警備に当たる。



 モリーナがその姿を立ち止まって見送っていると、集団の最後尾にいた1人が、モリーナの顔を見て驚いたように目を剥くのが見えた。

 そこにいたのは、同じ村出身で村から聖女候補に選ばれたシャーロットだった。

 シャーロットは他の候補者に何事か告げると、集団から離れてモリーナの方に向かってくる。

 その顔は意地悪く、モリーナのことを少しバカにしているような表情を浮かべていた。

 それはとても清廉で潔白な聖女の候補者とはいえない姿だった。

 嫌なことを言われるのが容易に想像できたので身構えていると、シャーロットはモリーナの前に立ち、わざとらしいほど丁寧に挨拶をしてきた。



「こんにちは。お久しぶりね、モリーナ。遠路はるばる、あのど田舎の村から貴方が来ていらっしゃるとは思いませんでしたわ。まさか、聖女候補でもないのに私を追いかけて王都までいらっしゃったの?それとも誰か他にお知り合いでもいて、王都に足をお運びに?」



 田舎者のお前にそんな相手いるわけがないと決めつけて、バカにしているのがわかる。



「ええ……お久しぶりね、シャーロット。貴女の言う通り、知り合いに会いに来ているの。」



 シャーロットの態度に苦笑しながら返す。

 まさかそれがこの国の陛下だとは思わないだろうけれど。


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