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 通りを歩く最中、教皇に言われた言葉を思い返す。



 すぐに諦めてはいけない……か。



 教皇にもう一度紹介先に行ってみるとは言ったけれど、陛下の印章が押された手紙は奪われてしまったし、代わりに証拠として見せるものといったら……。

 無意識に鞄を撫でてハッとする。

 鞄の奥底には、陛下との文通でたまった手紙の束も入れてある。

 でもこれは陛下とのプライベートな物だし、また奪われてしまったらと思うと尻込みする。

 どうしたものか……。


 モリーナがとぼとぼと宿へと戻ってくると、宿の食堂は大盛況で、人でごった返していた。女将が注文をとり、厨房で出来上がった食事を運んだりと忙しなくバタバタと動き回っている。

 この宿は昼間の食堂は泊まり客以外も利用できるようで、なかなかの賑わいを見せていた。

 女将は入口のドアの来客を示すベルの音でモリーナが入ってきたのに気づいたようだが、視線をやる暇もないのかそれが宿泊客であるモリーナとは気づかなかったようで、背を向けたまま忙しさのあまりか少し苛立った様子で声を張り上げた。



「悪いけど宿泊したいなら昼過ぎまで待っとくれ!見てわかるように、相手してる暇がないんだよ!」



 そのままバタバタと満席になったテーブルの隙間を縫うように通り抜けて、出来上がった食事を運んでいく。

 そんな最中、食事を終えた客が立ち上がる。

 朝食の時は女将以外にもう一人、男の職員が注文をとったり食事を運んだりしていたはずだが、何故か今はいない様子だった。

 流石に注文とりも運搬もして、会計もするのは手が回らないだろう。

 モリーナは目の回りそうな忙しさを見せる女将を見てソワソワとしていてもたってもいられず、思わず声をかけた。



「あの、私、手伝います!」



 その声で、ようやくさっき入ってきたのがモリーナだと気づいたのか、女将はやっとモリーナに視線をやると、今度は今運ぼうとしていた食事と、今しがた立ち上がった客が食べ終わったテーブルの上の皿と、更に厨房のカウンターに置かれた出来上がったばかりの揚げ物へと視線をやる。

 今は猫の手も借りたいほど忙しいはずだ。

 宿泊客に手伝わせるのは流石に悪いと思ったのか、女将が返事に迷っている間にも、食事を終えた客がもう一人立ち上がり、どうしたものかと女将に視線をやる。


 モリーナは女将の返事を待たず、食堂の隅の邪魔にならない場所に勝手に肩かけ鞄を置かせて貰うと、気合いをいれるように服の袖をまくりあげて厨房のカウンターに向かった。



「この食事はどのテーブルに運べばいいですか?」



 揚げ立てで美味しそうな匂いのする揚げ物の皿を持ち上げて厨房のカウンターの向こうに尋ねると、厨房にいたおじさんはほんの少しだけ女将に視線をやると、すぐモリーナの方を見て人の良さそうな笑顔を浮かべた。



「3番だよ。テーブルに数字が書いてある。」



 そう言って、テーブルの方を指差す。

 皿を抱えて振り返ると、客がついているテーブルの横に数字がついていた。



「こっちだ!」



 他の客も忙しそうにしている女将を気にしてやきもきしていたのだろう。

 3番のテーブルに座っていた客も、モリーナに合図するように手を上げた。



「はい!」



 モリーナが威勢よく声を上げたのをきっかけに、女将もモリーナに手伝いを任せるのを決めたのか手にしていた食事を客のテーブルに運んだ後、会計カウンターに向かった客のあしらいに飛んでいく。

 注文をとり、運んだり、食事の終わったテーブルの皿を片付けたりとあちこちに奔走し、最後の客が出ていった後、ようやく落ち着くことができた。



「手伝ってくれてありがとな、お嬢ちゃん。」



 食堂の椅子がひかれ、テーブルにお茶の入ったコップが一つ置かれる。

 お茶を持ってきてくれたのは、厨房のカウンターの向こうにいた初老の男性だった。



「私の旦那だよ。」



 そう言って、女将が男性の傍に並び立つ。目配せ合う2人は、お似合いの夫婦に見えた。おじさんは申し訳なさそうに、頭を掻く。



「お嬢ちゃんも食事付きの宿泊客なのに食事まだだろう?今、用意するから少し待っててくれ。」



 そう言って、おじさんは厨房の方に戻っていく。忙しさに気にする余裕もなかったが、おじさんの言葉でお腹がすいていたのを身体が思い出したように急にお腹がの音がなり、女将がそれを聞いてクスッと笑った。

 恥ずかしさに顔を赤らめ、モリーナが勧められるままテーブルにつくと、女将はテーブルの上に滑らせるようにしてモリーナの前に封筒を置いた。

 持ち上げると金属の擦れ合う音がする。



「手伝ってくれたバイト代だよ。」


「そんな!勝手にやったことですし!」



 女将を手伝ったのは、あまりに忙しそうにしていたのを見兼ねて勝手にやったことで、女将に頼まれたことではない。なのに賃金を貰ったら、何だか悪い気がして気後れしてしまう。

 モリーナが女将に封筒を返そうとすると、それを逆に押し返された。



「手伝ってもらってかなり助かったから、これは貰ってくれないと困るんだよ。本当はもう一人、食堂の担当をしてる職員がいるんだけど奥さんが妊娠中でね。急に産気付いたって連絡が来たから、奥さんの元にいかせたんだよ。何とか回せると思ったんだけど、やっぱり私一人で食堂を回すのは無理だったね。」



 女将は動き回って疲れたのか、自分の腰に手を添えると腰を伸ばすようにぐっと背筋を反らす仕草をする。よほど腰にきたらしい。



「いつまでも若くねぇんだから、無理すると腰をやっちまうぞ?」



 厨房のカウンターの向こうからおじさんの冗談混じりの声が飛ぶ。冗談混じりだけど声色が優しくて、女将さんのことを気遣っているのがわかる。その優しさをわかっているからか、女将も笑い混じりに腰に手を当ててふんぞり返り、悪態を返す。



「年寄り扱いするんじゃないよ!私が年寄りなら、同じ歳のあんたもジジイだよ!」


「はいはい。ほら、1品目だ。持ってけ!」



 おじさんが女将の言葉を受け流して適当に返事すると、カウンターに美味しそうな匂いのする揚げ物の皿が乗る。大皿にたくさんの揚げ物が盛られており、それがモリーナのテーブルの中央に置かれる。その後も次々と出来立てのさまざまなおかずが運ばれてくる。

 テーブルの上に惣菜がのった大皿が3つも4つも並び、さすがにこの量は食べきれないと戸惑っていると、モリーナの心の内を悟った女将ががははと笑いながら告げた。



「私たちも今から昼食なんだ。お嬢ちゃんが嫌じゃなかったら、一緒に食べてもいいかい?」


「……!……勿論です!」



 モリーナが大きく頷く。女将さんとおじさんと楽しく会話しながら、一緒に昼食を摂ることになった。



「本当にお嬢ちゃんがいなかったら、食堂がまわらなかったよ。本当にありがとな。」



 改めて、おじさんにもお礼を言われる。それに女将が同調する。



「ほんとほんと。ありがとう。」


「いえ、女将さんが大変そうだったから、勝手に申し出たことですし。」


「それでも、お嬢ちゃんが手伝いを申し出てくれなかったら、こいつが参っちまうのが目に見えてた。しばらくあいつも、奥さんについててやないといけないだろうし。」


「あぁ、奥さんはあまり身体が丈夫じゃないって話だから、田舎から奥さんの母親が来てくれるまでは、することも多いだろうから休ませるつもりだったけど………。」



 女将が頬に手を当てて、困ったように自分の皿に取り分けた揚げ物をつつきながらため息をつく。あいつとは、勿論、奥さんが産気づいたという男性職員のことだろう。



「誰か急遽雇うにしても、数日間だけのバイトに来てくれる人なんて………。」



 女将が再度ため息をつき、つついていた揚げ物を口に運ぶ。モリーナも皿に取り分けた惣菜を口に運んでいると、急に、一緒に食事をしていたはずの2人の会話が止まったのに気づいた。

 モリーナが顔を上げると、2人ともがモリーナを見ていたので、モリーナは何事かと固まった。


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