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マテオ視点
国の宰相と会う約束をしたと偽物の書類を持ってきた男がいたので追い返したが、その件を上に報告する為に警備長が席を外した直後、彼女が現れた。
貴族や富豪の娘なら門番を介して城に入らずとも中に入るツテがあるはずなので、若い娘が城に入る伺いを立てる列に並んでいるのが珍しくて、よくよく見ていた。
身なりも粗末で明らかに平民とわかる姿だったが、顔はそれなりに可愛い部類に入る娘で、俺がもう少し若ければ声をかけていたかもしれない。そんな少女。
けれど彼女の番が来て、俺と先輩の前に彼女が立った時、妙な存在感があるのを感じた。
彼女がピンと背筋を伸ばし、口角を上げて俺と先輩に視線を送る姿。
俺よりも先輩よりも遥かに背が低く、若く、線の細い体をしているし粗末な格好をしているのに、まるで貴族のお偉方を前にしているような威厳を感じて、怖じ気づいてしまった。
それは先輩も同じだったようで、隣にいる先輩に視線をやれば、ごくりと唾を飲んでいるのが見えた。明らかに臆していた。
初めて会った時にそんな威厳めいたものを感じた女性は、2人目だった。
1人目は、俺がかつて派遣されていた1つの祈りの塔の主、聖女モリーナ様。
禁じられていたのでモリーナ様と親しく話したことはなかったけれど、俺が笑顔で会釈をすれば笑顔を返してくれたので、それだけで少し心を通わせられた気がした。
国を守る要で、国防の為に祈りの塔で祈りを捧げておられる、俺が尊敬するお方。
そんな方を守る警備の仕事を任された時は、何よりも嬉しく幸せだと感じた。
見た目も若く綺麗な方だったので、実は年齢が80近いと知った時はかなり驚いた。
それを知っても尚、あの方を敬愛すると共に、俺は恋にも似た感情を持っていたと思う。
だからモリーナ様が亡くなると同時に祈りの塔の警備から配置換えをされると、悲しく思うと共に二度とあの方に会えないのだと思うと、あの方のいない祈りの塔に居るのは辛すぎるので、配置換えになってよかったと思った。
自分と先輩の前に立つ彼女からは、聖女モリーナ様に似たものを感じていた。
モリーナ様は、既にこの世にいないはずなのに。
彼女の一挙一動を注視していると、彼女は鞄から何やら封筒を取り出した。
中から彼女が出してきたのは、この国の王しか扱えない印章があり、王直筆のサインがされた物。
「こちらを出して、御目通りを願うように言われました。」
彼女が皆まで言わずとも、目の前の彼女が王との御目通りを願っているのは明確だった。
平民とおぼしき彼女がそんな大層なものを出してくるとは思わず、目を見開く。しかし先ほど偽物を持ってきた男の件もあり、どうすればよいかと先輩の方を見ると、先輩も俺を伺うように視線を寄越してきた。
警備長がいない今、判断をするのは先輩と自分しかいない。
先輩は彼女を上から下まで見た後、明らかに平民の彼女に王との繋がりがあるようには思えず、上に確認するまでも無く『偽物』と判断したようだった。
城門を守る仕事をしている自分達は、おかしな者を城にいれるわけにはいかない、責任のある立場だ。
「誰に貰ったのか知らないが、偽物だろう。お前のような娘が、本物を持っているわけがない。いくら払ったのか知らないが、お前は偽物を掴まされたんだ。帰れ。」
王は今、懇ろである女性はいない。
これを使えば、王様とお近づきになれる。
そう言って若い娘に偽物を渡して金儲けをした連中がいるに違いない。
それは別段あり得ない話ではなく、貴族の娘の中にも王とお近づきになろうといろいろな手を使う者がいるという噂は聞き及んでいる。
先輩の判断に間違いがあるはずがない。けれど先輩にそう言われて驚いたような表情を浮かべる彼女を見た時、何故か焦燥感にかられて説明を付け足していた。
「さっきも、この国の宰相に会う約束があるといって偽物の手紙を持ってきた輩がいて騒ぎになったんだ。」
偽物を持っている娘など怪しいので放っておけばいいはずなのに、そう理由をつけて説明をしなければいけない気がした。まるでそうすることが正しいのだと、自分に言い聞かせるように。少しでも彼女に納得して帰ってもらう理由をつける為に。
自分が正しい筈なのに、何か言いたげに此方を見る彼女を直視できなくて、無理矢理に彼女から手紙を奪うと追いたてるように彼女の肩を押した。
何故か彼女に対して後ろめたい自分がいた。
自分は正しい仕事をしていて、気を咎める必要も無いはずなのに。
彼女は食い下がるかと思えば、あっけにとられるほどあっさりと退いた。まるで諦めるのに慣れているように。
「ありがとうございました。」
ただ笑顔で俺に向かって頭を下げた少女の姿が、そんなはずがないのに聖女モリーナ様の姿と重なって見えた気がした。
聖女モリーナ様に、ありがとうと言われた気がした。聖女モリーナ様は、この世にいないのに。
彼女はすぐにその場を去ったが、後味の悪いものを感じて彼女から取り上げた手紙をポケットに突っ込んで握りつぶした。
その後すぐに警備長が、上への報告を終えて戻ってきた。
「あの後、何事もなかったか?」
警備長が聞いた何気ない問いかけ。握りつぶした手紙が、カサリとポケットの中で音を立てる。
「何事もありませんでした。」
俺の代わりに先輩が警備長に返事すると、
「そうか。ならばよい。次の者、こちらへ。」
警備長が、彼女の後ろに並んでいた男性に声をかけ、その男性が我々の前に足を運ぶ。
そう、何事もなかった。俺は先輩と一緒にするべき仕事をしただけ。
「さっき奪った手紙、処分しとけよ。俺たちは何も見てない。な?」
仕事する警備長の後ろで、先輩がこっそりと俺に耳打ちする。嫌な汗が背中を伝う。
何かをしてはいけないことをしてしまった気がした。でも何事もなかったと先輩が報告してしまった今さら、警備長に報告なんてできない。
ポケットの中の手紙はただの紙のはずなのに、殊更重く感じた。
後々、俺は彼女を追い返してしまったことを後悔することになる。




