表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/28

10

 まもなく冬が近づいている為か、宿を出て直ぐの通りには冬支度の為の市場が開かれ、多くの人で溢れていた。

 特に市場には冬を越すための薪が積み上げられた屋台や保存のきく食料の屋台が多くあり、客寄せの為の大声が飛び交って活気に満ち溢れていた。

 様々な屋台を尻目に、モリーナは些か緊張した面持ちで、ルーカスから貰った手紙と財布だけを入れた小さな肩掛け鞄を肩にかけ直すと大きく息を吐いた。



 ルーカスと最後に会ってから、もう3年。聖女モリーナではなく、新たなモリーナとして生を受けてからは13年。

 顔も体つきも、以前のモリーナとは似ても似つかない。けれどルーカスはかつてのモリーナを求めている。

 ルーカスから派遣された文官も、自分を聖女モリーナとして扱う。

 聖女モリーナとは違う今の自分がルーカスと会っても、良いのだろうか。

 そして…………そもそもルーカスはいつまで、聖女モリーナの生まれ変わりである自分を気にかけてくれるのだろうか。



 モリーナが思わず足を止めれば、前から荒々しい足取りで歩いてきた男性に肩がぶつかってしまい、舌打ちされた。

 慌てて頭を下げたけれど、ぶつかったその人はよほど急いでいたのか頭を下げるモリーナを一瞥することなく、市の喧騒の中に身を投じ、いつしかその姿は見えなくなった。

 モリーナも今は祈りの塔で祈りを捧げる輝かしい聖女という存在ではなく、さっきぶつかった男性のように人混みに紛れれば何処にいるのかわからなくなるような、平凡な存在だ。


 ルーカスは国を治める王様で、自分はただの平民。かつて聖女モリーナであっただけで、今は何者でもない。そんな自分がルーカスに会いに行くなんて、烏滸がましいんじゃないだろうか。



 自分だけでは答えのでない問いが、頭をぐるぐると巡り切りがない。

 いくら1人で考えたところで、答えはでない。会いに行くと返事した以上、1度くらい会ってもかまいはしないだろう。


 モリーナは鞄を強く抱き締めると、意を決して城の門扉へと歩を進めた。

 城門前には門番に取り次ぎを願う商人らしき男性が数名列を成しており、若い女性はモリーナだけだった。門番は2人おり、1人は赤髪でひょろっとした体型で背が高い男性、もう1人は青髪で、赤髪の男性より少し背は低いけれど、鍛えているようで体つきががっしりしている男性だった。

 その赤髪の方の門番に何故か見覚えがある気がして、モリーナは何度も目をしばたたいた。



『聖女様を警護できる栄誉が与えられるなんて……僕は幸せです。』



 大きな緑の目を輝かせ、敬愛を宿した視線を向けてきた少年の姿が、脳裏に甦る。

 祈りの塔を警護する兵士は城より派遣され、塔の入口や面会室、輝石を配置してある祈りの部屋の前に配備され、聖女の生活圏内にはあまり立ち入らないようにされている。また聖女を守る情報統制の為か、みだりに聖女やその側仕えと話をすることは禁じられていたようで、彼と話をしたのは彼が初めて祈りの塔に配属され、紹介を受けた時のみ。

 それでも顔を合わせるたびにこちらにむかって笑みながら会釈する姿は印象的で、なんとなく覚えていた。確か彼は当時、17だった。

 自分が亡くなる何年か前に配属されたはずなので、今の年齢は40代くらいだろうか。

 随分と大きくなったものだと、どうしても子や孫の成長を見るような目で見てしまう自分がいた。

 まさかこのような場所に、見知った相手がいるとは。



 モリーナがなんとなく門番の彼を注視していると、自分の前に並んでいた男性が不躾に自分を見ているのに気づいた。

 フード付きローブを纏い、色味の少ない旅装をしているけれど、着ている物の生地の品質は良さそうなので、ある程度儲けている商人のように見受けられた。



「……何か、ご用でしょうか?」



 聖女時代を思い出す。シャンと背を伸ばして、真っ直ぐ相手を見据える。失礼のないよう顔には笑顔を浮かべ、傾聴の姿勢をとる。

 面会室に尋ねてくるのは貴族も多い為、礼儀作法はきっちりと仕込まれていた。

 モリーナが居ずまいを正すと、男性は何故かぎょっとしたように目を剥き、モリーナにつられたような背筋を伸ばした。



「あの……?」



 一向に何も言わぬ男性にモリーナが首を傾げてみせると、男性は慌てて口を開いた。



「申し訳ありません。若い娘が城にどのような用かと思い、つい……。」



 男性はまるでこちらが貴族か富豪かのように、被っていた帽子を取って恭しく頭を下げて謝罪をしてくる。

 どうやら自分が聖女時代に習った佇まいをしたことで、礼儀作法をきちんと学んだ良いところの娘だと思ったようだった。

 良いところの娘なら、こんなところに1人でいるはずがないだろうに。良い身分の娘が、お忍びで平民の装いをしているとでも思ったのだろうか。

 ルーカスに会うために私物の中でも比較的綺麗な物を選んで着たことは認めるけれど、金持ちの娘には到底見えるはずもない。

 モリーナが苦笑すると、男性は続けた。



「伴を誰もつけずに出歩くのは気を付けた方がよろしいかと。先ほども、ここで騒ぎがありましたから。」


「騒ぎ?」


「ええ、実は先ほども門番に………。」


「次!」



 男性が相変わらず良いところの娘だと間違えた様子で何かを教えてくれようとしたところで、目の前の男性が門番に呼ばれた。



「すみません、失礼します。」



 男性は恭しく頭を下げると門番の元に向かってしまったので、騒ぎとは何なのか聞きそびれてしまった。

 途中で止められてしまっては、余計に気になる。

 モヤモヤとした物を胸に抱えながら順番を待っていると、先ほど自分の前に居た男性は話が終わったのか、門扉の奥に入っていった。入る間際、一瞬目が合うと、会釈をして。



「次!」



 そう言われ、モリーナは自分を奮い立たせる為にもう一度シャンと背筋を伸ばした。



「次の者、用件は?」



 門番を前にして、肩掛け鞄を肩から下ろして胸元で抱え直すと、モリーナは門番に恭しく一礼した。

 胸をはり、柔らかな表情に見える様に口角をあげる。すると門番2人は、臆したように目を見開いた。先ほど自分の前に居た男性と、似たような反応だ。

 どう見ても平民にしか見えない自分が礼儀作法を知っていると、違和感があるようだった。

 それはやむなしとモリーナは鞄からルーカスから貰った手紙を取り出すと、封筒から中身を取り出して門番に差し出した。

 差し出す時、緊張して僅かに震えた。



「こちらを出して、御目通りを願うように言われました。」



 いくら礼儀作法を知っていようと、その姿はただの平民の娘。おいそれと、外でこの国の王であるルーカスに会うなんて言えない。

 あえて全ては言わずに、門番にだけ印章が入った紙を広げて見せると、2人は息を詰めて驚いたように固まった。けれど次に、何故か困ったように2人で顔を見合わせた。

 上から下までモリーナに値踏みするような視線をなげた後、青い髪の門番がモリーナに告げた。



「誰に貰ったのか知らないが、偽物だろう。お前のような娘が、本物を持っているわけがない。いくら払ったのか知らないが、お前は偽物を掴まされたんだ。帰れ。」



 今度目を見開くのは、モリーナの番だった。

 赤髪の門番が、青髪の門番の言葉に付け足す。



「さっきも、この国の宰相に会う約束があるといって偽物の手紙を持ってきた輩がいて騒ぎになったんだ。」



 その言葉で、自分の前に並んでいた男性の言葉が、何かを言いかけていたのを思い出す。そして荒々しい足取りで自分にぶつかって舌打ちした男性がいたことも。


 もしかしたら、さっきの……。



 でもモリーナのそれは、確かめればわかる文官から頂いた本物だ。食い下がろうと門番に向かって一歩足を踏み出せば、赤髪の門番に手紙が入っていた封筒ごと、手紙を取り上げられた。



「悪用されないよう、これは没収させてもらう。さっさと帰れ。」



 そのまま肩をどんと押される。

 そこで思い出した。赤髪の緑の目の彼の名前は確か、マテオだ。

 聖女時代に敬愛に満ちていた緑の目は、疑念に満ちていて自分を警戒していた。

 モリーナは最後に、もう一度笑顔を浮かべてマテオを見つめた。そして自分を死ぬまで警護してくれていたマテオに感謝を込めて、頭を下げた。



「ありがとうございました。」


「…………え……………。」



 門番を騙そうとして中に入り込もうとした人間がする行動とは不釣り合いなそれに、虚を突かれたのだろう。

 何故か呆けたように自分を見つめるその顔を真っ直ぐに見やると、モリーナはその場にいる理由もなくなり去るしかなかった。

 手紙を奪われたら、どうしようもなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます(^-^) マリーナはいつルーカスに会えるかな?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ