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 これで何通目になるだろうか。

 王室の印章が押された手紙が届くたび、モリーナは前世でのことと、先日巡りあった王子、いや、陛下とのことが思い出され、クモの巣のかかった古びた木戸を見つめた。


 目を閉じれば浮かぶのは、隅々まで清められほこり1つない部屋。

 クリームがかった壁は窓からの光を受けて室内を明るくし、そんな室内で教会の教典の写本をしたり、側仕えが入れてくれたお茶を飲んだり。

 そんな思い出も、目を開けて、今は使わなくなり部屋の隅で埃の被った木机を視界に入れれば霧散した。


 あまりにも今の生活と、聖女であった時の生活に差がある。けれどモリーナは、聖女時代に戻りたいとは露とも思わなかった。

 聖女時代は、いま思えば苦しいものだった。


 聖女候補として選ばれ、聖女に認定されたのは18の時。それから、生活が一変した。

 今まで仲良くしていた友人はもとより親兄弟までもが、態度が変わりモリーナにかしずく。それはあまりの立場の違いからだったとはいえ、距離を遠くに感じた。

 親兄弟が亡くなった知らせを受けても、葬儀に参列することは許されず、塔から出ることはできない。


 どんなに側仕えがたくさんいても、心の隙間から漏れ出る声。

『寂しい』。


 どんな不平不満が浮かんだとしても、周囲の期待の声からその声は潰され、心奥に押し込み、いつの日か寂しさは諦めへと変わった。

 そんな中で王の導き手として選ばれたことは、心に温もりを与え、たった3ヶ月といえど、王子と過ごした日々は楽しい一時だった。

 死ぬ前の、束の間の心の安らぎだった。



 そこまで心をおし殺し、聖女としての役目を受け入れざるを得ないのには理由がある。



 この国では、小さな子どもに大人が必ず聞かせる寝物語がある。



 国の鉱山から大きな大きな石がとれました。

 その石は、魔物の脅威にさらされたこの国を助ける為の、神様からの贈り物でした。

 神様に選ばれし者が石に祈りを捧げると、不思議なことに、その石には魔物を退ける力が備わりました。

 その中でも特に大きな石は、首都にある5つの塔と、国の5つの領地に置かれました。

 神様に選ばれし者がお住まいになり、祈りを捧げる5つの塔は、『祈りの塔』と呼ばれるようになりました。

 国民は、国を守る為に祈りを捧げた選ばれし者を『聖女様』と呼び、敬いました。



 教会の絵本にも載っているもので、口伝でも語り継がれ、文字を読めない者ですら国民なら誰もが知るお話だ。

 ただの物語なだけではなく、現実に石と聖女が存在するからこそ、そのお話は実際にあった伝承として深く国民の生活に根ざし、浸透していた。



 その物語は、神と聖女に感謝し、讃えることを広く国民に知らしめるもの。



 モリーナも前世聖女であった時の記憶を取り戻すまでは、聖女という存在も、聖女候補になることもすごく喜ばしいことだと思っていた。

 むしろ、5歳の儀式で僅かにでも石が光った時、聖女録に登録されるまではいかない光だったが、大喜びして誇らしく思ったりもした。


 ただ、前世においての聖女の記憶を取り戻した時、祖母が話してくれたその物語は一種の呪いのようなものだと思った。



 聖女は素晴らしい。

 聖女に選ばれることは、神様に選ばれることと同義であり、大変光栄なことである。

 物語は暗にそう言っていて、良い一面しか見えない。当たり前だけど、実際の実情なんて見えてこない。



 陛下が首都に帰って初めて送ってきた手紙には、最初にこう書いてあった。



「今は幸せか?」



 たった3ヶ月共に過ごしただけだったというのに、陛下には自分の気持ちがバレていたのかと、胸を突かれた思いがした。

 たとえ冷たい水に凍え、あかぎれだらけの手で川で洗濯をしていたとしても、指になんの傷もなく座っているだけでいい生活に戻りたいとは思わない。

 かつて、生まれ変わったら何になりたいと陛下に聞かれた通りの、『普通の生活』をしていることに満足している。

 だからこそ、陛下から昨日届いた手紙になんと返事しようかと、考えあぐねていた。



「城にモリーナを招待したい。」



 今は気兼ねなく自由に外を歩ける生活だ。けれど、そんなわけがないのはわかっていても、なぜか怖かった。

 首都にある祈りの塔を見たら、中に戻され2度と外界を見れぬ生活をまた送ることになるのではと。



 それは、聖女として生活していた頃への畏怖だった。


「生まれ変わった聖女は、再び王子と巡りあう」「残された王子は、聖女を請う」の続編です

よろしくお願いいたします

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